剣聖の力
コンコンコン、とヴァステリアの客室をノックする音が亜空間内へと知らされた。
作業していたテーブルから亜空間唯一の出入り口へ、私たちは同時に顔を向ける。
ジェトリウスとの話を終えてクロヴィスがやってきたのかも。
というか、それ以外にこんなところへの訪問者なんてないか。
「待て」
椅子から腰を浮かせた私にヴァステリアが短く声をかける。
「小娘、確か外は夜だったな?」
「え? は、はい、そのはずです」
「なら当主の小僧の魔術防御壁の内側か……念のため警戒しろ。血の臭いがする」
「……!?」
屋敷にかけられたジェトリウスの魔術防御壁が破られた?
襲撃……!?
角が折れていても威厳と気迫のあるヴァステリアのあとに着いて亜空間から抜け、時計塔の彼女の部屋を通り、フェリオール家の客室と繋がっている彼女の部屋のドアの前に立つ。
「……ん!?」
透視魔術を使ったらしいヴァステリアはハッとしたような顔をして急いでドアを開けた。
「夜分に失礼する。アゼリアを呼んでくれ」
「お父様! …………クロ!?」
ヴァステリアの客室の前に立っていたのは血だらけのジェトリウスと、同じく血だらけで彼に担がれ気を失っているクロヴィス、そして息を切らしている初老の医者だった。
「な、何があったのですか……!?」
ほとんど反射で2人に治癒魔術をかけながら、私はなんとかそれだけ口にする。
ヴァステリアが転移魔術で呼び出しその場に広げた毛布の上にクロヴィスを寝かせながら、ジェトリウスは短く言った。
「説明は後でするが、襲撃を受けたわけではない。心配しなくていい」
いや、心配しなくていいとか言われてもするに決まってるよね!?
クロヴィスだけじゃなく、"剣聖"であるジェトリウスにまでこれだけの大怪我をさせる……なんて……
……ちょっと待って。
違和感に私の思考が一瞬止まる。
…………何かがおかしい。
「アゼリア様。クロヴィス殿についてはジェトリウス様が治癒魔術で大きな傷口のみ最低限の応急処置をされております」
「はい、そのようですね……」
初老の医師の言葉に頷きを返してから改めてジェトリウスを見る。
……どちらかというと、医者に脇腹の傷を押さえられてるジェトリウスのほうが重傷だ。
止血用のタオルがどす黒く変色している。
全体的に、これだけの怪我でよく顔色ひとつ変えないでいられるな、と見てるこっちが顔をしかめるくらいには。
夜のフェリオール家の廊下に満ちていた治癒魔術特有の柔らかな光が引いても、クロヴィスは眠ったままだった。
けど、今は規則正しい寝息と穏やかな寝顔が彼の無事を代弁してくれている。
結局身体中裂傷痕や骨折だらけでも意識を途切れさせることがなかったジェトリウスも、聖女の加護による治癒魔術で傷が治るとさすがに少しだけその鉄仮面に安堵の色を混ぜた。
「……隣の客室が空いている。クロヴィスをそちらに」
「くく……それくらいは任されてやろう」
ヴァステリアはにやにや笑いを堪えながら、魔術でクロヴィスを毛布ごと隣の客室のベッドへと移動させた。
医者がクロヴィスに布団を掛けたのを見届けてから、私はジェトリウスを見た。
無意識に眉間にぐっと力が入っちゃってたけど、こんな時くらいは許してほしい。
「……何があったのですか? おふたりの怪我は、お互いによるものですね?」
「……」
ヴァステリアが関心したように「お」と楽しそうな声を出す。
冷静に考えれば辿り着く答えだ。
夜間のフェリオール家にはジェトリウスの設置した魔術防御壁が展開されていて、外部からの襲撃を阻む。
本人も襲撃ではないと言っていた。
ということは、これは魔術防御壁の内側で起きたことだ。
それでいてクロヴィスに……そしてジェトリウスに、これだけの傷を負わせることができることができる人物なんて、屋敷に中にいる人の中ではごく限られている。
ジェトリウスは冷たい灰銀の瞳を一度静かに伏せると、ベッドで眠るいたいけな顔の青年を見た。
「デルタ医師立ち会いのもと、クロヴィスとは"剣聖"の称号をかけた決闘をおこなった」
「!?」
ヴァステリアは人間は本当に興味深いな、とでも言うように必死に笑いを堪えている。
一方で私は血の気が引く思いだ。
医者は気まずそうに額の汗をハンカチで拭いながら俯く。
「結果、"剣聖"の称号は引き継がれた。本日より、エルグランド王国第477代"剣聖"はクロヴィスだ」
それは……つまり……
ジェトリウスと戦って、クロヴィスが勝ったってことで……
それでクロヴィスが……"剣聖"!?
どうして突然……?
本来なら王城の闘技場で、観客を招いての公開試合になるはずなのに……。
っていうか、さっきクロヴィスが呼び出されてたのはもしかしてそのためだったの?
目を白黒させている私を見て、ジェトリウスは丁寧な態度で初老の医者に部屋からの退室を依頼する。
クロヴィスの容体を確認し終えた医者は本館へと戻る旨をジェトリウスに伝えると、恭しく頭を下げてから客室を後にした。
クロヴィスが眠るベッドサイドの椅子に腰を下ろしたジェトリウスは、私とヴァステリアへもソファーへの着席を勧めてくれる。
そろりそろりとソファーに座った私に対して、ヴァステリアは腕を組んだままどかっと腰を下ろしてそのままスッと足を組む。
「まったく、笑いが止まらなくなるくらい不器用な男だな、貴様は。さては言葉が足りずに困ったことは一度や二度じゃないな?」
「……」
ヴァステリアの揶揄いを含んだ声にも、ジェトリウスは静かに目を伏せただけで無駄な反論はしなかった。
ど、どういうこと……?
首を傾げて彼女を見た私に、ヴァステリアはニヤニヤしたまま教えてくれた。
「国を代表する"剣聖"や"賢者"の称号を持つ者には、大なり小なり国から加護が与えられる。"剣聖"の称号は、大戦を控えた貴様らにこの男が与えられる最大限の贈り物だったんだろう」
「……!」
「とはいえいささか急すぎる気もするな? こういった国の一大行事には、通常は多くの証人を要するのではないか?」
「……」
ジェトリウスは眠るクロヴィスの姿をその魔眼に静かに映す。
「ヴァステリア殿もお気づきかと思うが、クロヴィスは元より身体強化の加護を持っている。ただ、それは恩恵があると同時に彼にかかる呪いでもあるようだった」
……ジェトリウスにも、クロヴィスの持つ力がなんとなくわかってたんだ。
「クロヴィスは日頃からその呪いの作用をうまく抑え込んでいる。が、抑え込んでいるがゆえに加護も本来の力を十全に発揮できていない。私は、今回の殿下の計画の成功率を上げるためには、クロヴィスの持つ本来の力をすべて引き出す必要があると考えた」
「くくく……なるほどな。"剣聖"の称号はその力を引き出す過程でついてきたオマケというわけか」
「おっしゃる通りだ」
「大方、小僧の黒い力を強引に引き出す過程で周囲に被害が出る可能性があったから人払いが必要だった……というところか? 随分な荒療治だなあ?」
「クロヴィス本人とも打ち合わせを重ねた結果、勝算があっておこなったことだ」
…………ふたりとも大怪我してましたけど!?
私が最悪の事態を想像してゾッとしていた隣でヴァステリアはけらけらと笑う。
「そんなにこの小僧がかわいいのなら、そんな面倒なことをせずとも貴様のその特別な"眼"を譲ってやればよかっただろうに」
ジェトリウスは小さく息を吐くと立ち上がって、隻角の悪魔を冷たく見下ろした。
「以前もお伝えしたように、私のこの"眼"は他人に譲り渡せるようなものではない。この瞳も、耳も、腕もすべて、アゼリアとミモナの成長を見届け、未来を守るために存在する。今後もひとつも欠けさせるつもりはない」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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