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『アゼリア』の正体

挿絵(By みてみん)

ヴェルザグラトとの戦いを控えているとはいえ、満月の夜を待つ1週間は驚くほど穏やかでささやかな毎日が過ぎていった。


『公開試験会』が終わり、年度末の『大叙勲祭』に向けて授業を再開した学院。

相変わらず減らないアゼリアへの陰口。

鬱陶しいけど温かなルチアナの愛情表現。

騎士団での剣術訓練とヴァステリアとの魔術修行。


この世界でアゼリアとして生きていくことに必死だった私にも、そんな日常が尊く、輝いて見えるようになってきた。

この地でみんな生きていて、当たり前だけど困難や苦しみもあって……それでも大切な人たちと手を取り合って乗り越えて、笑い合って。


小さな幸福に溢れたこの世界がこれからも続いていってほしいと思えるようになったのだ。



「それは当然といえば当然だろう。貴様には前世の記憶があるだけで、その魂自体はこの世界で生まれ、生きてきたアゼリアでもあるわけだからな」


「…………え?」



ジェトリウスに呼び出されてクロヴィスがいない亜空間で、ヴェルザグラトの戦いに備えて魔術道具を作っていた私はヴァステリアの言葉に思わず手を止める。

テーブルに頬杖をついて私の指先を見つめていたヴァステリアも、その動きが止まったことで視線を上げた。



「ん? どうかしたか」


「それはつまり……『アゼリア』はわたくし自身だと……いうことですか?」



私の言葉に、ヴァステリアはハッとしたような顔をした。



「そうか……転生者(貴様ら)からしてみると、別人の肉体に突然魂を放り込まれたような感覚なんだったか?」



私は頷く。

『私』という魂が、『アゼリア』という別人の肉体(器)だけを借り受けて、途中から彼女になりすまして生きている……この世界にとってはどうやっても異質な存在なんだと、そう思ってた。


ヴァステリアは笑う。



「はは、そういえば同じようなことをあの小娘(アイリス)も言っていたなあ。魂と肉体の結びつきは強く、それはたとえエスカテの権能であろうと切ったり繋ぎ合わせたりできるようなものではない。生まれてから死ぬまでひとつの肉体(器)にはひとつの魂しか入らんし、肉体と魂の繋がりが切れた時点で人は死ぬ」


「…………」



「まあ、混乱するのも無理はない。そうだな……」



うまく情報を処理できずに混乱している私に、ヴァステリアは穏やかに問う。



「貴様、前世の名はなんという?」


「…………玲(れい)です。姓は春日部」


「レイ、か……美しい響きの名だな」


「…………」


「魂とは次々と新しく生まれてくるものではない。過去を清算し、まっさらな状態になってから新たな人生を送ることを繰り返している。貴様という魂に与えられた今世での名は『アゼリア』、前世の名は『レイ』。そしてその肉体(器)は、『アゼリア』であり『レイ』である貴様の魂しか入れることはできん」


「『アゼリア』であり、『玲』……」


「これは儂(ワシ)の予想だが。聖女の加護という強大な力は、赤子にはおそらく肉体・精神の両方に相当な負担がかかるものだったんだろう。だからエスカテは貴様が成長してから前世の記憶と聖女の加護を正しく得られるよう、魂に時限式のロックを掛けた。15歳の誕生日、死にかけた貴様の魂がエスカテの元に近づくことがトリガーとなって、蓋が開くようにな」



……ずっと考えていた。

私に体を奪われて、本来のアゼリアはどこへ行ってしまったんだろう、と。

私のせいでアゼリアの魂に居場所がなくなってしまったかもしれないという恐ろしい可能性から、必死に目を背けていた。


だから、あの凄惨な事件でアゼリアは死んでしまって、空いた体を私が都合よく貰い受けたんだろうって、そう言い聞かせ続けることで、自分を保っていた。


自然と涙が込み上げてきて、私は自分の胸に両手を当てる。



「……よかった。私が転生してきたせいで『アゼリア』が死んでしまったんじゃないかって、ずっと怖かった……。でも『アゼリア』は、ずっと"ここ"にいたんだ……」



私がアゼリアの全ての記憶や経験を受け継いでいることも、アゼリアの考え方や食の好みに共感してしまうことも……全部、"前世の記憶がない間の私"が送ってきた、15年間の人生だったからなんだ。

ヴァステリアは穏やかに頷く。



「そうだとも。その証拠に、あの黒い小僧は最初から貴様のことを"『アゼリア』は前世の記憶が戻っていない『レイ』だ"と認識していたようだぞ」


「! ……クロが……?」


「ああ。貴様同様、小僧にもエスカテが力を与えたようだな。姿形が変わっても貴様を認識できる知覚機能や、人間離れした五感の鋭さ、身体能力……どれもあいつにかかっている黒い呪いのようなものから引き出していると見える」


「黒い、呪い……」



ヴァステリアの言葉に心の奥がざわりとした。


……そういえば、前にもヴァステリアはクロヴィスに向かってそんなことを言ってたっけ。

そして心配した私にクロヴィス本人は、それにはもう慣れてる、とも。


仮に"それ"がエスカテの言っていた、前世の私への『彼』の強い感情と未練のことだとしたら……

私に向けられていたものだけでも形を変えて聖女の加護になるほどの力があるそれを持つ本人は、一体どれだけ……

普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。

★毎日22時に続話追加

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