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強化された『器』

挿絵(By みてみん)

「……お嬢様!」


「う、ん……?」



目を開けるとそこはもう真っ白な世界ではなくて、ヴァステリアの亜空間だった。

私を抱き起こして泣きそうな顔をしているクロヴィスと目が合う。



「…………」



指先の感覚……ある。

私の背を支えるクロヴィスの力強い腕の感触も。

……よかった、戻ってこられた。



「だぁから言ったろうが、少し落ち着けと! 話も聞かずに人の角をへし折りおって!」



クロヴィスの近くには歯を剥き出しにして彼を威嚇するヴァステリアの姿が。

……頭に生えていたはずの禍々しい角が、左だけ根元から折れている。



「お嬢様……本当に、よかった……!」


「クロ……」



私は体を起こすと、クロヴィスに腕を伸ばしてその体を両手でぎゅっと抱き締めた。



「……ごめん。ひとりにしてごめんね……ありがとう。今度こそ、ずっと一緒にいるよ」


「…………っ」



宥(なだ)めるようにその背中を優しく撫でると、クロヴィスの綺麗なアップルグリーンの瞳から綺麗な涙がぽろぽろとこぼれた。

思えば、この瞳に既視感があって当たり前だったんだ。



「ふん、どうやらうまくいったようだな」



クロヴィスの柔らかい黒髪を撫でていると、腕を組んで私たちを見下ろしたヴァステリアが得意げな顔で鼻を鳴らした。



「あまり自覚がないのですが……わたくしは本当に何か変わったのでしょうか」


「自分の体をよく見てみろ」


「……?」



クロヴィスを抱き締めていた手を離して目の前に翳してみる。



「これは……」



私の体の内にある魔力の質……純度って言ったらいいのかな?

それが見るからに上がっている。

度数のまったく違うお酒を前にして、どちらの度数が高いかがわかるのと同じように。


それによって私の体は常に強化魔術と治癒魔術がかかっているような状態だった。



「それだけじゃないぞ。ひとつ試してみよう」



そう言ってヴァステリアは転移魔術で種類もサイズも違う果物を5つ呼び出すと、私の背後へ向かってバラバラに放り投げた。



「……!」



……見(・)え(・)る(・)。

間違いなく身体機能としての私の視界の外にあるはずの果物が、別の視点から見えるというか、どこにどういう状態で存在しているのかが把握ができた。

ヴァステリアが大きな皿を差し出したのを見た私は、きちんと全て適切に皮を剥き、種を処理し、カットした果物をそこへきれいに並べる。

なんだろう……魔力の通りもいい。



「どうだ? 貴様は今、何か特別なことをしたりすごい力を使ったりしたか?」


「い、いえ、何も……自分でも驚くくらい、当たり前のようにできました」



今まではこんな視界はなかったはずなのに。



「どうやらあの女(エスカテ)は貴様に自分の力のひとかけらを譲渡したようだな。この身体(ティアレイン)は貴様から肉親の気配を感じている」



魂の番人の力のひとかけら……!?

そんなに簡単に切り離して他人に譲ったりできるような力なのかな……。



「あの女にとって、ティアレインからの最後のメッセージにはそれだけの価値があったんだろう」


「そういえば、彼女……エスカテ様から師匠に伝言を預かってきました」


「ほう?」



私は立ち上がってヴァステリアに向き直る。



「『いつかきっと、人間界でのティアレインの話を聞かせてね』、と」



ヴァステリアは少しだけ驚いたように目を見開いてから、小さく笑って私から顔を背けた。



「……いつになるかもわからん話だがな。少なくともこの身(ティアレイン)は2000年の刑期の真っ最中だ。会えるとしてもあと1000年は先だろうよ」


「きっと、エスカテ様は1000年後でも師匠のことを待っていてくれると思いますよ。だって、もうすでに1000年待っていてくれたのですから」


「…………」



ヴァステリアという人間にとってはエスカテは会ったこともない存在のはずだけど、ティアレインの体は会えない家族のことを覚えていて、今でも恋しく思ってるんじゃないかな。

もしかしたらそれは、私がアゼリアの家族や友人たちを大切に、愛しく感じているのと同じような感覚なのかもしれない。


ヴァステリアは私に背を向けたまま頭をガシガシと乱雑に掻くと、咳払いをひとつ挟んでから振り返った。



「オホン! 貴様らは戻って早く寝ろ! 明日は忙しくなるぞ。ヴェルザグラトをこの世界から追放するため……修行の総仕上げだ」



ヴァステリアの客室を追い出されるように後にして、夜のフェリオール邸を私の部屋を目指して歩く。

いつも通り黙って私の後をついてきてくれるクロヴィスの目にはもう涙はない。


……エスカテの口ぶりからすると、クロヴィスは私がアゼリアじゃないことを最初から知ってたんだろうな。

というか、むしろ私が転生してくるよりも前から『アゼリア』が『私』の転生先だってわかってた?

その上で『クロヴィス』として、ずっとそばにいてくれたのかな。


……うん? でも待てよ……

前世の私が死んだのは『彼』が死ぬよりも前だったはずなのに、転生したのは私のほうが後だったってこと……?


だめだ、常識では考えられない世界の真理について普通の頭の私が考えたところで、思考がおかしくなりそうになるだけだ……。



「師匠の立派な角が……折れてしまっていましたね」



よりによって突然出す話題がそれかよ!

ミレーユが相手だったら失礼なほどドン引きしてたに違いない。



「はい。……ええと、俺が折りました」



うん、なんかさっきそんな話してたもんね!

っていうかかなりご立派な角だったけど、力で折れるようなものなの!?

角が皮膚の外に出てきた骨みたいなイメージだとすると、相当痛かったんじゃないのかな……。



「な、何があったのです?」


「…………」



軽率に聞いてしまってからハッとする。

こ、これはクロヴィスからしたら思い出したくないことだったかもしれない……!


あの状況から予想するに、多分亜空間の外にいてもクロヴィスには私の生死を感じ取ることができるんだろう。

それでまた『私』が『彼』を残して先に死んでしまったと思って……取り乱しちゃったんじゃないだろうか。

制止したヴァステリアの角を根元から折ってしまうほどに。


私は慌てて立ち止まるとクロヴィスを振り返った。



「ご、ごめんなさい、今の質問はあなたへの配慮に欠いていました。無理に思い出さなくて大丈夫ですよ、大体予想はついていますから」



別棟から本館への薄暗い渡り廊下で、アップルグリーンの瞳は光を集めたかのように強く輝いていた。

そこにあるのは、孤独と絶望を乗り越えて得た二度目の生で、自分の手で願いを勝ち取ってやるんだという覚悟。



「……あの悪魔はわざわざ俺のことを亜空間から追い出して……そこでお嬢様の気配が途絶えた事実が許せなかった」


「クロ……」


「俺がいたら止めに入るとわかってたから、あいつは嘘をついてまで俺を追い出したんでしょう」


「……ごめんね、クロ。わたくしが師匠に頼んだことで、あなたを傷つけてしまって」


「…………」



クロヴィスは一度目を伏せると、自分を落ち着かせるかのように深呼吸をしてから再度私を見つめた。



「いえ……お嬢様のされたご決断は何も悪くありません。ただ、俺が弱いだけです。自分の見えないところ……手の届かないところであなたを失うかもしれないという恐怖に勝てない」


「それは……」



前世でもそ(・)う(・)だったわけだから、言ってしまえばクロヴィスにとっては大きなトラウマで、深い心の傷なのだ。

その悲しみと後悔という執着心は、形を変えて私に聖女の加護という規格外の力を与えるほどに。


私は改めて考えなければならない。

大切な人との突然の別れが苦しいことは、死んだ側も残された側も同じ。

苦しみの種類が違うとしても、どちらのほうがより苦しいなんてことはないということ。


私は改めて自覚しなければならない。

私が前世の記憶を持って転生した意味、『私』が『アゼリア』として果たすべき役目。

前世よりも長生きをして幸せに生きていく姿を、『彼』に見てもらえるように。



「……大切な人との別れが怖いのは、あなたが弱いからでも悪いからでもないと思いますよ。むしろそれはあなたの優しさと愛情深さの表れでしょう。大切だという想いが強ければ強いほど、別れはつらく、悲しいものになりますから」


「お嬢様は、平気……なんですか」



大切な人との別れ。

身を裂かれるほどの絶望と悲しみ。

私はふわりと笑った。



「ぜーんぜん! まったく平気じゃありません。わたくしにも大好きな人や大切な人がたくさんいます。だからこそ、絶対に死にたくない」


「……!」


「そのために強くなりたいと思ったのです。あなたもそうでしょう?」


「……はい」



そのアップルグリーンの美しい瞳は、目の前の幸福を守り抜くと固く決意してると同時に……それを失う恐怖を常に抱えている。

私は手を伸ばすとクロヴィスの頭をそっと撫でた。



「大丈夫、信じて。わたくしは元気で幸せに生きていくために手を尽くします。これからもずっと、あなたと一緒にいますよ」



クロヴィスは私の手の温もりを感じ入るかのように、穏やかな顔で静かに目を閉じた。

普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。

★毎日22時に続話追加

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