再びの死後の世界
ハニーブロンドの髪を揺らしながら、真っ白な世界で唯一色を持つ美しい女性は悩ましげに頬に手を当てて眉を下げる。
「浄化に失敗しちゃったのなら仕方がないわ、最高神にご報告して封印の依頼を……」
「あっ、ち、ちょっと待ってください!」
「あら、なぁに?」
私はヴァステリアの言葉を思い出し、慌てて左手を見る。
「……!」
半透明の私の手のひらに、ヴァステリアが残したメッセージが金色の文字で浮かんでいた。
「……『魂の番人、エスカテへ』」
「! ……どうして私の名を?」
「『貴様の妹である"止まり木のティアレイン"は、936年と10ヶ月前、生きることを諦めて長い眠りについた。これは彼女から預かった、貴様への伝言だ。"姉さん、人間界は美しい世界でした。私は生きている間にこの世界をこの目で見られたことをとても幸運に思っています。ありがとう。叶うのなら、生まれ変わってもまた姉さんの妹になれることを願っています。ティアレイン"……貴様ももう戻らぬ妹を待つ必要はない。自由に生きよ。ウーリャ・ヴァステリア』」
「…………」
私が手のひらのメッセージを読み終えて顔を上げると、美しい女性は悲しそうな顔をして目を伏せていた。
女性……エスカテが黙っている間に私は私で頭の中を整理する。
なんてったって、ヴァステリアの残したメッセージには私にとっても衝撃の事実が色々入ってたわけだし……!
人間界に来てヴァステリアと融合したっていう悪魔のティアレインは、罪を犯して魔界を追い出された魔族で、この白い世界の番人である目の前の女性・エスカテは、そんなティアレインの姉……。
……間違いない。
ヴァステリアが言った一度しか使えない抜け道で裏技っていうのは、ティアレインの言葉をエスカテに伝えることで、彼女から謝礼として聖女の加護に耐え得る肉体をもぎ取ることだ……!
「……馬鹿な子。人間界で消滅した魔族の魂は文字通り消えてなくなってしまうから、もう生まれ変わることもないのに」
今の私には心臓も体温もないはずなのに、伏せていた目を上げた女性と目が合うとドクンと緊張で心臓が嫌な音を立てた気がした。
「あなたはウーリャ・ヴァステリアという人物を知っているの?」
それはエスカテが私という魂に対して初めて個人的な興味を示した瞬間だった。
「は、はい。あなたから与えられた二度目の生の中で出会いました。人間でありながらティアレインと融合したことで、1000年を生きていると言われる大魔術師です」
「……そう。あなたはティアレインからの伝言を私に伝えるためだけに、わざわざもう一度死んだのね」
そ、そういうわけじゃないけど、そういうことにしておいたほうが良さそうな感じ!?
私は曖昧に頷いて笑っておいた。
顔があるのかどうかはわからないけど。
「ふぅ!」
吹っ切れたように一度息を吐いたエスカテは、私の知るいつもの笑みを浮かべてこちらを見た。
「生き別れの妹からの最後の言葉を届けてくれたことには心からお礼を言うわ。ありがとう。けれどもあなたの死は紛れもなく死なの」
「えっ……」
「残念ながら、あなたという魂は他者からの未練と執着の感情を浄化することができなかった、ということになるわね♪」
さっと血の気が引く。(多分血はないけど)
やばいよヴァステリア、私死んだかも!!
「………………と、言いたいところなんだけれど……ハァ……。んもぅ、私ったらどうしてこんなにややこしくしてしまったのかしら……」
「……?」
エスカテは再び悩ましそうに頬に手を当てて眉を下げる。
「いっそのこと説明しちゃったほうが達成しやすくなったりして……? そうね、そうしちゃいましょう♪」
ぽん、と閃いたように手を合わせたエスカテは、組んでいた足を優雅に組み換えると改めて私を見る。
「私は以前、あなたが引き連れていた黒い感情を浄化するために、新たな人生でできるだけ長く生きるようあなたに言ったわよね」
「は、はい」
「それはなぜかというと、あの感情が前世のあなたが早すぎる死を迎えてしまったことによって生まれたからなの。それを浄化するためには、当然その未練を晴らす必要があるわ」
私は目を見開く。
…………まさか……
「あなたが末長く幸福に恵まれ、笑顔で生きていくこと。前世では達成されなかったその未練を晴らすために、『彼』が『あなた』の幸福を近くで見届けられるよう、私は手配をした」
「…………」
やっぱりそうだったんだ……。
なのに、前世から私の幸せをそんなにも願ってくれてる人に、私は心当たりがない。
忘れてるの?
それとも私が気づいてないだけ?
嬉しくて、同時に苦しくて、切ない。
「……誰、なんですか? 私のことをそんなにも想ってくれていた人って……」
「個人同士の関係性までは私にもわからないの……ごめんなさいね。ああ、そういえば……ヒントになるかはわからないけど、彼はこんなことを言っていたわ。自分の世界にはあなたしかいないんだって。思い出は青い空と柔らかな日差し、優しい手の温もり。それとお気に入りの白い毛布」
お気に入りの……白い、毛布?
「秋になれば落ち葉を捕まえて、雨の日には一緒に雨音を数える。雪の日には身を寄せ合って、一緒にいるから温かい。春の匂いが近づくと、あなたはくしゃみをする」
「あ……」
なんてことない私のささやかな日常。
当たり前のようにいつもそこにあった大好きな姿を思い出して、私の目から涙があふれた。
ああ、そうか……あなただったんだね。
膝をついてぽろぽろと涙をこぼす私の前に、宙に腰掛けていたエスカテがふわりと静かに降り立つ。
「私にわかることは、どの魂がどの魂への未練を抱えているのかということ。私にできることは、魂の未練を晴らすための準備とお手伝いだけ」
「…………」
「そしてこれは思い出させてもらったばかりの"自由"の名の下に、私があなたへ贈る最後のチャンスよ♪」
「!」
エスカテが差し出した手のひらから強烈な光が溢れ出した。
「より明確に伝えましょう。魂の番人・エスカテからあなたに与える使命は、『幸福に、前世よりも長く生きること』。それによって『あなた』と『彼』の、そして全ての魂に救済をもたらしなさい」
「うっ……ぐ……!」
光が渦を巻きながら圧縮され、以前のように私の体に飲み込まれていく。
けれども今回は強烈な圧迫感があって、肉体はないはずなのに息ができなくなりそうなほど苦しい。
「……ウーリャに伝えてくれるかしら? いつかきっと、人間界でのティアレインの話を聞かせてね、って」
半透明だった私の体はエスカテの光に飲まれながら、足先、そして指先からほろほろと粒子になっていく。
それでもなんとか必死に頷いた私に、エスカテは美しい顔で微笑んだ。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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