聖女の正体
ヴァステリアがぱちんと指を鳴らすと、陶芸品がまるで逆再生でもされたかのように元通りになる。
見事に継ぎ目もなく美しい状態だけど、一度粉々になった衝撃はなかなか拭えない。
「それで? 何か用があって来たのだろう」
陶芸品を転移魔術で元の場所に移動させた私に、ヴァステリアがそう声をかけた。
私は頷いて彼女に向き直る。
「はい。昨日師匠のおっしゃっていた、全開の聖女の加護に耐えられる肉体を得る修行ですが……受けさせてください」
目の前の悪魔の口が謙虚さの欠片もなくニンマリと歪む。
「失敗したら貴様は死ぬが、構わないのか?」
「師匠の見立てでは成功する可能性のほうが高いのでしょう?」
「ああ。それに、儂としても成功してもらわんと困るしな」
ヴァステリアが困る……?
何か彼女にまでリスクが及ぶような修行方法なのかな。
「わたくしは師匠の言葉は信じるに値すると思っています。ヴェルザグラトの脅威を後世に残さず、確実にこの世界から追放するためにも……どうか、よろしくお願いします」
「……わかった。貴様の決意を尊重しよう。で、いつおこなう? 王族の小僧がくるのは確か2日後だったな。今日は疲れているなら明日でも構わんが」
「その修行は時間がかかるのですか?」
「いや。順調にいけば一瞬だ」
い、一瞬で終わるのにそんなにリスクがある修行なの?
あ、ここが亜空間だから、現実世界で数えたら一瞬みたいな意味かな。
「すぐ終わるのであれば、今から始めていただきたいです」
「そうか、わかった。では手順の説明と準備をする。その前に黒い小僧、貴様は一度この部屋から出ろ」
ヴァステリアに言われたクロヴィスが目を細める。
「……お前、お嬢様に何を」
「何をもなにも、貴様はレディの着替えを覗くつもりか? はっはっは、騎士の風上にも置けんな!」
「…………」
そう笑い飛ばされ、クロヴィスはヴァステリアを不審がりながらも私へ耳打ちした。
「……お嬢様、お気をつけください。準備とはいえ、あの悪魔から何かよくないことを企んでる気配がします」
「ありがとう、クロ。気をつけます」
まあ、このタイミングで着替えさせられるっていうのがよくわからないけど……。
確かに今はいつもの修行着みたいに動きやすい服装をしてるわけではないし、ヴァステリアなりに気を回してくれたのかな。
クロヴィスが亜空間から出ていったことを確認すると、ヴァステリアは深く息を吐きながら腕を組んで私の前に立つ。
「……はぁ。彼奴はどうしてああも勘が鋭いのか……この儂が手の内を読まれるとは、やりづらくて敵わん」
「?」
「ひとつ確認したい。小娘、貴様には前世の記憶があるな?」
「っ、え…………」
「貴様らの言葉でいうところの……『転生者』だったか。違うか?」
「…………」
まさに息が止まるほどの衝撃だった。
この世界にアゼリアとして転生してからというもの、私は自分が転生者だということを誰にも言っていない。
全てを見透かすかのような明るい黄金の瞳に見据えられ、頷いていいのか、しらを切ったほうがいいのか、瞬時に判断ができなかった。
「隠す必要はない。儂が転生者と会うのは貴様で3人目だからな」
「3人目……ということは、もしかして……」
「ああ。気づいているかもしれないが、この世界における『聖女』とは、前世の記憶を持ってこの世界に転生してきた『転生者』を指す。貴様らに共通しているのが、転生段階で"真っ白な世界にいる女"から新たな生での課題と、聖女の加護に該当する強力な特殊魔術を与えられたということ」
600年前の聖女、アイリスも……800年前の聖女も、私と同じ転生者だった?
……ってことは、私が死んだ後に真っ白な世界で出会った女性が黒いモヤモヤの形を変えて与えてくれたチートスキルっていうのは、やっぱり聖女の加護のことだったのか……!
「……そしておそらく、その強力な特殊魔術の誕生に触発され、この世界に忍び込んでいた悪魔どもの動きが活発になるということ」
「……!? じ、じゃあ、ヴェルザグラトによる脅威は、わたくしやアイリス様がこの力を持ってこの世界に現れたから……?」
「まあ、逆かもしれんがな。悪魔どもの活動が活発化するから、予防的な意味で貴様らが送り込まれたとも考えられる。これに関しては儂にも確信が持てん。どちらにせよ貴様が何かしたせいではないことは確かだ、気に病むな」
「…………」
その話を聞いてしまったら、ますます"私"がヴェルザグラトをどうにかしなければいけないと思えてしまった。
……ああ、そうか……だからヴァステリアは私の口から決断を聞くまで、このことを黙っててくれたのか。
「今からおこなうのは儂にとっても初めての試みだ。実は過去2回の転生者の小娘どもから聞いた話から、1つの仮説を立てていてな。言ってしまえば……一度しか使えんが一度は許されるだろう抜け道であり、裏技だ」
思わせぶりな悪魔の囁きに、私はごくりと喉を鳴らす。
今さらながらクロヴィスの言った通り、なんだか嫌な予感がする。
「その、裏技……というのは?」
「貴様を再度"真っ白な世界にいる女"の元へ送り返す」
そ、それって……アゼリアとしても死ぬってこと!?
いやいやいやいや、ちょっとそれはさすがにリスクしかないでしょ!
「その上で、その女から新たな力を奪って戻ってこい」
「も、戻ってくる……? それは一度死んでから生き返る、ということですよね? そんなことが本当に可能なのですか?」
「ああ、おそらくな。そもそも、生き物が死ぬと生き返ることができないのは何故だと思う?」
「なぜって……肉体の生命維持機能が失われてしまうから、でしょうか」
ヴァステリアはニヤリと笑って頷く。
「概ね正解だ。死とは肉体の生命維持機能のうち何かしらが失われたときに訪れるものだ。だが仮に、一度失われた肉体の生命維持機能が死後回復したら?」
「……!」
「戻ってこられる肉体があるのなら、"真っ白な世界にいる女"に魂が肉体に戻る手配をさせることさえできれば、生き返ることが可能なはずだ。そして時間に干渉する魔術を持つ儂であれば、貴様の魂が肉体を離れている間、その肉体に生命維持機能を取り戻すことができる」
……確かに、指一本で私に聖女の加護を与えたあの女性であれば、他の力を与えることも難しくはないかもしれない。
けど、本当にそんなことが……?
確かに失敗したら死のリスクがある……っていうか死んだまま生き返れないわけだけど、この悪魔にはこの作戦を7割は成功に導く準備があるんだろう。
そして成功すれば、私は真っ白な世界の女性から新たな力を得て……ヴェルザグラトに完全に対抗できる。
「……わかりました。あなたが大丈夫だと言うのなら、きっと大丈夫なのでしょう。お願いします」
「そうか。…………ありがとう」
「え?」
「まずは目を閉じ、左手を出せ」
「は、はい」
私が言われた通りにすると、差し出した手をヴァステリアにそっと握られた気配がした。
「いいか、次に声がするまで決して目を開けてはならん」
「わかりました」
握られた左手にじんわりとヴァステリアの魔力が伝わってくる。
「声がしたら目を開け、左手に書いてある文字を書いてある通りに読むのだ」
「……それだけですか?」
「ああ。あとは成り行きに任せるしかない。なに、きっと上手くいく」
「わ、わかりました」
「では始めるぞ。……幸運を祈る」
目を閉じた暗闇の中、そう言ったヴァステリアの声を最後に胸に強い衝撃が走り、足の力が失われたかのような浮遊感のあと、地面の感触がした。
「あら? もうそんなに時が経ったかしら? ……って、まあ! 困ったわ、全然浄化できていないのねぇ」
私はヴァステリアに言われたとおり声がしてから目を開けた。
そこは真っ白な空、真っ白な地面、真っ白な草……真っ白な世界。
真っ白なワンピースをまとった半透明の私は、唯一色を持つ美しい女性の前に立っていた。
私は再びここ……死後の世界に戻ってきたのだ。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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