閉会セレモニー
私とギルベルトの試合でボロボロになった闘技場の整備と浄化が完了し、辺りが薄暗くなり始めた頃に、アルセリア王立学院の後期『公開試験会』、閉会セレモニーは華々しく始まった。
止まない楽団の演奏、大道芸人たちのパフォーマンス、空には鮮やかな花火が打ち上げられて、会場の人たちの笑顔を色とりどりに照らしていく。
観客たちはみんなお酒やノンアルコールカクテルで近くの人たちと乾杯を交わしていた。
「はい、クロもグラスを持って。あなたとわたくしの優勝に乾杯しましょう」
「では、お言葉に甘えて……いただきます。乾杯」
闘技場でのパフォーマンス後の表彰式を待つ闘技場の控え室には、学院の事務員たち以外には私とクロヴィスしかいなかった。
ささやかな立食が用意されてるのに、食べる人がいないなんてもったいない。
ミモナやヴァステリアのお土産に少し包んでもらおうかな。
控えめな音を立てた私たちのグラスに入っているのは紅茶フレーバーのノンアルコールカクテルだ。
爽やかでほんのり甘くて美味しい。
私がケーキスタンドに並べられたマカロンを手に取りながら隣に立つクロヴィスをちらりと見ると、すぐに視線に気づいた彼はきちんと立ち直して微笑む。
「どうかされましたか?」
「いえ……その、決勝戦のわたくしとギルベルトとの試合が……」
あの試合は私でも正直ヒヤヒヤした。
まさかギルベルトが試合でノルディエン家の秘伝の魔術なんていう特大召喚魔術を使ってくるとは思っていなかったし、それが防げないと直感した瞬間、「どうする?」と脳に問いかけられた私の体は一瞬動かなくなったのだ。
結果として"無理やり"聖女の加護でなんとかなったからいいものの、ダメだった未来もあったのかもしれないと思うと今でもゾッとする。
できることならあんな直感は二度と経験したくない。
「……思い返してみれば、あなたに心配をさせてしまうような内容だったかな、と」
少し驚いたような顔をしてから、クロヴィスはまた穏やかに微笑んだ。
「それは…………確かに、心配していないといえば嘘になりますね。お嬢様の身の安全をお守りするのが俺の使命ですから」
「そ、そうです、よね、ごめんなさい……」
「ですが、あなたがその力を使いこなすためにどれだけの努力をしてきたのか、俺は誰よりも知っています。お怪我の心配はしていましたが、同時にお嬢様の勝ちを信じてもいました。ここまできたあなたが、負けるはずがないと」
「……!」
「誉れある優勝の立役者は、聖女の加護という奇跡の力だけではありません。その力をあそこまで使いこなせるようになった、他ならぬお嬢様の努力があったからこそです」
クロヴィスがいつも一番近くで見守ってくれて、一緒に困難に立ち向かってくれたから……騎士団の訓練もヴァステリアの修行も、私は何度でも諦めずに敗北や失敗から這い上がることができた。
それを「ちゃんと見てたよ」って言ってもらっただけのことがこんなにも嬉しくて、なんだか自分が報われたようで、目の奥がじんわり熱くなる。
……私は確かにここにいて、私のことをちゃんと見ててくれる人がいる。
当たり前のようで、奇跡のような幸福だ。
「改めて祝福を。『公開試験会』複合部門、優勝おめでとうございます、お嬢様」
「……ありがとう、クロ。でもね、もうひとつだけ」
「?」
「他ならぬあなたがそばにいてくれたから何があっても頑張れたのだし、だからこそ使えるようになった力です。この優勝は、わたくしたちの成果ですよ」
いつも大人びているクロヴィスが、珍しく年相応の無邪気な顔で微笑んだ。
間もなく表彰式が始まります、と学院の事務員が声をかけてくれた頃。
レオンが遅れて闘技場控え室に姿を現すと、そのまま私たちは正装した事務員に連れられて会場へと案内された。
ついさっきまでパフォーマンスがおこなわれていた闘技場の観客席は試合のときと同じくらいの熱気に包まれていたものの、栄えある優勝者たちの入場によってそれは最高潮に達した。
その歓声の大きさはびりびりと体が痺れるほどだ。
アゼリアでも今までは優勝経験がなかったから、この場から見える景色はどこも初めてで新鮮であり、同時に結構な緊張感もある。
そんな私に対してクロヴィスもレオンも慣れたもので、私の前を歩く2人の足取りは落ち着いて堂々としていた。
剣術部門の表彰は"剣聖"……ジェトリウスからクロヴィスへ、この日のために鍛えられた美しい剣が。
魔術部門の表彰は"賢者"の男性からレオンへ、同じくこの日のために作られた観賞用の美しい宝具が。
そして複合部門の表彰は、王政執行官長のデミスから私へ、かなりの大きさがある妖精の陶芸品が贈られた。
……っていうかこの陶芸品、王城のパーティー会場に飾ってあったやつでは……?
「アゼリア様、優勝おめでとうございます。決勝戦を拝見しておりましたが、素晴らしい戦いぶりでした」
陶芸品を差し出しながら、デミスが穏やかな声で私へとそう言った。
「ありがとうございます、デミス王政執行官長。……此度の公開試験会ではわたくしのために貴重なお時間をご調整くださったこと、改めて心より感謝いたします」
ダリアスとの準決勝の試合後におこなわれた緊急の聖女の公表について、結局直接お礼を言えていなかった。
この国を支えている人間とは思えないほど穏やかに微笑みながら、デミスはきちんと謙遜する。
「ふふ、私も肩書きだけは仰々しいですが、ここだけの話、大して仕事などないのですよ。それよりも殿下からのご命令を迅速に遂行できたことや、未来の王妃であり今後伝説となるであろうあなた様のお力になれたことを、私自身光栄に思っております。こちらの陶芸品は陛下と殿下のご意向により、今回特別にあなた様のためにご用意いたしました。王城にて保管されておりました、陶芸家……アイリス様の遺作、と伝えられております」
「!」
陶芸家のアイリス……って、600年前の聖女の遺作!?
「……デミス王政執行官長、もしかしてあなたはアイリス様が何者なのかをご存知なのでは?」
美しい妖精の陶芸品を受け取りながらデミスに小声でそう聞いてみたけど、彼は意味深な笑みを浮かべながら肯定も否定もしなかった。
「"何者なのか"をどう定義するかにもよりますが……私はただ、人よりほんの少しだけ好奇心が強いだけですよ」
「…………」
聖女の逸話が伝説ではなく史実として実在したことについて、ヴァステリアは「当時の"賢者"たちが認識阻害魔術をかけてる」……みたいなことを言ってたっけ。
よく考えてみれば、"賢者"にそれだけのことをさせる力があるのなんて、国の中枢に関わってる人間しかいない。
つまり、『アイリスが聖女として世界を救った』という史実は、本来一般人に知られてはいけない国家機密なんだろう。
けど、こうして後世にまで作品がいくつも残ってるってことは、アイリスの存在自体を秘匿してるってわけではないのか……。
じゃあどうして聖女の件だけが……?
これ以上はデミスに聞いても答えてくれそうにないし、レオンも余計なことを話してくれるほどおしゃべりが好きな性格じゃない。
逆に聞いてないことまで喜んで話してくれるヴァステリアから聞けてないってことは、彼女でさえ知らないことなのかもしれない。
ああそうだ、帰ったらヴァステリアにもこの美しい陶芸品を見せてあげよう。
懐かしんでくれるかも。
私の心の中に小さな疑問を残したまま、アルセリア王立学院の後期『公開試験会』は華々しくその幕を閉じたのだった。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




