アゼリア vs. ギルベルト(2)
しばらく私のことを睨んでいたギルベルトはやがてふぅ、と息を吐くと、剣を握っていない方の手で真っ直ぐ私を指差した。
「悪いな。見下ろされんのは好きじゃねえんだ」
そう言って指先から小さな火の弾を銃弾のように撃ち出す。
ギルベルトはこういう細かい操作の必要な魔術が苦手だから、多分……
案の定、私が小さな火の弾を避けた先に、待ち構えていたかのように巨大な炎の渦が現れた。
こっちが本命か……!
私は風魔術を操作して宙を蹴ると、そのままギルベルトを狙うため地上を目指す。
「……"空に抱かれ、大地と眠り、星々の歌声に耳を傾ける"」
「(ギルベルトが魔術の詠唱? しかもこれは……アゼリアの知識にもない魔術だ)」
「"退かず、屈せず、戦場に生まれ、戦場に没するは我が意志の焔"」
「!」
はっとして背後を振り返った私は思わず目を見開く。
今避けたはずの炎の渦が、ギルベルトの詠唱を受けて巨大な龍へと形を変えていた。
……アゼリアの記憶の中に記録されている。
歴史の長い一部の貴族家には、代々一族に伝えられている秘伝の魔術があると。
ギルベルトでも発動に時間を要する、アゼリアも聞いたことがない詠唱の強大な魔術。
間違いない。
一族秘伝の魔術をもって、ギルベルトはここで勝負を決めにきたんだ……!
風魔術でスピードと重さを乗せたソルヴェリオンをギルベルトへ向かって振り下ろしたものの、彼は詠唱を途切れさせることなく数歩下がって簡単に受け流した。
その間にも背後には背中を焼かれるほどの魔力を感じる。
おそらくどんなに分厚く張った魔術防御壁でも防ぎきれないだろう。
これはもはや防げるレベルの魔術じゃない。
魔術の詠唱に集中力を取られているからか、ギルベルトはさっきまでと違って防戦一方でいながら、切り崩すための一撃を与える隙はなかなか見せてくれない。
風魔術を乗せたソルヴェリオンでさえ、ここまで捌かれるなんて……!
「"天を焦がし、今こそ我が声に応えよ"」
「……っ!」
ソルヴェリオンを跳ね返したギルベルトがぐっと地面に足を踏ん張って私を見据えた。
「……"『冬を殺戮する焔龍』"!」
「グオォォォォ!」
炎の龍が咆哮を上げながら私を目掛けて頭から突っ込んでくる。
ズゥゥン……!
まるで質量がある何かが墜落したかのように闘技場が震え、巨大な炎の柱が上がった。
王宮の審判団が張った魔術防御壁に守られた観客席はともかく、試合中継を映していた魔術道具のモニターは、その熱でドロドロに溶けてしまった。
『と、突如現れた炎の龍がアゼリア選手ごと闘技場を飲み込みました……! あーっと! ギルベルト選手、ここで膝をついてしまったーッ! 特大魔術の使用による魔力切れか!? 一方アゼリア選手の姿はいまだ確認できず! 闘技場内の審判団も試合の一時中断を指示しています!』
「……っ、やったか……?」
『……ん? ギルベルト選手の魔術による火柱が、再び龍へと形を変えているようです! これは第2撃への準備でしょうか!?』
「(……いや、これは俺の魔術じゃない)」
炎の柱が再び渦を巻き、燃え上がる龍へと完全に姿を変えたとき。
私は地面に片膝をついているギルベルトの首元に、ソルヴェリオンをピタリと突きつけていた。
「こんな強力な魔術……わたくし以外の相手に使ってはダメですよ。死んでしまいますから」
炎の龍は完全に私に付き従った様子で、私の背後で大人しくギルベルトを見据えている。
それを見たギルベルトは剣から手を離すと、自嘲気味に笑い、両手を軽く挙げて降参を示しながら立ち上がった。
「……『冬を殺戮する焔龍』はノルディエン家秘伝の召喚魔術だぞ? その主導権まで奪えるなんて、本当にとんでもねえんだな、聖女の加護ってやつは」
「ふふ、ありがとうございます」
「戦意喪失と判断! よって……今大会優勝は、アゼリア・フェリオール!」
ワアァァ……!
主審の男性が高らかに私の勝利を宣言すると、足元がビリビリと震えるほどの歓声が湧き起こる。
私がふぅ、と息を吐きながらソルヴェリオンを鞘に収めると、背後で大人しく従っていた炎の龍は空高く昇っていき、やがて火の粉を舞い上げながら姿を消した。
『公開試験会、複合部門! 初挑戦にして初優勝は、救国の聖女、アゼリア選手ーッ! 優雅でありながら圧倒的! 常に対戦相手へと立ち向かうその姿は我々の心へ勇気を与えてくれました……ッ! アゼリア選手、そして勇敢なる選手たちへ、今一度盛大な拍手をお願いいたします!』
「完全に俺の負けだ。だが、ひとつだけ聞かせてくれ」
ギルベルトの握手に応じながら、私は向上心の強いその顔を見上げた。
「どこまでがお前の計算だった?」
「……」
正直、私の剣術の腕ではまだギルベルトには敵わないだろうと判断したのは割と早い段階だった。
それでいて炎魔術は全然効かないし、体も丈夫だし、自分ごと爆破して私の魔術から抜け出すような度胸も、私にはない。
だから私が唯一彼に勝てるもの、それは聖女の加護……無限の魔力だけだと思ったのだ。
「……確実な勝利のため、わたくしは元よりあなたの魔力切れを狙うつもりでした。聖女の加護は魔力量に制限がないので。なので、どうやってあなたから大技を引き出そうかと考えていたところで、あの魔術を使ってくれた……運が良かっただけです」
魔力は体力と同じようなもの。
フェリオール家に強制転移をしてきたルチアナのように、枯渇するまで使わせればギルベルトは動けなくなる。
動きの鈍った彼であれば、私の剣も届くだろう……そのつもりだった。
「どうやって焔龍の主導権を俺から奪ったんだ?」
質問はひとつって言ってなかったっけ?
私は苦笑する。
「あの攻撃は防げないと判断して、あなたの魔力にわたくしの魔力を上書きさせてもらいました。不可能を無理やり可能にする……それが聖女の加護という力なんです」
握手を終えて手を離したギルベルトは「なるほどな……」と呟いて腕を組み、ほんのわずかな時間何かを考えた様子だった。
「……俺たちノルディエン家は、北部国境を守る軍人貴族として自分たちの強さと訓練方法に誇りを持ってた。だが、いい加減古臭い風習に固執するのもやめなきゃならねえようだな」
「?」
「"剣聖"……いや、国の軍事を担うフェリオール公爵の視察と指導を受け入れるよう、親父と師匠を説得する必要がありそうだ」
今までノルディエン家はジェトリウスの軍事指導を聞き入れてなかったのか……!
ギルベルトを見るに今でも十分強いんだろうけど、ジェトリウスのアドバイスを受け入れてくれたらきっと国境の守りももっと強固なものになるはずだ。
今回の私の試合がジェトリウスの……回り回って国のためになるのであれば、頑張った甲斐もあった。
私はギルベルトに笑顔でお礼を言う。
「ありがとうございます。もしフェリオール騎士団と合同訓練の機会があった折にはぜひ、クロヴィスとも手合わせをしてあげてください」
「ああ。俺はまだまだ強くなるって伝えておけ」
「オホン。各選手、怪我や痛みの報告をお願いします」
わざとらしく咳払いをして私たちの会話を遮った主審の男性の、最後まできちんと職務を全うしようとする姿勢に感服しながら、私たちは彼の質問に大人しく応じたのだった。
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