アゼリア vs. ギルベルト(1)
精神と肉体の目に見えない関係性が古来より言い伝えられているように、仮眠をとりクロヴィスと話したことで気持ち的に完全に吹っ切れた私は、落ち着いていながらも絶好調という最強モードに突入していた。
『4日間に渡りお送りしてきたアルセリア王立学院・公開試験会も、ついに最終試合を残すのみとなりました! 皆様、心に残った試合はありましたでしょうか? それとも今! これから始まる試合が! 貴重な思い出の1試合となるのでしょうか!? 複合部門、決勝戦! いよいよ開幕ですッ!』
歓声と大合奏が地面すら揺らす闘技場で、結局最後までそのテンションを維持し続けた実況兼司会の講師が高らかに宣言する。
『まずは白コーナーッ! 複合部門初挑戦ながら、その圧倒的な剣術と魔術で決勝まで勝ち上がってきた救国の"聖女"! アゼリア・フェリオール選手ーッ!』
ドアを開けた事務員に頑張ってくださいね、と笑顔で見送られ、ソルヴェリオンを携えた私は闘技場に足を踏み入れた。
『迎え討つは赤コーナーッ! 油断・慢心・加減を知らない前回大会王者! 王冠を手にしてもなお牙を研ぎ続けた北部の眠らぬ獅子! ギルベルト・ノルディエン選手ーッ!』
私と反対側の入り口から入場してきたギルベルトは目に見えるほどの闘志を漲らせつつも、その目は準決勝よりも落ち着いた様子だった。
準決勝の試合後っていうタイミングで聖女の件を公表したということは、つまり決勝戦で私は聖女の加護を使うと宣言してるようなものだ。
ギルベルトが動揺や怒りを感じていないか気にはしてたけど……
「よぉ、アゼリア! その聖女の加護ってやつ、最初から全力で俺にぶつけてこいよ」
「……安心してください。ちゃんとそのつもりですよ」
……この戦闘狂にはそんな心配は不要だったみたい。
私たちはお互いの手を握り潰さんばかりの強すぎる握手を交わした。
ここまで4日間立派に主審を務め切った王宮の審判団の男性は、最後のこの試合でも、安全に関する留意事項と勝敗の判断基準について説明することを怠らなかった。
彼は私たちが揃って了承したのを確認してから開始の鐘の音を待つよう告げて距離を取った。
これだけの人数の観客がいながら、歓声も楽団の合奏も止んで静まり返った闘技場の雰囲気はやっぱり異様で独特の緊張感が漂っている。
……そしてついに。
ゴォォン!!
試合開始を告げる鐘の音が会場を震わせるのと同時に、私とギルベルトは地面を蹴って剣を抜く。
……ノルディエン辺境伯家。
エルグランド王国北部一帯の広大な土地を所有し、隣国との国境を守る軍人貴族。
冬場の厳しい寒波と大雪の中でも、彼らが国境への警戒を解くことはない。
ノルディエン家に生まれた子どもたちが生きるために歩くよりも先に教えられて、使えるようになるもの……それが炎魔術だという。
多少の脚色はあるんだろうけど、それくらい炎魔術は彼らにとって生活に強く根付いている馴染みの魔術らしい。
「オラァ!」
「っ!」
そんなノルディエン家の跡取り……ギルベルトの振り下ろした剣は目が眩むほどの光と熱、ごうごうと燃える炎を纏っていた。
ヴァステリアのグリフォン、アーノルドでもここまでの火球は出してきたことがない……ものすごい密度と魔力量。
炎が大きすぎて避けきれない……!
火を消すには水をと単純に考えてしまった私が、ソルヴェリオンに水魔術を纏わせて振るったのが間違いだった。
「!」
ドォン!
ギルベルトの巨大な炎と私の大量の水が勢いよくぶつかり合った結果激しい水蒸気爆発を引き起こし、闘技場の中央の地面ごと思いっきり吹き飛ばしたのだ。
『すさまじい爆発ーッ! 闘技場は真っ白な蒸気に包まれ様子がわかりません! 果たして両選手は無事なのでしょうかーッ!?』
先に蒸気から放り出されたのは私だった。
「(あの男、水蒸気爆発の中でも笑ってるなんて……!)」
爆発の間際、咄嗟に聖女の加護で魔術防御壁を張った私と違ってギルベルトは生身だったにも関わらず、好戦的な笑みを浮かべたまま剣を振る手を一切止めなかった。
体格差もあって純粋な力比べは私には分が悪く、押し負けて勢いよく吹き飛ばされたのだ。
一瞬で迫り来る闘技場の外壁に体勢を変えて足からぶつかると、ドンッと衝撃音と共に壁に大きなヒビが入る。
そのまま闘技場の中央を目指して壁を蹴ると、私を追ってきたギルベルトと再び衝突して激しい金属音が上がった。
「……っ!」
体重のかけ方が違うのか、ギルベルトの剣は一撃一撃がとても重い。
全部をまともに受けてたら打ち合いにもならないだろう。
おまけに予備動作なしで突然現れる炎の柱。
どれも動きに無駄がなく洗練されていて、私を追い詰めることに特化していた。
これが、戦場と隣り合わせで育った一族の戦闘……!
私は紙一重でギルベルトの剣を躱すと、体を捻ってそのまま彼の脇腹に風魔術を乗せた蹴りを入れた。
ギルベルトは吹き飛ばされながらも私を見据えたまま、炎の弾を大砲のように打ち出してくる。
っていうかなんであの体勢からこんな正確な攻撃ができるの……!
私は炎の弾を魔術防御壁で弾きながら、長々と土煙を上げて着地したギルベルトの足に地面から伸ばした石の鎖を何本も巻き付けた。
「……」
動きを止められたギルベルトは一瞬だけ視線を落とすと、一切の躊躇なく足元を爆破した。
派手に上がった煙に驚いて足を止めたのはこっちだ。
「(自分ごと石の鎖を爆破した……!?)」
あんなの、普通に考えたら無事じゃ済まない。
……けど、勝算がなきゃこの場であんなことはしないだろう。
ってことは……
私がソルヴェリオンを構え直して顔を上げると、闘技場の上空に炎を纏ったギルベルトの姿があった。
「お! よく気づいたなぁ!」
爆発で鎖から抜け出し、その爆風を利用して空へ……最低限の手数と魔力で次の手を講じる。
無駄がないからこそ、その動きは読めなくはない!
「(それを実行できる行動力がすごいけど……!)」
まるで隕石のように炎の塊となって私目掛けて落下してくるギルベルトを、受けきれないと判断して跳躍して回避する。
派手な爆発音がして闘技場が揺れた。
度重なる爆発のせいで闘技場は足場が悪くなり始めていた。
「チッ……逃げてるだけじゃ勝てねぇぞ、アゼリア!」
「…………」
めくれ上がった地面に片足をかけ、上空の私を睨み上げてギルベルトが吠える。
大丈夫、安い挑発に乗ってやる必要はない。
私は荒れた闘技場を見下ろしながら、冷静に現状と未来を計算していく。
今までの戦闘の中でいくつかわかったことがある。
まず、ギルベルトの体は炎への耐性が高い、もしくは光や熱を軽減する魔術道具を装備してる可能性が高い。
使い慣れた炎魔術を最大限戦闘に盛り込むため、あるいはその逆……それらが自分には効かないという自信があるから多用してるか。
加えて身体自体も相当丈夫そうだ。
さっきの風魔術を乗せた蹴りで怪我をした様子もなかった。
前回大会で戦ったダリアスの麻痺毒が効かなかったり、傷口が壊死していく呪いを受けても進行が遅い様子だったのも何か関係があるのかな……。
そしてもうひとつ……これだけ大掛かりな魔術を連発しているということは、魔力消費もそれなりに大きいはず。
仮にアゼリアの魔力量を基準にギルベルトが同じくらいの魔力を持ってたとしても、ガス欠はそう遠くないだろう。
上空にいる私のことをすぐに追ってこないのも、慣れない風魔術を使うと魔力消費が大きいから……ってことなのかな。
元々戦闘魔術の授業中も細かな操作を必要とする攻撃魔術は得意じゃない様子だったみたいだし。
じゃあこれらの情報をふまえて、確実に私が勝つためにはどうしたらいい?
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