昇進ボール(3)
「……そういえば、クロは試合に参加しないのですか?」
私がそばに控えているクロヴィスを振り返って聞くと、彼は気まずそうに視線を逸らす。
「お恥ずかしながら俺は……」
身体能力の高いクロヴィスでもドッジボールは苦手なのかな……?
うんうんわかる、わかるよ。
私も、例えふにゃふにゃのボールでやってても怖かったもん。
一度根付いた恐怖心ってなかなか拭えないよね……。
私のクロヴィスへの視線が気遣いの色を帯びたことをクラリエは感じ取ったのか、心配はいりませんよ、と変わらずふわふわと笑った。
「クロヴィスは強すぎて一人で相手チームを全滅させてしまうので、チーム間の均衡を保つために最後の2分しかコートに立ってはいけないと、ヘルムートに言われているのです。特に今日はセイリスがミモナの護衛で不在ですから、より一方的な試合展開になってしまうのでしょう」
「………………」
あ、そうなんだ~!
全然違ったわ……!
っていうか何、一人で相手チームを全滅?
騎士団内で強いのはクロヴィスだけじゃないはずなのに、いくらなんでもやばすぎるでしょ………………。
『昇進ボール』の第一試合が残り時間わずかに迫ってきたところで、私たちの近くに控えていたクロヴィスは手袋とマント、装備を外した。
冷静に戦況を見据えながら袖を捲る彼の威圧感にぞわりと寒気がする。
いつも大人っぽくてクールそうに見えるけど、結構勝負事には熱くなるタイプなんだな……。
それとも、これも立ち向かってくる相手には手を抜かず本気で相手をする騎士道精神ってやつなのかな。
一番右側の"超熟練者コート"にいるクロヴィスのチームはどうやらやや劣勢で、コートの中の騎士たちも人数が少ないことで防戦一方になりがちなようだ。
隣のコートとの出入りがある中でもその平均数はじりじり削られていく。
「ふふふ。頑張ってくださいね、クロヴィス」
「お任せください、クラリエ様」
クラリエは一番右側の"超熟練者コート"へ向かうクロヴィスをきちんと労って見送った。
「アゼリア。これは皆には秘密なのですが……クロヴィスは背中にも目があるし、実は腕も6本あるのです」
「え……」
クラリエの表情はふざけた様子もなく真剣だ。
彼女にはクロヴィスのことが化け物に見えているらしい。
けどあながちその言葉は嘘というわけでもなく、確かに完全に死角から狙われてもあっさりボールを取ってしまうし、同時に複数の相手から狙われても冷静に、正確に捌いている様子は目や手が複数あるように見えなくもない。
「見ていて気持ちがいいほどでしょう? あれで今は魔術に頼っていないのですから、クロヴィスは本当に才能に溢れる子ですね」
「…………」
一見その動きは柔らかいのに、一切の無駄も隙もない。そして相手を仕留める瞬間の気迫は迷いがなく凄まじい。
目の前にいるのは間違いなく、死なないために身につけたい私の強さの理想形だった。
「…………お母様。クロは騎士団にきたときからあんなに強かったのですか? それとも、あの強さはここで身につけたものなのですか?」
「あらあら、アゼリアはクロヴィスの強さに興味があるのですね。わたくしも詳しくは知らないのだけれど、騎士団にきたばかりのクロヴィスは同年代の子たちより体が小さくて力も弱かったと、ヘルムートに聞いたことがあります」
それが、今ではあんなに強く……?
「元々は体を使うのが人より少し上手な程度だったようですが、その純粋な努力とひたむきな向上心が……彼を今もなお強い騎士へと導いているようです」
「…………」
努力と向上心。
クロヴィスには、才能に溢れていながらいつでも努力を惜しまなかったアゼリアと似ている部分があったんだ。
「ただわたくしが思うに……クロヴィスは才能と努力と向上心に加えて、素晴らしい師に恵まれたからこそ、あの若さでこの強さを手に入れたのではないかしら」
「師……? それはヘルムート団長のことですか?」
「いいえ」
クラリエがクロヴィスを見つめる瞳は、どこかアゼリアや妹のミモナを見つめるときと似ている。
「確かにヘルムートはクロヴィスの親代わりではありますが、クロヴィスに剣と魔術で戦う方法を教えたのは、他ならぬジェトリウス様なのですよ」
「!」
あのジェトリウスが、クロヴィスに剣と魔術の使い方を教えた……?
クラリエからの意外な答えに思わずコート内で『昇進ボール』に興じるクロヴィスを二度見してしまった。
爆発音に近いような音を立てながらボールを取っては投げ、避けては取り。
顔だけ見ればとても無邪気に楽しそうな顔をしているんだけど、やってることは全く可愛くない。
クロヴィスの投げたボールに当たった団員はコートの外まで弾き飛ばされている上に、ほとんどがすぐには起き上がれない。
若くして鬼神のようなあの戦いぶりができる裏には、ジェトリウスという黒幕がいたのか……。
え……っていうかジェトリウスってどんだけ強いの……?
でも、じゃあ、つまりそれって。
「……わたくしも、お父様に剣と魔術を教えてもらったら、クロみたいに強くなれるのでしょうか」
クラリエはとんでもないことを口にした自覚のない娘を、笑うことも否定することもしなかった。
むしろ嬉しそうに微笑んで、優しく頭を撫でてくれる。
「それどころか、頑張ればクロヴィスよりも強くなれるかもしれませんよ。あなたはジェトリウス様の娘なのですから」
「……! はい! 頑張ります!」
『昇進ボール』の第一試合はラスト2分で参戦したクロヴィスの怒涛の巻き返しにより、僅差で彼のチームが勝利を収めた。
さすがに厳しいかとうっすら思っていたらしいチームメイトたちは年少の騎士のことを大喜びで揉みくちゃに撫で回し、勝利の喜びを分かち合っていた。
「次は出場時間をもう30秒減らすか……もしくは利き手の使用を禁止するか」
ちなみに、団長のヘルムートが次の"クロヴィス封じ"の策を練っていることは、まだ誰も知らない。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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