昇進ボール(2)
庭園でのんびりおしゃべりでもするのかと思っていたのに、クラリエに連れてこられたのは昨日私が頭から血を流し、目の前でジェトリウスが腕を斬り裂いた騎士団の訓練場だった。
上品なクラリエと泥臭い騎士団の訓練場。
フェリオール邸内で最も縁のなさそうな存在同士のまさかのコラボに、私は急いでアゼリアの記憶を探し回ることになった。
この2つになにか関連性ってあったっけ……?
「え、えぇと、お母様……これは一体……」
「あとで使用人たちがお茶やお菓子も持ってきてくれますからね」
「え? あ、はい……」
「アゼリアお嬢様、もう体調は大丈夫か? 俺たちはいつでもお嬢様の訓練参加を歓迎するからな!」
団長のヘルムートが相変わらず豪快に笑いながら声をかけてくれた。
魔術の先生を失ったばかりの私は差別や偏見のない彼の言葉にとても救われ、少しだけ泣きそうになりながらも、なんとか気丈に胸を張って感謝を伝えることができた。
「さて! クラリエ様とアゼリアお嬢様もいらっしゃったことだし、今日も元気に始めるとしよう!」
団員たちはヘルムートのかけ声に、気合十分の返事をした。
使用人たちの手によって用意されたその場に似つかわしくない華やかなパラソルと椅子とテーブル……簡易観戦席へ案内されて、クラリエに促されるまま椅子に座る。
「フェリオール騎士団の団員たちは体力作りと騎士道精神を養う目的で、よくこのような試合形式のゲームをおこなうのですよ。どうやら……本日は『昇進ボール』の日のようですね」
「『昇進ボール』……?」
広い訓練場には5つの長方形があり、それぞれの長方形は真ん中の線で二分されている。
長方形の中には真ん中の線を挟んで向かい合った10人前後の団員たち、長方形の外にも数人の団員たちが…………。
なんていうか、これはまるで……前世の私が小学校時代に嫌いだった"アレ"にそっくりなんだけど……。
「わたくしたちから見て一番左のコートにいるのが、この競技がまだ得意ではない新人の騎士団員たち。右のコートにいくほどゲームに慣れた熟練の団員たちがいます。中央ラインを挟んで向かい側のコートにいる相手へ向かってボールを投げて、当てた者はより右のコートへ、当てられた者は左のコートへ移動していき、最後に一番右のコートの中にいた人数がより多いチームの勝利。内野と外野を入れ替えながら複数試合をこなし、勝利数が多かったチームへは報酬が与えられます」
やっぱりこれ、"ドッジボール"だ……!
よくない思い出が蘇って私は頭を抱えたくなった。
そうとは知らず、クラリエは親切心から楽しそうに『昇進ボール』の説明をしてくれている。
クラリエの説明によると、『昇進ボール』は基本的には5面のコートが並んだ、1試合中は内野メンバーのみ入れ替えが発生するドッジボールだった。
一番左の"初心者コート"は至って普通のドッジボールに見えるが、恐ろしいことに1つ右のコートに移動するごとに使用されているボールの数が1つずつ増えている。
つまり、一番右側の"超熟練者コート"の中では常に5つのボールが飛び交っているわけで、競技者に要求されるレベルと競技の難易度が跳ね上がる。
「使われているボールはすべて重さが違うそうですよ。投げたときの速度も、投げるときの力加減も変わってきますから……5つのボールが飛び交う右側のコートに最後まで残るには、へとへとになるほどの集中力が必要だと聞きました」
でしょうね!!
私は、嬉々として競技を始めた騎士団の団員たちをゾッとしながら(同時に尊敬の眼差しで……)眺めた。
「皆本当に能力が高く、見ていてとても楽しいでしょう? わたくしはこういったゲーム形式の騎士団の訓練を見学するのが大好きなのです」
し、知らなかった…………。
クラリエはのほほん、という効果音が出そうな顔で、騎士たちによる筋力と体力に任せた鬼気迫る本気のドッジボー……じゃない、『昇進ボール』……もとい、潰し合いを眺めていた。
いや、全然のほほんと見るようなものじゃないんだけど!?
不思議なことに自分の頭から血が出ることよりも、ものすごい音を立ててボールに弾き飛ばされる騎士たちを見ているほうが痛く感じる。
みんな生身で参加してるけどどう考えても防具をつけた方がいい。
だって人はこんな簡単に吹っ飛んだりしない。っていうか体に当たったときの音がえぐすぎる……!
「お、お母様がこんなご趣味をお持ちだったなんて……知りませんでした」
「ふふ、そうでしたか。元はジェトリウス様が騎士たちへ戦術のご指導をする様子を眺めていたことから始まったのですが……今では競技自体を楽しむようになりました」
貴族は元々血生臭い決闘の観戦とか好きだもんな……アゼリアはあんまり興味がなかったみたいだけど。




