ヴェルザグラト(2)
それってつまり……ヴェルザグラトをこの世界から追放する役目は、私にしかできないって、こと……?
でもこの世界の未来を守るためにこの力を使うことで……代わりに私の命は……
「なら論外です」
「!」
背後からした迷いのない声に脳を揺さぶられる。
その声はいつだって、自分の意見は後回しにしていたはずなのに。
「迷う余地なんてありません。そもそも世界の存亡がかかってるのに、お嬢様ひとりに代償を求めることが間違ってる」
「クロ……」
ヴァステリアの口元が三日月のごとく弧を描く。
「くくく……貴様はそう言うと思ったがなあ、小僧。これは世界の危機だ。ヴェルザグラトの追放ではなく再封印を選んだところで、未来の聖女がまた同じ轍を踏むことになるのだぞ? 貴様は未来の聖女に向かって犠牲になれと言えるか?」
「俺にとってお嬢様はひとりしかいない。どうなるかもわからない未来なんかのために、今、目の前にいるお嬢様の命を差し出すわけがないだろ」
私だって死にたくない……!
でも私がこの力を与えられて転生したことが、本当にこの世界を危機から救うためなんだとしたら……。
死にたくないっていう私のわがままは、通用するの?
頑として引かないクロヴィスとニヤニヤと笑うヴァステリアが睨み合う中、レオンの冷静な声がそれを遮った。
「アゼリアの聖女の加護がヴェルザグラトに対し最も効率良く対抗できる手段だということは理解した。しかしアゼリアの命がかかっているというのであれば、俺もすぐには同意しかねる」
彼はこんな時でも正確に物事を見極めようとしているようだ。
「ヴァステリア殿。あなたはデメリットとして人手がいる、とも言っていたな」
「ほう、なかなか冷静じゃないか。確かに言ったな」
「具体的にどのような人材が、どれだけ必要だ?」
ヴァステリアは地図に目をやる。
「なに、小娘の代わりにこの5ヶ所の結界を停止させ、その間すり抜けてきた悪魔に対抗しうる力を持っていればいい。早い話、当主の小僧程度の力を持った人間が5人いれば事足りる」
いやいや、ジェトリウスが5人って……!
王国内で唯一無二の、最も優れた剣術の使い手だから"剣聖"なんだけど!?
「……」
さすがのレオンも目を伏せて考え込んでいた。
ヴェルザグラトにこちらの動きを悟られないためにも、王国軍を動かすことはできない。
ヴァステリアが空になったティーカップにおかわりを注ぎ始めた時、長い沈黙を破ってレオンがようやく顔を上げた。
「ヴェルザグラトは再封印するのではなく、この世界から追放する方向で動く」
「……!」
「殿下……」
……それは、つまり。
レオンのことを鋭く睨んだクロヴィスに、彼は片手を上げて落ち着けと制止する。
「今排除できる脅威を未来に残すわけにはいかない。やるからには当然、5ヶ所の結界のうち1ヶ所は俺自ら前線に立って悪魔の侵入を食い止める。だが、それでもアゼリアへのかなりの負担が予想されるだろう。よって……」
レオンは静かな瞳を私へ向けた。
「ヴェルザグラト追放可否の最終的な判断はお前に任せる、アゼリア」
「!」
「俺はお前がどのような判断をしたとしても、その意見を尊重すると約束する」
「わ、わたくしは……」
「お嬢様……!」
駄目だ、やめてくれとクロヴィスの悲痛な訴えが聞こえるかのようだった。
……私だって死にたくない。
遠い未来の、そもそも起こるかもわからない危険を案じて自分の命を懸けるなんてしたくない。
でも……
じゃあ……
我が身可愛さに私しかできないことから目を背けたら、この先ここにいることすら許されないんじゃないかって、そう思えて仕方がない。
役目を果たさない怠け者。
名ばかりの救国の聖女。
怖いよ……。
まだ死にたくないよ。
どうして私みたいなただの臆病な女が、こんな身の丈に合わない力を持って転生してしまったんだろう。
ぐるぐるとよくない考えにはまってしまった私を見て、レオンは言葉を付け加える。
それは彼なりの精一杯の優しさで、譲歩だったんだろう。
「考える時間も必要だろう。3日後にまたここへ来る。その時にお前の決断を聞かせてくれ」
レオンがヴァステリアの亜空間から立ち去ってからしばらくの間、残された私は冷めた紅茶の水面をぼんやり眺めていた。
自分に与えられた役目から逃げて、未来に問題を先延ばしにする『再封印』か。
自分の役目を全うし、命と引き換えに世界と未来を救う『追放』か。
ヴェルザグラトに対してどっちを選ぶ?
…………って、まただ……そうじゃないでしょ!
ぱんっ!
肌を叩く鋭い音に、それまで黙ってそばにいてくれたヴァステリアとクロヴィスが同時にビクッと肩を震わせる。
また私は0か100かの二択で自分を苦しめてた。
そうじゃなくて、50の可能性をちゃんと探そうとしなくちゃ!
じんじんと痛む頬をさすりながら、私は顔を上げてヴァステリアを見る。
「師匠!」
「お、おう……というか貴様、大丈夫か? 赤くなっているぞ……」
「わたくしなら問題ありません。それより師匠、なんとかならないでしょうか」
そうだ。
そもそもこの悪魔は出会ったばかりの頃から私のこの力について調べてる様子があった。
それに私のことを『運がいい』とも言ってた。
何か抜け道を知ってるのかもしれない。
「なんとか、とは?」
「聖女の加護がこの世界に愛された万能の力なら、わたくしが死なずともヴェルザグラトをこの世界から追い出す方法があるのでは? あなたはアイリス様という聖女を近くで見ていたのでしょう?」
テーブルに頬杖をついていたヴァステリアの口がニンマリと歪む。
……思えばいつだってそうだった。
ヴァステリアは人が悩み、模索し、苦しんでる様子をいつも楽しそうに眺めては、自分に助けを求めにくるのを待ってる。
悪魔の肉体で1000年も生きてると性格まで悪魔みたいになっちゃうんだろうか。
「くくっ……あると言えばある。要は全開の聖女の加護にも耐え得る肉体を得ればいい」
「! じゃあ……っ!」
「が、これはただの肉体鍛錬と違って危険を伴う上、正直儂でさえ成功の確証はない。そうだな……儂の見立て通りであれば、よくて7割といったところか」
「し、失敗したら……?」
「貴様は死ぬ」
結局そうなるんかーい!
ヴェルザグラトの脅威からこの世界を守るときに命を懸けなくて済むよう、命を懸けるってこと……?
私は頭がおかしくなりそうになった。
「王族の小僧も3日の猶予をくれただろう。決めるのは貴様だ、落ち着いて情報を整理し、よく考えてみろ。だがな、何事もリスクを負わなければ全てを得ることはできない。それにしては分のいい賭けだとは思うがな?」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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