リーナから見た過去のクロヴィス
その後も大きな波乱もなく順当にトーナメントを勝ち上がったクロヴィスは、私やレオンと同じく『公開試験会』の最終日……明日の決勝戦へと駒を進めた。
「決勝進出おめでとう、クロ。準決勝の試合も見事でしたよ」
「ありがとうございます」
あれだけの気迫で剣を振っていた青年が、たったこれだけの言葉に心から嬉しそうな顔をすることも不思議でならない。
本当にどうして……フェリオール家に仕えることを家系で運命付けられたわけでもないのに、どうしてここまで忠誠を誓えるんだろう。
私の知らないところで、一体アゼリアはクロヴィスに何をしていたんだろう……?
気になるけど怖くて聞くことができないモヤモヤする思いに蓋をして、私はクロヴィスと一緒に学院を後にした。
「ふぅ……」
学院からフェリオール邸への転移を終えると、私は肩にかかった髪を手で払いながら息を吐く。
頭を切り替えないと。
ヴァステリアの調査は順調かな。
私も急いで着替えてレオンを出迎える準備を……
転移門が設置された屋敷の第2エントランスに一歩を踏み出した私は思わず足を止める。
そこにはレオンとその護衛の5人の騎士、ジェトリウスと出迎えの大勢の使用人たちの姿があり、全員の目が漏れなく転移門から現れた私たちに向けられていたのだ。
そうとは知らず盛大なため息をついてしまった私は、吐き出しかけた息をひゅっと喉の奥で詰まらせそうになる。
場を和ませる意味でも揶揄ってくれたっていいものを、レオンもジェトリウスも無意味な冗談を発しない性格なせいでその場はなんとも言えない沈黙に包まれてしまった。
「たっ……ただいま帰りました……遅くなってしまい申し訳ありません」
声が裏返りそうになりながら2人に向かってなんとかそう言った私に、使用人たちも慌ててフォローに回ってくれる。
「おかえりなさいませ、アゼリアお嬢様!」
「お着替えの準備は整っております!」
「あ、ありがとう! すぐに着替えて……」
「急がなくていい」
「え……」
落ち着いたレオンの声に、逃げるようにその場から立ち去ろうとした私はまた固まることになった。
「俺はジェトリウスに話があって来ただけだ。お前は時間通りにヴァステリア殿の元へ来ればいい」
レオンの言葉に甘えさせてもらい、部屋に戻った私の着替えを手伝ってくれた使用人のリーナは、とても機嫌が良さそうに微笑みながら私の髪に優しくブラシを通していく。
「リーナ、今日は機嫌が良さそうですね」
「えっ!? ……か、顔に出てましたか……?」
それはもう、盛大に。
というかあれで顔に出してないつもりだったんだろうか。
私は苦笑いを浮かべながら小さく頷く。
「うぇ……申し訳ありません、お嬢様……。アルセリア王立学院の誉れある『公開試験会』で、クロヴィス様も無事決勝戦へ勝ち進んだとお聞きしたものですから。もしかしたら明日はお嬢様とクロヴィス様のおふたりが揃って優勝……なんていう素晴らしい光景が目にできるかもしれないと思うと、もう今から楽しみで楽しみで!」
歌い出しそうなくらい上機嫌な声でそう話しながらも、私の髪を丁寧かつ正確に編み込んでいくリーナの手際はさすがだった。
「私たち使用人は、お嬢様の努力はもちろんのこと、そんなお嬢様をお守りするためにと日々鍛錬に励むクロヴィス様のお姿も、幼い頃からよく知っています。歯を食いしばって、悔しい思いを何度も乗り越えてきたおふたりが手にする栄光の、どれだけ尊くて誇らしいことか!」
なんかこのまま喋らせたら感極まって泣きだしそうだな……。
とはいえそんなにも私たちのことを見守って応援してくれているなんて、本当に心強いことだ。
「リーナは屋敷に来た頃のクロのことを覚えているのですか?」
「もちろん! よく覚えていますよ」
「! き、聞かせてくれませんか?」
クロヴィスがアゼリアをここまで大切にしてくれる理由やきっかけが、何かわかるかも……!
リーナはふふ、と上品に笑うと、懐かしそうな顔で話し始める。
「当時は隣国との国交がうまくいっていなかった時期で、国境付近では小さな戦争が何度も起きていました。ジェトリウス様が率いるフェリオール騎士団も王宮からの出兵要請に応じ、交代で戦地へ赴いていたんです」
「……その頃のことはわたくしも覚えています。騎士団は戦地で亡くなった団員を弔っては、いつも悲しみに暮れていましたよね」
今でこそいつも陽気な騎士団だけど、アゼリアの記憶の中には仲間との別れに涙を流し、喪に服す男たちの姿が今でも印象的に残っている。
「ええ。明るいニュースが何もなく、団員の皆様も憔悴し始めたとき、出兵先でヘルムート団長が保護した孤児が5歳のクロヴィス様でした」
クロヴィスはそんな幼い頃に家族を失ってたんだ……。
リーナは綺麗にセットされた私の髪にどの髪飾りをつけるか交互に当てて比べながら、話を続けた。
「当時のクロヴィス様は今と違って、なんというか……子どもらしくない子どもとでもいいますか……。戦争でご家族を亡くされたというのに泣きもせず、ヘルムート団長をはじめとした団員の皆様が何をしてもクスリとも笑わず、戦争のショックで口が聞けないのかと思えば受け答えはきちんとできて。誰に対しても心を閉ざし、騎士団の訓練時間以外はお一人でいることが多かったので……ふふ、まさに懐かない野良猫のようでした」
「…………」
言われてみれば、護衛騎士になる前のクロヴィスが普段どうやって過ごしていたのか、アゼリアもちゃんと認識してなかったみたい。
「そんなクロヴィス様の年相応のお顔を唯一拝見できたのが、お庭でお嬢様と一緒に猫たちと触れ合っているときでした。あの頃はお嬢様も他家のご令息、ご令嬢との交流を好まれておりませんでしたし、おふたりは猫好き仲間としてお互いに何か通じるものがあったのかもしれませんね」
まあ、アゼリアが他家の貴族との交流が嫌いなのはずっと変わらなかったみたいだけどね!
同年代の他の貴族家の子たちよりも読み書きを覚えるのがかなり早かったせいで、考え方や話題が全然合わなくて、多くの交友関係は自分から切り捨ててしまったようだ。
リーナは私の髪に赤いバラの花の髪飾りをつけると、同じデザインのブローチを胸元にもつけてくれた。
「これはヘルムート団長に聞いたお話ですが、クロヴィス様がアゼリアお嬢様の護衛騎士になりたいとジェトリウス様に直談判された際、ジェトリウス様は『護衛騎士には強さはもちろん、社交性や知性、礼儀作法も求められる。すべてを兼ね備えていなければ、任せることはできない』と、はっきりおっしゃったそうです」
「えっ」
私が思わず鏡越しに見たリーナは相変わらずにこにこしている。
「当時その中のたったひとつすら持ち合わせていなかった幼い少年は、アゼリアお嬢様の護衛騎士になるために厳しい訓練に耐え、苦手な勉強と向き合い、人との関わりを大切にするようになりました」
「…………」
今では強くて礼儀正しく、学院では座学もちゃんとトップクラスの成績で……他家のご令嬢から声をかけられれば笑顔で応じる余裕すら見せる、非の打ち所がない完璧な騎士だ。
「……ここに来たばかりのクロは、今のように強くて頼りになる騎士ではなかったことは話には聞いていました。ですが、わたくしの知らないところで……想像以上の努力をしていたのですね」
「ふふ。ご本人はお嬢様の前ではそんな様子を見せませんからね。騎士団の皆様も私たち使用人も、クロヴィス様の努力とお嬢様への忠誠心を心から尊敬し、誇りに思っています。ですから私たちにとってクロヴィス様の活躍は、お嬢様のご活躍と同じくらい喜ばしいものなんですよ」
結局リーナの話ではアゼリアとクロヴィスの間に何があったのかまではわからなかった。
とはいえ、幼い頃のクロヴィスがそんなだったことは意外だ。
アゼリアの記憶の中のクロヴィスは、いつでも優しくてなんでもできる、自慢の騎士だったから。
「……? 俺の顔に何かついてますか?」
「…………いえ、いつも通り素敵ですよ」
「? ありがとうございます」
今のクロヴィスの"完璧な騎士像"は幼い少年が必死に努力をして得た姿なんだと思うとどうしようもなくかわいく思えてしまい、部屋の前で私のことを待っていてくれた彼のことを思わず抱き締めて頭を撫で回したくなってしまった。
前世の私よりは年下とはいえアゼリアよりは年上だし、そもそも相手は猫じゃなくて人間で異性なんだし、そんなわしゃわしゃのモフモフみたいな愛で方は公爵令嬢として許されない。
そう自分に言い聞かせて必死に堪えてた様子は、クロヴィスには少し不審がられてたみたいだけど。
私はヴァステリアのいる客室へ足を向けながら、クロヴィスにリーナの言葉のいいところだけを伝える。
「騎士団の団員も使用人たちも、明日のわたくしとクロの『公開試験会』の決勝戦を楽しみにしてくれているそうですよ」
クロヴィスは珍しく、少しだけ驚いたような顔をした。
「……お嬢様だけじゃなく、俺のことも、ですか」
「ええ。頼もしくも光栄なことですよね」
「……はい」
リーナから昔のクロヴィスの話を聞いた今、その返事には別の意味も混じっていることがわかって、思わず頬が綻んだ。
「明日は勝って帰ってきましょう。わたくしとあなたのためにも、みんなのためにも」
「はい。必ず」
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