クロヴィスの『公開試験会』
そして翌日、『公開試験会』の決勝トーナメントも折り返しとなる3日目を迎えた。
「私、今日のクロヴィス様の試合は一番前のお席で観戦ができるのよ!」
「えっ! いいなぁ~!」
「ふふ! お父様が特別シートを手配してくださって!」
私がルチアナと一緒に四大公爵家用の観覧席に向かう途中、生徒のご令嬢たちのそんな会話が聞こえてきた。
「アゼリアんとこの護衛騎士、まじ人気えぐすぎ。今日どこ行ってもあいつの話ばっかなんだけど」
「わ、わたくしも正直ここまでとは思っていなかったというか……」
剣術部門の決勝トーナメントがおこなわれる今日、学院内の女子たちはほぼクロヴィスの話題で持ちきりだった。
軽率に名前を口にしても注意される心配がない分、昨日のレオンの試合よりも盛り上がっているようにすら思える。
……そりゃあ忠誠心があって、(特に学院では普段よりマシマシで)紳士的で、強くて顔もかっこよくて……女子だったら一度はそんな騎士に大切に守られた~い、なんて夢を見たりするんだろう。
「アゼリアしか見えてないただの忠犬……いや、狂犬じゃんね」
一緒に歩いていたルチアナは、いつも私への過剰なスキンシップをクロヴィスに止められてるからか、そんな夢みがちな女子みたいなことを言うどころか彼のことを犬扱いする始末だ。
クロヴィスはどちらかっていうと猫っぽいけどね!
「アゼリアはその辺の女子が護衛騎士のこと騒いでてもなんも思わん?」
「それは当然、思わなくはないですよ」
「そう……」
「『わたくしの世界一の護衛騎士を、どうぞご覧あれ!』と、鼻高々です」
「あ、そっち?」
「他に何かあるのですか?」
「いや、わからないならそのままでいーよ!」
「?」
言ってしまえば「うちの子が一番!」「本当にすごいからもっと見て!」っていう身内自慢に近い。
ま、褒められてるのは私じゃないんだけど!
今ちょうどそのクロヴィスへの試合前の激励を終えてきたところだけど、控え室の彼は本当にいつもと変わらない様子で「お任せください。俺の勝利をお嬢様に捧げます」と恥ずかしげもなく真っ直ぐな瞳で言っていた。
それを聞いたルチアナは盛大に舌打ちをしていたけど、私としては誇らしいし、クロヴィスの言葉には不思議な安心感がある。
彼が言うならきっと大丈夫、全力で私の期待に応えてくれるだろう。
四大公爵家用の観覧席には今日もそれなりの人数の貴族たちの姿があって、その中で私とルチアナが来たことに気づいたクラリエは小さく手を振ってくれた。
彼女もクロヴィスの活躍を楽しみにしているうちの一人だろう。
私たちは一番前の端のテーブルで優雅にお茶を飲んでいるミレーユの元へ行くと、声をかけてから同じテーブルにつかせてもらう。
使用人にお茶を頼んだ私へ、ミレーユは飾らない言葉をかけてきた。
「今日はどこにいてもあなたの護衛騎士の話題ばかり耳にするわ」
それさっきルチアナにも言われた。
私はふふん、と得意げな顔で腕を組み胸を張る。
「そうでしょうとも。クロはわたくしの自慢の護衛騎士ですから」
「別にあなたを褒めているわけではないけど。でもまあ、普通ではないことは確かね。普通の騎士は公爵家の人間を睨んだりしないもの」
ああ、ミレーユもクロヴィスに睨まれたことがあったっけ……。
私はこっそりとミレーユの傍に立つジルを盗み見た。
今日も凛々しい女騎士は、鋭い目つきを伏し目がちにして隠している。
でも今のあなたの護衛のジルコンティアさんも、家柄とか爵位とか関係なく人を睨みそうな凄みがありますけどね~!?
「……きっと相手が誰であろうと、あの護衛騎士はあなたに悪意を向ける全ての人間に躊躇せず剣を振ることができるのでしょうね」
「……?」
ミレーユの言葉にはどこか寂しげな響きがあった。
しばらくしてから主審の男性が闘技場へ入場してくると、楽団が華やかな演奏を始める。
『皆様、本日もお集まりいただきありがとうございます! これよりアルセリア王立学院、後期公開試験会3日目! 世代最強の騎士の座をかけた、剣術部門決勝トーナメントの試合を開始いたしますッ! どうか選手生徒へ、皆様からの盛大な拍手と惜しみない賛辞を!』
闘技場は大きな歓声で溢れていた。
派手な音や光が飛び交う花形の魔術部門の試合に対し、純粋な人間の技量を試される剣術部門はファン層が少し違うらしく、熱気だけでいえば昨日よりも上かもしれない。
『まずは白コーナーッ! 現在大会5連覇中の忠義の騎士! その剣は今大会でも主へと優勝を差し出すことができるのか!? クロヴィス・ヴァレント選手ーッ!』
会場はこんなにも盛り上がって賑やかなのに、闘技場の中央に向かうクロヴィスの周りだけとても空気が凪いでいるかのように見えた。
ギルベルトのように目に見えるほどの闘志を燃やしているわけじゃない。
それなのに、手を出してはいけないという張り詰めた緊張感がある。
その様子を見たルチアナは鼻で笑いながらも「こっわ……」としみじみ呟いていた。
「馬鹿にするつもりはないけれど、あなたもフェリオール公爵もよく彼を護衛騎士にしたわよね」
「?」
赤コーナーから入場する対戦選手の紹介が高らかにされる中、ボソッとそう呟いたミレーユを振り返る。
私が不思議そうな顔をしていたからか、彼女はだってそうでしょ、と言いながら続けた。
「伝統的に、騎士とは強さよりも忠誠心が評価される生き物よ。代々一つの家に仕える騎士家系の出ならともかく、あなたの護衛騎士のように出生や素性の知れない人間が重要な任を与えられることはまずあり得ない。どこかの家のスパイかもしれないし、いつ裏切るかもわからないもの。そういう意味でも、あなたの護衛騎士は有名なのよ」
「…………」
前にクロヴィスは、ジェトリウスにアゼリアの護衛騎士を任せてもらうために強くなったのだと言っていた。
その時はぼんやり「すごい努力家だ……」なんて思ってたけど、確かにミレーユの言う通り、本来出自のはっきりしてない子どもに公爵令嬢の護衛騎士を任せるっていうのはあり得ないことのように思える。
「いうてあのオッサンじゃん? 一人で公爵家立て直した"剣聖"じゃん? 頭ん中相当ぶっ飛んでるか、実力主義なんじゃね?」
あっけらかんとして言うルチアナに、聞いてたミレーユのほうが眉間を押さえる。
「あなたねぇ……その呼び方はいつか本当に怒られるわよ……」
「ってかアゼリアんとこはさー、妹ちゃんの護衛も確か所属変えたとかっしょ? 家柄とか言ってんのがすでに古いって」
「古いとか新しいとかではなくて、騎士として信頼を得ることの難しさの話をしているの」
ルチアナはたいして興味がなさそうな顔で頬杖をついたまま、目だけをミレーユへ向ける。
「じゃーあんたの護衛騎士はどうなの?」
「! ……ジルコンティアは、信頼に足る優秀な王宮の騎士よ」
「その優秀な王宮の騎士が、なんであんたの護衛なんかしてんの? 王家の人間じゃなくて」
「…………」
え?
な、なにこの空気……。
ルチアナは何を知ってて、なんのことを言ってるんだろ……?
ミレーユもなんでそんな嫌そうな顔を……っていうかジルは自分の話をされてるのによくそんな我関せずみたいな顔していられるなぁ……!
「……や、別に私はあんたの護衛をどーこー言ってんじゃないわけ。要はさ、忠誠心って個人の人柄じゃん? そいつがどんだけ今の主人に忠誠を誓ってるかって話っしょ。それって優秀な騎士家系だとか庶民の出身だとかカンケーなくない? 知らんけど」
お、おお……ギャルってたまに突然この世の真理話し出すよね……!
ルチアナの「知らんけど」を境に、2人はそれ以上の無駄な言い争いを避けたようだった。
私たちが護衛騎士についての話をしている間に主審の男性はクロヴィスたちから離れ、楽団も一時的に演奏をやめて、試合開始の鐘の音を待つ会場内は不気味な静けさに包まれた。
そして。
試合開始の鐘の音と共に再び楽団の演奏と歓声が湧き起こる。
剣を抜いた2人の騎士は地面を蹴ると、火花が散るほど勢いよく白銀をぶつけ合った。
毎日毎日、何度も何度も……グリフォンのアーノルドを相手に一緒に戦った私にはわかる。
たった1本の剣でここまで勝ち上がってきただけあって対戦相手の若い騎士は決して弱くはないし、クロヴィスも試合に手を抜いている様子はない。
それでも、2人の力の差は歴然なのだと。
確かにお手本になるような教科書通りの剣術ではないけど、実践で培い、極限まで無駄を削ぎ落とし、アゼリアを守るためだけに磨き上げられたその動きは、クロヴィスにしかできない力強さと美しさがあった。
『ああーっと、ここでロマリオ選手は剣を弾かれてしまったーッ! しかしクロヴィス選手の剣先は容赦なく迫り来るーッ!』
闘技場内に散らばっている審判団が次々と白い旗を挙げていく。
クロヴィスの剣が相手の騎士の鼻先でピタリと止まった瞬間、主審の男性は高らかに宣言した。
「そこまで! 戦闘継続不可と判断、よってこの試合の勝者はクロヴィス・ヴァレント!」
『勝負ありーッ! 勝ったのはクロヴィス選手! 大会5連覇中の王者の貫禄は今大会でも健在のようですッ!』
実に騎士らしい剣術試合に大満足した会場から、割れんばかりの歓声が沸き起こる。
剣を鞘に納めたクロヴィスは相手選手と握手を交わしてからきちんと礼をした。
「あいつ本人は好きじゃないけど、あいつの剣術はいつ見ても気分いーよね~」
「ええ、本当に……見事なものだわ」
ルチアナはけらけらと笑いながら、ミレーユは真剣な顔つきで、それぞれクロヴィスを讃えて拍手を送っていた。
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