ヴァステリアと600年前の聖女(1)
王城からフェリオール邸に戻った私たちはヴァステリアのいる客室を訪れた。
ノックのあとしばらくしてからドアを開けた彼女は脇に分厚い本を抱えている。
「おお、どうした。城に行ってるんじゃなかったか? ……なにか収穫でもあったか」
私とクロヴィスの顔を順に見たヴァステリアはニヤリと口元を歪めると入室を促す。
いつものように亜空間に案内された私たちは、抱えていた本を傍らに置いたヴァステリアに禁書室での出来事を簡潔に話した。
「……以上が禁書室でわたくしとクロが目にした内容です。わたくしはこれを師匠に会いに行くようにという過去の聖女からのメッセージだと解釈しました。師匠はヴェルザグラトという悪魔や、ウーリャというヴァステリア姓の方について、なにか心当たりはありませんか?」
ヴァステリアは過去2回、私のような"聖女"が現れて悪魔を退治したことを知っていた。
そしてあのメッセージとウーリャの小説が本当に過去の聖女によって残されたものだとしたら……聖女が討伐に失敗したというヴェルザグラトのことを、ヴァステリアが知っている可能性は高い。
「…………」
「師匠?」
私の言葉を聞き終えたヴァステリアは珍しく難しい顔をして深くため息をついた。
「……あの小娘め…………ヴェルザグラトは退治したのだと、この儂に嘘をついていたのか」
「え?」
「貴様の推察通りだよ。ヴェルザグラトとは600年前に時の聖女がこの世界を守るために退けたはずの悪魔の名だ。てっきり討伐したものだと思っていたが……まさか失敗して王城の地下に封印していたとはなぁ」
ヴァステリアは椅子の背もたれに思いっきり背を預けて天を仰ぎながら、持ってきていた大きな本のページを魔術でパラパラとめくる。
投げやりな様子でいても、その魔術は正確だ。
あるページでぴたりと止めるとそれを私に向かって差し出す。
そこにはヴェルザグラトという悪魔についての記載があった。
「儂が悪魔と融合してからしばらくの間は奴との会話が可能でな。儂は彼女から得た情報を事細かく記録していた。その中には彼女と同じく魔界を追放された悪魔たちの話題もあってなぁ。特に悪質で力を持つ悪魔の情報は、まとめてみれば辞典並の本ができるほどだった」
「どうして悪魔の情報を……?」
ヴァステリアは本を指でトントン、と叩きながら言う。
「言ってしまえばこいつらは壁一枚を隔てたすぐ向こう側にいる。もし何らかの理由で壁が壊れたりしたら、今まで以上に容易にこちら側へ来られるようになってしまうだろう? その多くは人間界に馴染めず淘汰されるだろうが、ティアレインやヴェルザグラトのように生き残れてしまう例もある。そうなったときに対抗手段がわからないままでは人間側が不利だ」
……ヴァステリアは万が一のときに悪魔への抵抗の足掛かりになるよう、この本を書いてたんだ。
私は本へ目を向ける。
600年前の聖女もこの情報を参考にしてヴェルザグラトと戦ったのかな。
「で、その過程でできた儂らの悪ノリの産物が、『生まれ変わったらグランドワイバーンになって世界征服したい』とかいうふざけた小説ってわけだ。あの小説に出てくる悪魔や生物は全て実在する」
「! ……では、ウーリャというのはもしかして……」
「人間だったの頃の儂の名だ。時計塔の頂上に座して以降、"ティアレイン・ヴァステリア"の名は世界中で通じるようになってしまったからな。諦観の魔術師と大悪魔の合作があんなに稚拙な文章であると知れたら威厳を損なうだろう?」
私とクロヴィスは目を丸くして同時に驚く。
ヴァステリアは少し苛立った様子でガシガシと頭をかきながらため息をついた。
「しかしまあ、若気の至りで書いた黒歴史などとっくに世界中から回収して処分したと思っていたんだが……あの小娘め、どこぞでこっそり入手して後世へのメッセージに使うとは、どこまでも捻くれた性格だったようだな」
ヴァステリアが見せてくれた本にはヴェルザグラトの能力やその対策などが書かれていて、それは本人も言っていた通り『生まれ変わったらグランドワイバーンになって世界征服したい』に登場する同名の悪魔と大きく違いはなかった。
私はヴァステリアを見る。
「600年前の聖女も、師匠のこの本を参考にしてヴェルザグラトと戦ったのですか?」
「ああ。あの小娘、なんてことない顔をしてふらっと出かけたかと思えば、パンを買って帰ってきて『ヴェルザグラトは退治した』などと抜かしていたな」
「……ではどうして彼女は討伐に失敗してしまったのでしょうか。ヴェルザグラトとの戦いで一体何が……」
「ふむ…………」
顎に手を当てて何かを考えた様子のヴァステリアは、おもむろに転移魔術で1冊の巻物を呼び出して私に差し出す。
「これは?」
「600年前、当時の聖女の小娘が残したものだ。中身はただの修行記録を騙った儂への悪口だと思っていたのだが、もしかしたら貴様には別の何かが見えるかも知れん」
当時の聖女の直筆の修行記録……!?
今までの口ぶりにしろ、こんなものを預かってたことにしろ、やっぱりヴァステリアは聖女を一方的に知ってたってだけじゃなくて……
「……師匠、あなたは600年前の聖女にとって、とても近しい存在だったのでは?」
「ふん、近しいと言うほどのことはない。力の使い方について聞かれたから、多少のアドバイスをしただけだ」
……つまり、ヴァステリアは600年前も聖女の師匠をしてたってこと!?
この悪魔……いや、大魔術師は……本当に大魔術師だったんだな。
だから私に聖女の加護の使い方を教えるときもアドバイスが的確だったんだ……。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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