EP 8
路地裏の闇討ちとポイントチャンス!? 法律遵守の抜刀術と冷徹なネフィリム
「ふふふ……ついにゲット! 私の身分証!」
冒険者ギルドを出た私は、夕焼け空に『E』と刻まれた小さな木製のタグ(ギルドカード)を掲げてニヤニヤしていた。
登録を済ませた私は、さっそく初めてのクエストを受注した。
選んだのは「ゴブリン討伐」でも「ダンジョン探索」でもない。
『街の広場の清掃および、近郊の森での薬草(陽薬草)採取』である。
なぜそんな地味な依頼を選んだのかって? 決まっている。
広場のゴミを拾えば、一つにつき【善行ポイント+1P】。
怪我の治療に使える陽薬草を摘めば、「医療物資の確保」という名目でさらにポイントが加算される。
結果として、半日みっちりと街の清掃と草むしりに精を出した私の脳内には、小気味良いファンファーレが鳴り響いていた。
【善行獲得:清掃活動(広域) +120 P】
【善行獲得:医療物資の採取 +50 P】
【現在の所持ポイント:3,322 P】
「よしよし! 地道なポイ活こそが勝利への近道! しかもギルドから報酬として銅貨を20枚(約2000円分)ももらえちゃったし!」
私は皮袋の中でチャリンと鳴る銅貨の音に目を細めた。
これなら、今日の晩御飯と安宿の素泊まり(銀貨2枚=銅貨20枚相当らしいが、そこは交渉次第だろう)くらいはなんとかなる。
ルークス様の過保護な溺愛生活も良かったけれど、自分で汗水垂らして稼いだお金とポイントの重みは、また格別だ。
「さーて、お腹ペコペコだし、何か安くて美味しい屋台でも探そうかな」
大通りから少し外れた、飲食店が立ち並ぶ路地へと足を踏み入れた時のことだった。
「――っざけんな! さっきは不意打ちだったからやられたが、今度はそうはいかねえぞ!」
「兄貴たちも呼んできたんだ! その生意気なツラ、二度と歩けねえようにしてやる!!」
路地裏の奥から、下品な怒鳴り声と、複数の男たちの足音が聞こえてきた。
私はピタリと足を止めて、レンガの壁からそっと顔を覗かせる。
薄暗い路地裏には、昼間ギルドで私に絡んできた三人組のゴロツキと、さらに柄の悪い助っ人らしき男たちが五人。計八人の武装した男たちが、半円状になって一人の青年を包囲していた。
包囲されているのは――銀髪に琥珀色の瞳を持った、あの冷徹なイケメン(ネフィリム)だった。
「……学習能力の無いゴミどもめ」
青年は、八人のチンピラに囲まれても全く動じていなかった。
それどころか、心底面倒くさそうに大きなため息をつき、腰に提げた鞭の柄に手をかけている。
「俺は腹が減ってるんだ。死にたくなければ十秒以内に消えろ。それ以上俺の視界に入るなら……ミンチにして裏路地のドブネズミの餌にするぞ」
彼の瞳の奥に、ゾッとするような殺気が灯った。
それはハッタリではない。彼から立ち上る魔力のプレッシャーは、素人の私でも肌がヒリヒリするほど圧倒的だった。
だが、怒りで頭に血が上っているゴロツキたちはそれに気づかない。
「ハッタリかましてんじゃねえ! やっちまえ!!」
リーダー格の男が叫び、八人が一斉に錆びた剣や棍棒を振り上げて青年に襲いかかった。
(あっ、やばい!)
私は思わず身を乗り出した。
いや、彼がやられると思ったわけではない。むしろ逆だ。あの冷徹なイケメンなら、十秒後には本当にゴロツキたちを物理的に「ミンチ」にしてしまうだろう。
それはマズい。街のど真ん中でそんな凄惨な殺人事件が起きたら、ギルドや衛兵が黙っていない。
そして何より――私の脳内に、黄金の輝きを放つシステムパネルがポップアップしたからだ。
【イベント発生:第三者への不当な暴力行為(急迫不正の侵害)を検知】
【人命救助(および治安維持)のチャンス! 推定獲得ポイント:100〜300 P】
(正当防衛の要件クリア! しかも第三者防衛の善行ポイント特盛りチャンス!!)
「そこのあなたたち、ストォォーップ!!」
私は路地裏に飛び出し、全速力で八人の男たちの背後へと突進した。
「ああん!? なんだテメェ……って、昼間の金持ちの嬢ちゃんじゃねえか!」
「ちょうどいい、まとめて身ぐるみ剥いで――」
男たちが下卑た笑みを浮かべてこちらを振り向く。
遅い。
実家の道場で、祖父の竹刀の雨を避けながら踏み込みの速度だけを極め続けた私の足さばきに比べれば、彼らの動きはスローモーションも同然だ。
「問答無用! 刑法第36条、第三者防衛を行使します!」
私は腰を深く落とし、左手で白雪の鞘を握り込んだ。
親指で鍔を押し上げる。
だが、私は刀を抜かない。相手は素人同然のチンピラだ。真剣で斬り伏せれば確実に命に関わる。それでは「防衛の程度を超えた」と判定され、ポイントがマイナスになりかねない。
ゆえに、抜かずに打つ!
『無月流居合い――閃光(鞘当て・峰打ちモード)』
――ダァンッ!!
抜刀の初速と全く同じモーション、同じスピード。
だが、私の右手が握っていたのは柄ではなく「白木の鞘の真ん中」だ。
音を置き去りにする神速の踏み込みと共に、私は鞘の先端を男たちの鳩尾や顎先へ、流れるような連撃で叩き込んだ。
「ガッ……!?」
「へぶっ!?」
ドサッ、ドサササッ!
私が青年の横をすり抜けて立ち止まった瞬間、遅れてやってきた衝撃に耐えきれず、八人の男たちは白目を剥いて次々と路地裏の地面に崩れ落ちた。
「……ふぅ。よし、急所は外したし、骨も折ってない。完璧な手加減(正当防衛)!」
私は白雪を腰に戻し、満足げに頷いた。
ポイントもしっかり加算されている。大豊作だ。
「おい」
背後から、底冷えのする低い声が降ってきた。
振り返ると、鞭の柄を握ったままの銀髪の青年が、信じられないものを見るような目で私を睨み下ろしていた。
「……お前、なんだ今のふざけた剣技は。神速の踏み込みから、なぜ『鞘ごと』男たちを殴った? 刀を抜けば、一瞬で全員の首を飛ばせただろうが」
彼の言う通りだ。プロの目から見れば、私の行動はあまりにも奇妙で非効率的に映っただろう。
「抜いたら死んじゃうじゃないですか! 相手の武器はナマクラだし、殺意はあっても技術がない。あそこで真剣を使ったら『過剰防衛』になって、私のポイント……じゃなくて、法律的にアウトになっちゃうんですよ!」
「……は?」
青年は、私の言葉の半分も理解できていないようだった。
『過剰防衛』や『法律』という概念が、この弱肉強食の異世界の裏路地には存在しないからだ。彼は深く眉間を揉み込み、深い深い、本当に呆れ果てたため息をついた。
「ハァ……。お前、頭湧いてるのか? そもそも俺は助けなんて求めてない。あと一秒遅ければ、こいつらの四肢を切り刻んで裏のドブに流すところだったんだ。邪魔をするな」
「えっ? あ、ご、ごめんなさい! でも、ほら、街を汚しちゃうのも良くないですし!」
私が慌てて取り繕うと、彼は「チッ」と舌打ちをして踵を返した。
その時、路地の入り口の方から、とても良い匂いが漂ってきた。
出汁の香りと、醤油のような、甘辛く煮込まれた大根や練り物の匂い。
日本のおでん!? いや、この世界なら佐藤太郎さんが広めた屋台文化の生き残りかもしれない。
「ぐきゅるるぅ……」
私のお腹が、先ほどよりもさらに大きな音を立てた。
青年の足がピタリと止まる。
「あ、あのぅ! 良かったらさっき、ギルドで列を譲って(?)くれたお礼と、今のお詫びに!」
私は恥ずかしさを誤魔化すように、満面の笑みで青年に提案した。
「そこの屋台で、ご飯ご馳走します! 私の奢りですから、一緒にどうですか!?」
「……俺に、奢るだと?」
青年は怪訝な顔をした後、私の腰の皮袋(銅貨20枚=約2000円)を一瞥し、フッと皮肉な笑みを浮かべた。
「……いいだろう。そこまで言うなら、お姫様の底知れぬ財力に甘えさせてもらうとするか」
「はいっ! 行きましょう!」
私はホクホク顔で屋台へと向かった。
この時の私は、異世界の物価というものを全く理解していなかった。
彼のような大食漢のネフィリムと、育ち盛りの私が「おでん」を腹一杯食べたら、銅貨20枚ぽっちで足りるわけがないという残酷な事実に、まだ気づいていなかったのである。
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