EP 6
置き手紙と朝の激震。過保護な公爵令息の懺悔と、いざ冒険者の街へ!
「ル、ルークス様! 大変でございます!!」
爽やかな朝の陽光が差し込むアルヴィン公爵城の執務室。
書類(タローマンの新規出店に関する稟議書など)に目を通していたルークスの元に、血相を変えたメイドが転がり込んできた。
「どうした、そんなに慌てて。ミツキ殿に何かあったのか?」
「そ、それが……ミツキ様のお部屋がもぬけの殻でして! ベッドは綺麗に整えられており、机の上にはこのような手紙が……!」
「なっ!?」
ガタンッ、と音を立てて椅子を蹴り倒し、ルークスはメイドの手から便箋をひったくった。
震える手で封を開け、そこにしたためられた流麗な文字に目を落とす。
『ルークス様へ。
突然いなくなってごめんなさい。お城での生活は本当に夢のように幸せで、ルークス様の優しさに心から感謝しています。
でも、私は気付きました。安全なお城の中で、ただあなたに守られ、与えられるだけの存在になってはいけないと。
私は、誰かの背中に隠れる鳥籠の姫君ではなく、自分の足で立ち、自分の道を切り開く人間でありたいのです。
いつか、ルークス様の隣に立ち、背中を預け合える対等な存在になるために。私は自分自身を鍛え直す旅に出ます。
追伸:いただいた紅蓮の鎧は、あなたに相応しい強い女になるためのお守りとして、大切に使わせていただきます。
神城 美月』
「あぁ…………っ!!」
ルークスはその場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。
完璧な美貌が、深い後悔と苦悩に歪む。
「俺は……なんという愚か者だ……!!」
「ル、ルークス様!?」
「彼女は、気高き武を志す真の剣士であった! 城での水仕事を『趣味だ』と笑って引き受けていたのも、驕り高ぶらぬよう己の精神を律する修行の一環だったのだ! 兵士の手当てに奔走していたのも、戦場に生きる者としての連帯感ゆえ!」
(※注:美月はただ『善行ポイント』を稼ぎたかっただけである)
「それを俺は……! 彼女の剣士としての誇りを理解せず、怪我をしないようにと過保護に囲い込み、あまつさえ彼女から『戦い』も『労働(修行)』も奪い去ってしまった! 黄金の鳥籠に閉じ込められた誇り高き鷹が、どれほど息苦しかったことか……!!」
ルークスは便箋を胸に抱きしめ、天井を仰いで熱い涙を流した。
『いつか、ルークス様の隣に立ち、背中を預け合える対等な存在になるために』
その一文が、ルークスの胸を激しく打つ。
ただ守られるだけではなく、共に戦うパートナーになりたいという彼女の気高き愛の告白(ルークス激重フィルター込み)に、彼の心臓は早鐘のように打ち鳴らされていた。
「すぐに捜索隊を出しますか!?」
駆けつけた近衛騎士が尋ねるが、ルークスは静かに首を横に振った。
「……いや、よい。ここで強引に連れ戻せば、彼女の気高い決意を泥で汚すことになる。俺は待とう。彼女が己の道を切り開き、再び俺の前に立ってくれるその日まで」
そう言い切ったルークスのサファイアの瞳には、かつてないほどのロマンと愛炎が宿っていた。
「だが、万が一ということもある。影の部隊を放て。彼女の行く手を見守り、命の危機に瀕した時のみ、密かに手を貸すのだ。……決して、俺の差し金だと悟られるなよ」
「はっ!」
アルヴィン公爵家の裏の力が、一人の少女のために密かに動き出した瞬間であった。
***
「へっくちゅっ!」
一方その頃。
ルークス城から遠く離れた、ルナミス帝国の辺境にある活気に満ちた都市『国境の街ガルム』。
その大通りを歩いていた私は、盛大にくしゃみをした。
「う〜ん、誰か噂でもしてるのかな? まさか風邪? いやいや、この紅蓮の鎧、保温性もばっちりだし風邪なんて引くはず……」
鼻をすする私の目の前には、絵に描いたような「異世界のファンタジー都市」が広がっていた。
石畳の道を、馬車と『魔導車』と呼ばれる自動車が入り乱れて走り抜けていく。
すれ違う人々は、私と同じ人間だけではない。犬や猫の耳と尻尾を生やした獣人族や、屈強なドワーフ、とんがり耳のエルフまで普通に歩いている。
「すごい……! 本当に異世界だ!」
お城の優雅な生活も良かったけれど、この土ボコリと人々の熱気にまみれた街の匂いも悪くない。
屋台からは、香ばしい匂いが漂ってくる。
『へいらっしゃい! 焼きたての肉椎茸串はいかが! 太陽芋のコロッケも揚げたてだよ!』
威勢のいいおじさんの声に、私のお腹が「ぐきゅるるぅ」と正直な音を鳴らした。
昨日の夜にお城を抜け出してから、ろくに物を食べていない。バックパックの中にランダムボックスで出したカロリーメイトはあるけれど、せっかくなら異世界の温かいご飯が食べたい。
「おじさん、そのお肉みたいなキノコの串、一本くださ……」
言いかけて、私はハッと気づいた。
ランダムボックスで出した最新のアウトドアバックパック。
神速の抜刀術を放つ相棒『白雪』。
最高級の魔導防具『紅蓮の鎧』。
所持ポイント、3,000P以上。
……しかし、この世界の通貨である『銅貨』や『銀貨』を、私は一枚たりとも持っていないのである。
(や、やばい……っ! いくらポイントがあっても、現金ゼロじゃ屋台の串一本買えない!? ランダムボックスでお金は出せないの!?)
慌てて空中のパネルを開き、【日本】【通貨】【硬貨】などで検索してみるが、『日本の硬貨(円)はこの世界では通貨として使用できないため、経済的価値を生みません。金属片として出力しますか?』という無慈悲な警告文が出た。
日本円の100円玉を出したところで、ここではタダの鉄くずだ。
(異世界生活、初日から無一文確定!?)
顔面を蒼白にしていると、私の足元で「ああっ!」という小さな声がした。
見ると、猫耳を生やした小さな男の子が、抱えていた紙袋を落とし、中から林檎のような赤い果実をいくつも転がしてしまっていた。
「あーあ、待ってて、お姉さんが拾ってあげるからね」
私は慌ててしゃがみ込み、転がった果実を拾い集めて紙袋に戻してあげた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
猫耳の男の子が満面の笑みで手を振って去っていく。
その瞬間。
【善行獲得:人助け(軽度) +10P】
空中にポンッと通知が出た。
「……そっか」
私は立ち上がり、目の前の巨大な建物を見据えた。
剣と盾の意匠が掲げられた、やたらとでかくて騒がしい施設。
人の出入りが激しく、中からはむさ苦しい男たちの笑い声や怒鳴り声が聞こえてくる。
そう、冒険者ギルドだ。
「この世界でお金を稼ぐには、働くしかない。そして、冒険者の仕事である『魔物討伐』や『護衛』、『人探し』って……つまり、全部『人助け(善行)』に繋がるお仕事だよね!?」
お金(生活費)を稼ぎながら、同時に善行ポイントも荒稼ぎできる。
まさに一石二鳥、私にとって天職のようなシステムじゃないか!
「よしっ! まずは冒険者登録して、手っ取り早く依頼をこなすぞ!」
ルークス様に誓った「対等な存在になる」という気高い決意の半分くらいが、「今日の晩御飯代を稼ぐ」という極めて切実な目的に上書きされつつあったが、背に腹は代えられない。
私は気合を入れるため、腰の白雪の柄にポンと手を当て、意気揚々と冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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