EP 5
過保護な王子様と鳥籠の姫君からの卒業。私は私自身の力で、あなたの隣に立ちたいから
便箋を丁寧に折りたたみ、封筒に入れる。
最後に、机の上にあったアンティーク調のペーパーナイフを重し代わりに置いた。
「……うん。これでよし、と」
真夜中の自室。
ランプの灯りだけが照らす部屋の中で、私は小さく息を吐いた。
手紙には、これまでの感謝と、そして「なぜ城を出るのか」という私の素直な気持ちが綴られている。
思えば、ここ数日のルークス様の過保護っぷりは、本当に凄まじかった。
『ミツキ殿! そんな水仕事などしては、君の美しい手が荒れてしまう! 皿洗いは使用人に任せなさい!』
(あああっ! 私のお皿洗いポイント(1枚1P)がぁっ!?)
『ミツキ殿! 庭を散歩するのか? ならば精鋭の騎士を三名、護衛につけよう! 魔物の気配があれば即座に排除するから安心してくれ!』
(護衛の人たちが先に草むらを刈り取っちゃうから、落ちてるゴミが拾えない! ゴミ拾いポイント(1P)の機会損失!?)
結果として、私の「地道なポイ活」は完全に封じられ、ここ数日のポイント収入はパタリと途絶えてしまったのである。
……いや、ポイントのことは百歩譲っていいのだ。一番の問題は、私の心だった。
怪我をしないように。疲れないように。
ルークス様は、私をまるで壊れやすい硝子細工か、美しい鳥籠に閉じ込めた小鳥のように大切に扱ってくれた。
女の子として、あんな超絶イケメンにそこまで溺愛されるのは、正直めちゃくちゃ満更でもない。ときめきで心臓が破裂しそうになったことは一度や二度じゃない。
でも、私は知っている。
彼の見ている私は、「神速の剣技を持つ神秘的な乙女」であって、等身大の私じゃない。
私は、ゴミを拾って「ポイントゲット!」と内心ガッツポーズをするような、ただの泥臭い看護学生だ。
「嫌よ。私の道は私が切り開くんだから」
誰もいない部屋で、私は自分自身に言い聞かせるように呟いた。
与えられてばかりの幸せは、いつか必ず破綻する。
もし、いつか本当に……彼と恋人同士になりたいと願うなら。
私は、彼に守られるだけの存在じゃなくて、彼の隣で剣を抜き、背中を預け合える「対等なパートナー」にならなきゃいけない。
「さあて、感傷に浸るのはここまで! 出発の準備をしなきゃ!」
私は両手でパンッと頬を叩き、気合を入れた。
空中に半透明のパネルを呼び出す。
現在の所持ポイントは『3,152 P』。お城でのポイ活で貯め込んだ、私の全財産だ。
「システム! ランダムボックス発動!」
100Pを消費して、カテゴリーを3つ指定する。
【黒】! 【鞄】! 【アウトドア】!
ポォン! という音と共に、上空から黒い大容量のトレッキングバックパックが落ちてきた。地球の登山家が愛用する、軽くて丈夫な最新ナイロン製だ。
さらに100Pを消費する。
【夜】! 【布】! 【保温】!
今度は、マイナス気温にも耐えうる高品質なマミー型の寝袋が出現した。
さらに、追加で数回ランダムボックスを回し、携帯用の浄水フィルター、LEDヘッドライト、そして万能ナイフや着火剤といったサバイバルグッズ一式を取り出し、バックパックに手際よく詰めていく。
「ふふっ、完璧。これぞ現代のキャンプ装備フルセット!」
最後に、私は部屋の隅に飾られていた、あの『紅蓮の鎧』を見つめた。
置いていこうかとも思ったけれど、ルークス様の想いがこもったこの鎧だけは、持っていくことに決めた。
いつか、彼にふさわしい強い女になって、この鎧を着こなして再会するためのお守りとして。
真紅の鎧を身に纏う。
見た目は重厚な金属のプレートなのに、着てみると驚くほど軽く、関節の動きを全く阻害しない。さすがは公爵家秘蔵の魔導防具だ。
そして腰には、私の唯一無二の相棒である白鞘の太刀『白雪』をしっかりと差し込んだ。
「さてと。正面から出たら絶対に見つかっちゃうし……」
私はバックパックを背負い、窓を開け放った。
自室は城の三階だ。地球の常識なら飛び降りれば骨折は免れないが、今の私なら大丈夫だ。
何百万回という素振りで培われた身体操作と、この世界に来てからなぜか底上げされている基礎身体能力。
窓枠に足をかけ、夜風を胸いっぱいに吸い込む。
「お世話になりました。……行ってきます!」
私は、夜の闇に向かって身を躍らせた。
風を切り、城壁の出っ張りを足場にして衝撃を殺しながら、ふわりと中庭の芝生に着地する。音一つ立てない、完璧な着地だ。
衛兵たちの死角を抜け、城門の脇にある小さな通用口から外へと飛び出す。
振り返ると、月明かりに照らされた壮麗なアルヴィン公爵城が、静かにそびえ立っていた。
『まるで紅蓮の白雪姫だな』
彼の甘い声と、手の甲に落ちた唇の感触が蘇り、顔が熱くなる。
私は両手で頬をギュッと押さえて、首を横に振った。
「見ていてください、ルークス様。私、実力であなたと対等な恋人になってみせますから!」
空が白み始め、夜明けの光が世界を照らし出しようとしていた。
目指すは、この国の冒険者たちが集うという活気に満ちた街。
私はバックパックの肩紐をぐっと握り直し、朝焼けに染まる街道を、希望に胸を膨らませて歩き出したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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