EP 4
過保護な公爵様からの贈り物『紅蓮の鎧』と、夜のベッドで抱いた違和感
アルヴィン公爵城での生活は、控えめに言って「最高」の一言だった。
あの日、大腿動脈からの出血を見事(?)に止めてみせた私は、城の人間から「慈愛に満ちた白衣の天使」あるいは「奇跡の聖女」として完全に祭り上げられていた。
食事は豪華なフルコース。ふかふかのベッド。
そして何より、ポイントが稼ぎ放題である。
「奥様、お皿洗い代わりますね! え? お客様にそんなことさせられない? いえいえ、私の趣味ですから!(※1P獲得)」
「あ、そこの新米衛兵さん! 剣の素振りでマメが潰れましたね? 消毒して絆創膏を貼りましょう!(※医療行為で100P獲得)」
そんな涙ぐましい(しかし周囲からは無償の愛と誤解される)努力と、たまに行う現代医療知識の披露により、私の所持ポイントはあっという間に3000Pを突破していた。
そのポイントを消費し、私はついに【日本】【女性】【衣服】【日常】の4カテゴリー(1000P消費)で、スウェットからの脱却を果たした。現在身に纏っているのは、丈夫なデニム生地のスキニーパンツに、動きやすい純白のブラウス、そして歩きやすい革のブーツだ。
異世界ファンタジー感は薄いが、清潔感と機動力は抜群である。
「ミツキ殿。少し、よろしいだろうか」
充実したお掃除&医療ライフを満喫していたある日の午後。
城の応接室に呼び出された私を待っていたのは、相変わらず顔面偏差値が天井を突き破っているルークス様だった。
プラチナブロンドの髪から差し込む西日が、彼の彫刻のような横顔を照らしている。乙女ゲームのスチルなら、間違いなく激レア確定の1枚だ。
「はい、ルークス様。どうされました?」
私が尋ねると、ルークス様は恭しく立ち上がり、部屋の中央に置かれた重厚なトルソー(マネキン)にかけられていた布をバサリと取り払った。
「なっ……わぁ……!」
思わず感嘆の声が漏れた。
そこにあったのは、一着の美しい防具だった。
全体は深い真紅――紅蓮の炎を思わせる鮮やかな赤に染め上げられ、要所に金糸の装飾と、軽くて強靭なミスリル銀のプレートがあしらわれている。
武骨な鎧というよりは、女性のしなやかなラインに合わせて仕立てられた、ドレスのような芸術品だった。
「これは……?」
「『紅蓮の鎧』だ。我がアルヴィン公爵家に代々伝わる、最高級の魔導防具の一つだよ。あらゆる物理衝撃を吸収し、中級以下の攻撃魔法を完全に無効化する結界が編み込まれている」
ルークス様は熱を帯びたサファイアの瞳で私を見つめ、そっと私の手を取った。
「この危険な世界で、君のように気高く、そして心優しい女性が傷つくのを見たくない。……ミツキ殿、これを受け取って、ずっとこの城にいてくれないか?」
「えっ……私に、これを?」
「ああ。君の持つ『白雪』という美しい白鞘の太刀と、この紅蓮の鎧。……ふふ、まるで『紅蓮の白雪姫』だな」
ルークス様が甘い声でそう囁き、私の手の甲にそっと唇を落とした。
「〜〜〜〜っ!!」
ボンッ! と音が鳴りそうなほど、私の顔から火が出た。
紅蓮の白雪姫!? なにそのパワーワード! 地球で言われたら絶対に笑っちゃうようなキザなセリフなのに、この超絶イケメンが異世界の城の西日を背負って言うと、破壊力が桁違いだ。
心臓がバクバクと早鐘を打ち、口から出たのは気の抜けた笑い声だった。
「え、えへへ……。あ、ありがとうございます、ルークス様。すごく、綺麗です……」
「君の美しさには敵わないさ。さあ、怪我をしないよう、これからは俺が必ず君を守るからね」
完璧な王子様。完璧なシチュエーション。
女の子なら誰だって夢見るような、過保護で甘い溺愛生活の始まり。
ルークス様の優しさに包まれて、私はフワフワとした夢見心地のまま、自室へと戻ったのだった。
***
――しかし。
その夜、豪華な天蓋付きベッドの上にゴロンと寝転がった私の心境は、昼間のときめきとは打って変わって、冷や水でも浴びたようにスッと冷え込んでいた。
「…………」
部屋の隅のスタンドには、今日プレゼントされた『紅蓮の鎧』が飾られている。
枕元には、私が唯一の相棒と呼べる白鞘の刀『白雪』。
そして空中に呼び出したシステムパネルには、【現在の所持ポイント:3,152 P】という数字が光っている。
私はベッドから起き上がり、自分の両手を見つめた。
華奢な女の子の手ではない。実家の道場で、幼い頃から何百万回と木刀を振り続けたせいで、手のひらには分厚いマメができ、指の関節も少しゴツゴツしている。
『無月流居合い・閃光』。
私が本当に血の滲むような努力をして手に入れたのは、この手の中にある「ただ一つの剣技」だけだ。
「……なんか、違う気がする」
ぽつりと、静かな部屋に私の声が響いた。
お城の人たちは、私の医療知識を「神の御業」のように絶賛してくれる。
けれど、それは私が凄いわけじゃない。地球の医学の歴史と、何百時間という看護実習の知識、そして『ランダムボックス』というチートスキルが持ってきた現代の医療キットのおかげだ。
そして、ルークス様。
彼は私を「戦場に舞い降りた白衣の天使」「紅蓮の白雪姫」と呼び、怪我をしないようにとこのお城に囲い込もうとしてくれている。
すごく優しくて、かっこよくて、素敵な人だ。
でも、彼は私を「守るべきか弱いお姫様」として見ている。私が毎日必死にゴミを拾ってお皿を洗って「よっしゃポイントゲット!」と内心ガッツポーズをしているような、泥臭い普通の女子大生だなんて、微塵も思っていないのだ。
「私の知識なんて、地球じゃ普通の事だし……。ルークス様と一緒にいて、いいのかな」
両膝を抱え、深くため息をつく。
私がこのままこの城に甘んじれば、一生安全で優雅な生活が約束されるだろう。
でも、それって「ルークス様の庇護下にある、便利なランダムボックス兼ペット」になるのと同じじゃないか?
(おじいちゃん、言ってたっけ。『剣とは己の道。誰かに握らされるものではなく、自分で切り開くためのものだ』って)
私は、恋愛経験ゼロのポンコツだ。
恋の駆け引きなんて分からないし、友達の恋愛トークにもついていけなかった。
けれど、一つだけ確信していることがある。
もし、私がルークス様と本当に心を通わせたいと思うなら。
彼に守られるだけの「鳥籠のお姫様」じゃダメだ。
隣に立って、背中を預け合える「対等なパートナー」にならなきゃいけない。
「……うん」
私は顔を上げ、ベッドから降りた。
視線の先にあるのは、紅蓮の鎧と、白鞘の刀。
与えられてばかりなんて、終わりだ。
ハリボテのチート能力や、過大評価された「聖女」の肩書きに隠れて、このまま甘い夢に浸り続けることは、私の誇り(アイデンティティ)が許さない。
私は、神城美月だ。
自分の力で、自分の道を切り開く、ただの看護学生だ。
「よしっ……決めた!」
私は机に向かい、羽ペンを握った。
彼に心配をかけないように、けれど私の本当の気持ちが伝わるように。
便箋に向かって、私は真夜中の決意をしたため始めた。
読んでいただきありがとうございます。
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