EP 9
【悲報】ヤンデレ村長のハイテンション・カチコミ! 地獄と天国(全回復)の無限ループ
「気合が入ってねぇぞオラァッ!!」
満月の夜空の下、ポポロ村の広場に、空気を切り裂くような破裂音が轟いた。
月兎族の村長、キャルル・ムーンハート。
普段はふんわりとしたラフなパーカー姿の美少女だが、満月の光を浴びた彼女は、理性を完全に吹き飛ばした『限界突破モード』へと移行していた。
クラウチングスタートの姿勢から放たれた、神速の飛び蹴り。
彼女の足元――ルナミス帝国のホームセンター『タローマン』で買った特注の安全靴が、紫電の雷光を纏いながら、先頭に立っていたルーク(元・公爵令息)の顔面へと迫る。
「なっ……速っ――!?」
帝国トップクラスの剣士であるルークでさえ、その速度は完全に予想外だった。
彼は咄嗟に安物の鉄剣を盾にし、青白い闘気を極限まで練り上げて防御姿勢をとった。
しかし。
マッハ1に迫る速度で放たれたキャルルの大技『流星脚』の衝突エネルギーは、約33,750ジュール。小型トラックがノーブレーキで突っ込んでくるのに等しい威力である。
ガガァァァァァンッッ!!
「ごはぁぁぁぁっ!?」
ルークの鉄剣が、飴細工のようにぐにゃりと曲がってへし折れた。
安全靴の硬質なつま先が、彼の闘気のバリアを容易く貫通し、その美しいプラチナブロンドの頭部(の横の空間をギリギリ掠めて、肩口)に深々とクリーンヒットした。
ルークの身体は、まるでピンボールのように吹き飛び、背後の廃屋のレンガ壁をぶち抜いて瓦礫の中に沈んだ。
「る、ルークさぁぁぁん!!」
私が悲鳴を上げる。いくら彼が頑丈でも、生身であんな一撃を食らえば即死だ!
「おい……狂ったか、あの駄兎!! 完全に殺しにきてるぞ!」
リアスが血相を変え、両手に極大の闇魔法を収束させた。
満月でバーサーカーと化した味方(?)を止めるため、彼は本気で魔刃鞭を振るった。
「影よ、縛り上げろ! 『シャドウ・バインド』!」
「あははははっ! リアスさん、動きが硬いですぅ! もっと腰を入れてください♡」
ズドドドドドドッ!!
キャルルは空中の鞭の軌道を読み切り、周囲の廃屋の壁や、太い木々の幹を次々と蹴りつけながら、まるでピンボールのように空中で軌道を乱反射させた。
月影流『乱れ流星脚』。
完全に残像しか見えない神速の三角跳びに、リアスの闇魔法が空を切り続ける。
「チッ、どこに――」
「後ろですよぉ♡」
リアスが振り返った瞬間、キャルルの両手に握られた『ダブルトンファー』が、彼の鳩尾を容赦なく抉り込んだ。
「ガハッ……!?」
「月影流・顎砕き!!」
トンファーの打撃で体勢を崩し、前のめりになったリアスの顎に、キャルルの闘気を纏った強烈な膝蹴りが突き刺さる。
ゴキリ、と嫌な音が鳴り、リアスの長身が宙に浮いた。
そこへさらに追撃。
「気合注入! 『鐘打ち』!!」
空中に浮いたリアスの腹部に、特注の安全靴による重い回し蹴りが炸裂。
リアスは「ぐはぁっ!」と血を吐きながら、数メートル先の岩に激突して動かなくなった。
「り、リアスさぁぁぁん!!?」
開戦からわずか数十秒。
先ほどまで数百匹の魔獣を相手に無双していたルナミス帝国最強クラスの二人の騎士が、たった一匹の狂った兎の暴力によって、完全に沈黙してしまったのである。
「あわわわわ……ど、どうしよう。ルークさんもリアスさんも、ピクリとも動かない……! し、死んじゃう!」
私がパニックになって駆け寄ろうとした、その時だった。
「ゲホッ……ゴホッ……!」
二人をボコボコにしたキャルルが、突如として大量の鮮血を吐き出し、その場に膝をついた。
「えっ!? キャ、キャルル村長!? どうしてあなたが血を吐いて……」
「だ、大丈夫です……! 私が、皆さんを、助け、ますから……ッ!」
キャルルは口の周りを血で真っ赤に染めながら、フラフラと立ち上がり、倒れている二人の元へ歩み寄った。
そして、彼女の懐から取り出した『陽薬草』に、自身の月兎族の魔力(生命力)を注ぎ込み、光り輝く『月光薬』を精製したのだ。
「ルークさん、リアスさん……ごめんなさい、痛かったですよね……! 今すぐ治しますぅぅっ!!」
キャルルはボロボロと涙を流し(先ほどまで爆笑しながら殴っていたのに)、自身の体力を極限まで削りながら、二人の口に無理やりその光る薬を流し込んだ。
カァァァァァァッ!!
眩い月の光が、二人の身体を包み込む。
するとどうだろう。ルークの砕けた骨が、リアスの折れた顎が、そして失われた体力が、一瞬にして『完全回復(HP・MP全快)』してしまったのである。
「……ハッ!? お、俺は……一体……?」
「……痛っ! いや、痛くない……? 身体が、信じられないほど軽い……?」
目を覚ました二人は、自分の身体をペタペタと触りながら、混乱の極致に陥っていた。
「よかったぁぁっ……! 皆さん、無事ですね♡」
キャルルは血まみれの口元を拭い、再び満面の、狂気を孕んだ笑顔を浮かべた。
「怪我も治ったし、体力も満タンですね! これなら、明日の朝まで、まだまだ『気合』を入れ直せますぅ!! さぁ、第二ラウンド、行きますよオラァァァッ!!」
「「ヒッ……!!?」」
治った端から、再び神速の安全靴が二人に襲いかかる。
ドゴォォォンッ! バキィィィッ!!
「ぐはぁぁっ!!」
「や、やめろ……俺は魔獣じゃな……アッー!!」
ボコボコに殴り、蹴り飛ばし、骨を折り、意識を刈り取る。
そして直後に、キャルル自身が血を吐きながら『月光薬』で完全回復させる。
「死ぬほど痛い」というトラウマだけを脳裏に刻み込みながら、身体だけは常に絶好調に保たれるという、文字通りの『地獄と天国の無限ループ』が完成していた。
「な、なんて恐ろしい……! これじゃ、過労死すら許されない無間地獄じゃない……!」
みかん箱の影に隠れてガタガタと震えているリーザちゃんを抱きしめながら、私は絶望的な光景を眺めていた。
「よしっ! 二人とも、すっごく良い心音になりましたよ♡」
数回目のループを終え、心身ともにボロボロ(※HPはMAX)になった二人のイケメンを地面に転がしたキャルルが、クルリとこちらを振り返った。
その赤く光る瞳が、バッチリと私を捉える。
「次は美月さんの番ですね! 畑仕事で溜まった乳酸、私が全部ぶっ飛ばしてあげます♡」
「ヒィィィィッ!! 来ないでぇぇぇっ!!」
私は悲鳴を上げ、後ずさった。
マッハで迫り来る特注の安全靴。
だが、私の腰には愛刀『白雪』がある。抜けば、彼女を斬り捨てることはできる。速度は向こうが上でも、私の『無月流・閃光』のカウンターなら絶対に間に合う。
しかし!
(だ、ダメよ!! キャルル村長は人間(同等の知能を持つ亜人)で、しかも『味方』なのよ!!)
日本の刑法第204条・傷害罪! 及び第199条・殺人罪!
相手が完全に理性を失っているとはいえ、武器を持たない(靴とトンファーは微妙だが)相手に対して、真剣を抜いて切り捨てれば、間違いなく『過剰防衛』からの『殺人未遂』が適用されてしまう。
システムから超特大のマイナスポイント(ペナルティ)を食らい、私の10万ポイントがパァになるのは確実だ!
「美月さぁぁぁん! 愛の抱擁(回し蹴り)ですぅーっ!!」
「くっ……! 正当防衛の範囲内……刃は抜かない(峰打ち)ッ!!」
私は白雪を鞘に収めたまま、左手で鞘ごと刀を抜き放ち、キャルルの回し蹴りの軌道へと正確に割り込ませた。
ガキィィィィンッッ!!
「ぐっ、うおおおおおっ……!?」
白木の鞘と、タローマン製の特注安全靴が激突する。
信じられないほどの衝撃。私の腕の骨が軋み、両足が地面を削りながら数メートルも後方へ滑っていく。
さすがに斬撃の乗らない『鞘受け』では、衝突エネルギーを殺しきれない。
「あはははっ! すごいです美月さん、私の蹴りを受け止めるなんて! でもでも、まだまだ気合が足りませんよオラァ!」
キャルルは着地と同時に、神速の踏み込みで私の懐に飛び込んできた。
下から突き上げられるダブルトンファーの連撃。
「わわわっ!」
私は鞘で必死に防御するが、ハイテンションの兎の猛攻は止まらない。
防ぎきれずに肩や脇腹に鈍い打撃が入り、私は「うきゃっ!?」と情けない声を上げて地面に転がった。
「美月さぁん!! だ、大丈夫ですか……! 私が今、治しますからぁっ!!」
私が倒れた瞬間、キャルルは我に返ったようにボロボロと大粒の涙を流し、またしても「ゴボァッ」と鮮血を吐きながら私の上に覆い被さってきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ! 今すぐ月光薬を……!」
口移しでもされそうな勢いで、キャルルの光り輝く手が私の顔面に押し当てられる。
ドクン、と。
全身の細胞が急激に活性化し、打撃の痛みも、畑仕事の疲労も、すべてが一瞬にして吹き飛んだ。
肌はツヤツヤになり、魔力も気力も120%まで充填される。
「痛い! けど治った! いやでもやっぱり蹴られた記憶が痛いぃぃっ!」
私は地面に寝転がったまま、完全に脳がバグって手足をバタバタとさせた。
「ふふっ……よかった。皆さんの身体、ピカピカの健康体になりましたね……♡」
私を治し終えたキャルルは、口元の血を拭い、満足げな、聖母のような笑みを浮かべた。
そして。
「あぁ……なんだか、とっても……スッキリしました……」
限界まで体力と魔力を使い果たした彼女は、ふにゃりと愛らしい兎耳を垂れ下げると、そのまま私の胸の上にバタッと倒れ込み、スヤスヤと幸せそうな寝息を立て始めたのだった。
「「「…………」」」
満月の夜。
ポポロ村の広場には、HPもMPも完全にMAX状態(しかし精神はボロボロのトラウマ状態)にされた、ルナミス帝国最強クラスの三人の冒険者が、虚空を見つめたまま死体のように転がっていた。
「……なぁ、美月」
リアスが、地面に大の字になったまま、かすれた声で呟いた。
「この村、魔獣の大群より、あのヤンデレ兎の方がよっぽど厄介なんじゃないか……?」
「……反論の余地も、ありませんね……」
ルークも、プラチナブロンドの髪を土まみれにしながら、涙声で同意した。
前金10万円と、違約金一億枚。そして、10万ポイントの地域貢献。
私たちが選んだこのポポロ村開拓生活は、月に一度、絶対に逆らえない『強制リフレッシュ(物理)』という最悪のイベントが組み込まれた、文字通りのデスゲーム(DASH村)であったことが、ここに証明されたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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