EP 8
法律適用外の害獣駆除! 畑の真ん中で無双する白雪姫
『ブヒィィィィッ!!』
『ギャギャッ!』
ルークとリアスの強固な防衛線をすり抜け、村の奥深くへと侵入した三頭のジャイアント・ボアと、数匹のゴブリンライダー。
彼らの濁った瞳は、一直線にポポロ村の中央広場――私たちが苦労して耕し、キャルル村長が種を蒔いたばかりの『畑』へと向けられていた。
巨大な猪の蹄が、ふかふかの畝を踏み荒らそうと高く上がる。
ゴブリンの汚い手が、顔を出したばかりの月見大根の双葉を乱暴に引っこ抜こうと伸びる。
その瞬間。
私の脳内で、地球の法律――『鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(通称:鳥獣保護管理法)』の条文が、クリアな音声となって再生された。
(鳥獣保護管理法、第九条。生態系や農林水産業に甚大な被害を与える野生鳥獣は、環境大臣または都道府県知事の許可を得て捕獲・駆除することができる……!)
ここは異世界ルナミス帝国。環境大臣も都道府県知事もいないが、私はギルド公認のB級冒険者(合法的なハンター)だ。
つまり、目の前で私の農作物を荒らそうとしているこの魔獣たちは、保護すべき野生動物ではなく、完全なる『有害鳥獣(害獣)』。
(過剰防衛の心配なし。傷害罪の適用もなし。……つまり、一切の手加減不要(フルパワーOK)!!)
「私の……10万ポイント(畑)に……触るんじゃ、ねええええええええっ!!!」
恐怖で震えるリーザちゃんを背中で庇いながら、私は極限まで腰を沈めた。
右手が、愛刀『白雪』の柄を強く握りしめる。
レッドオーガを一刀両断した時と同じ、いや、己の血と汗(とガソリンの匂い)の結晶である畑を荒らされる怒りが乗っている分、今の方が遥かに殺意の純度が高かった。
『無月流居合――閃光』
音も、光も、魔獣たちの息遣いすらも、全てが止まって見えた。
踏み込んだ右足が、畑の土を蹴らないように、通路の硬い地面だけを正確に捉えて爆発的な推進力を生み出す。
鞘から解き放たれた白銀の刃は、夜の空気を切り裂き、月明かりを反射して一本の光の線となった。
魔力も、闘気もない。ただ純粋な「速度」と「刃筋の完璧さ」のみを極限まで研ぎ澄ませた、絶対の物理斬撃。
私は、一切の無駄なく畑の畝の間をすり抜けながら、白雪を振るった。
ジャイアント・ボアの分厚い毛皮と筋肉を、ゴブリンライダーが跨る狼の首を、そしてゴブリンの胴体を、まるで豆腐でも切るかのように滑らかに通り抜ける。
その間、畑に植えられた作物の葉には、たったの一ミリたりとも刃を触れさせない完璧なコントロール。
ズバァァァンッ!!
遅れて、空気が弾けるような破裂音が村の広場に響き渡った。
私が大きく振り抜いた姿勢のまま静止した、その直後。
――カチン。
刀を白木の鞘に収める、静かな音が鳴った。
ピタリと動きを止めたジャイアント・ボアとゴブリンライダーたちは、数秒の静寂の後。
ズズズ……と、斜めに走った切断面から上下に分かたれ、どさりと音を立てて地面に崩れ落ちた。
ブシャァァァァッ!!
吹き出した鮮血の雨が降り注ぐが、私は『紅蓮の鎧』の魔導結界でそれを完璧に弾き飛ばす。
さらに、斬り抜ける角度を計算していたため、魔獣たちの血は作物の芽にはかからず、何も植えられていない休耕地(土)へと降り注ぎ、最高の有機肥料として大地に吸い込まれていった。
「……ふぅ。害獣駆除、完了」
私が前髪を払いながら息を吐くと、背後で耳を塞いでいたリーザちゃんが、へなへなとその場に座り込んだ。
「ふぇぇぇ……。み、美月さん……すっごい……。なんだか、アイドルのステージの特殊効果みたいでしたの……」
「怪我はない? リーザちゃん。ごめんね、怖い思いさせちゃって」
私が手を差し伸べると、リーザちゃんは「美月さぁん!」と泣きついてきた。
「……おい、美月」
広場の入り口から、呆れ果てたような声が聞こえた。
振り返ると、前線のオークキングたちを殲滅し終えたリアスとルークが、こちらの惨状(綺麗にスライスされた魔獣の山)を見つめて立ち尽くしていた。
ルークの剣にはオークの返り血がつき、リアスの息も少し上がっているが、二人とも無傷だ。
「あ、ルークさん、リアスさん! お疲れ様です! こっちに漏れた害獣は、私が責任を持って駆除しておきましたよ!」
私が笑顔でピースサインを送ると、リアスは深い深いため息をついて、額を押さえた。
「……お前は本当に、人間相手以外だと容赦ねえな……」
「え? 当たり前じゃないですか。相手は私の畑を荒らそうとした害獣ですよ? 鳥獣保護管理法に基づいた、極めて適法な処理です」
「だから、その意味の分からん『法律』の基準がおかしいと言っているんだ! お前、路地裏で絡んできた人間のチンピラは『過剰防衛になるから』って鞘で殴って済ませたくせに、なんで鋼鉄並みの硬さを持つ魔獣相手には、躊躇なく真剣を抜いて一撃でスライスするんだよ! お前の強さのベクトルは完全にバグってるぞ!」
リアスが顔を赤くしてツッコミを入れる。
彼の「異世界の常識」からすれば、B級・C級の魔獣を一瞬で解体する私の剣技は異常そのものなのだ。
「はははっ! 何を言うかリアス殿! 愛するもののために振るう刃こそ、最も鋭く、最も美しい! 美月殿のあの剣閃、まさに月下に舞う白雪姫の如き美しさであったぞ!」
ルークは相変わらず斜め上の解釈をして、一人で感動の涙を拭っている。
【イベント達成:ポポロ村の防衛(農業被害の阻止)】
【善行獲得:インフラの死守および害獣駆除 +5,000 P】
【現在の所持ポイント:20,822 P】
空中に浮かんだシステムパネルの文字を見て、私は思わず小躍りした。
よしっ! 被害ゼロ! ボーナスポイントもゲット!
これで、私の10万ポイントへの道は完全に守り抜かれたのだ。
「ふふふ……大勝利ね! さあ、魔獣の死骸を片付けて、明日の開拓に備えま――」
私が晴れやかな気分で振り返ろうとした、まさにその時だった。
『――あははははっ!』
夜の静寂を切り裂くような、高く、甘く、そして狂気を孕んだ笑い声が、森の奥から響き渡った。
「「「……え?」」」
私、リアス、ルークの三人は、同時に声のした方角へと視線を向けた。
天頂には、煌々と輝く真ん丸の『満月』。
その月明かりに照らされた森の入り口から、一人の少女がゆっくりと歩み出てきた。
ラフなパーカー姿に、兎の耳。
ポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートだ。
だが、その様子が明らかにおかしい。
普段はふんわりとしている彼女の兎耳は、獲物を狙う肉食獣のようにピンと直立し、空中の微細な音を拾っている。
そして何より、彼女の足元――ルナミス帝国のタローマンで特注したという『安全靴』の周囲に、紫電の雷光がバチバチと火花を散らして迸っていたのだ。
「キャ、キャルル村長……? 準備運動は終わったの?」
私が恐る恐る声をかけると、キャルル村長は首をカクンと横に傾け、口角を異常なほど吊り上げて笑った。
「皆さん、お疲れ様ですぅーっ!! 魔獣の群れから村を守ってくれるなんて、本当に、ほぉんとに最高です! 私、皆さんのドクンッドクンッて激しく脈打つ心音を聞いてたら……もう、身体の奥から『気合』が溢れて止まらなくなっちゃいましたぁ♡」
トクン、と。
彼女が一歩踏み出した瞬間、尋常ではないプレッシャーが周囲の空気を押し潰した。
リアスがハッとして、後ずさる。
「おい……なんだこの膨大な魔力と闘気は。さっきのオークキングの大群すら比較にならないぞ……!」
「リアス殿! 彼女の瞳を見ろ! 完全に理性が飛んでいる!」
キャルル村長のルビーのような赤い瞳は、完全にハイテンションの極みに達し、焦点が合っていなかった。
これが、月兎族の最大の弱点にして、最強の特性。
満月の夜にのみ発現する、『限界突破モード』である。
「でもでもぉ! 皆さん、なんだかお疲れみたいですね? 筋肉もこわばってるし、魔力も乱れてる! 村を復興させるには、もっともっと、極限まで働いてもらわないと困りますぅ♡」
キャルルは、両手を頬に当てて身悶えしながら、私たちに向かって宣言した。
「だから! 私が今から、皆さんの身体に直接『愛』と『気合』を叩き込んで、ピッカピカの全回復状態にしてあげますね!! ――さぁ、歯を食いしばってください♡」
「「「は?」」」
私たちがその言葉の意味を理解するよりも早く。
「気合が入ってねぇぞオラァッ!!」
キャルル村長が、大地を蹴った。
『流星脚』への助走。100メートルを5秒台で駆け抜ける月兎族の神速。
満月の光を浴びた特注の安全靴が、悪夢のような速度で、まずは一番前に立っていたルークの顔面へと迫っていた。
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