EP 5
人魚姫の極貧サバイバル術と、奇跡のスパチャアイドルバフ!
ブルルルルルンッ!!
バババババッ!
ポポロ村の荒れ果てた広場に、地球文明の利器である小型ガソリンエンジンの轟音が鳴り響いていた。
「すごいすごい! カチカチだった土が、どんどん柔らかくなっていくわ!」
私が『家庭菜園用・小型ガソリンエンジン耕運機』のハンドルを握りしめて前進すると、足元の硬い土が鋭いロータリー刃によって粉砕され、ふかふかの黒い土へと生まれ変わっていく。
魔力も闘気も使わない、純粋な内燃機関のパワー。これぞ科学の勝利である。
「おおおっ! 美月殿の操るその赤い鉄の獣、なんという力強さだ! 闘気を全く感じないのに、大地を容易く切り裂いているぞ!」
ルークが新品の鍬を片手に、目を輝かせて耕運機を追いかけてくる。
「うるせえ、排気ガスが臭いんだよ。……ハァ、なんで俺がこんな泥遊びに付き合わなきゃならないんだ」
リアスは土埃を嫌って顔をしかめながら、魔法で土の中にある大きな石を「ポンッ」と浮遊させては、畑の外へと放り投げていた。文句を言いながらも、ちゃんと石拾い(整地)を手伝ってくれているあたり、彼は本当に根が真面目なのだ。
「あはは、皆さん手際がいいですね! その調子で、お昼までにそこの区画を終わらせちゃいましょう!」
キャルル村長が、特注の安全靴でポンポンと土を踏み固めながら指示を出している。
「ふぇぇ……なんだか、村がすっごく騒がしいですの……」
そんな私たちの騒ぎを聞きつけて、広場の端にあるみかん箱のテントから、あの青髪の少女が目をこすりながら現れた。
ルナミスデパートのセール品であるピンク色の芋ジャージに、茶色の健康サンダル。海中国家シーランの元プリンセスにして、現在は極貧地下アイドルへと転落している人魚姫、リーザちゃんだ。
「あ、リーザちゃん! おはよう! うるさくしてごめんね。今、村の畑を作ってるところなの!」
私が耕運機のエンジンを止め、額の汗を拭いながら声をかけると、彼女はパチクリと目を瞬かせた。
「畑……? 皆さん、冒険者なのに土いじりをしてるんですの? まさか、私と同じくらい貧乏なんですの……?」
リーザちゃんは、どこか親近感の湧いたような、憐れむような目を私たちに向けた。
「貧乏と一緒にすんな。俺たちは違約金一億枚の負債を抱えた、超特大の奴隷なんだよ」
リアスが吐き捨てるように言う。
「お昼ご飯の時間ですよー!」
キャルル村長の声で、私たちは作業を中断し、広場に敷いたブルーシート(ランダムボックス製)の上に集まった。
「やったー! ご飯だご飯! 今日は私が、とびっきりのランチを召喚しちゃいますよ!」
私はシステムパネルを操作し、ポイントを消費して【地球の美味しいサンドイッチ詰め合わせ】と【100%オレンジジュース】を召喚した。
バスケットの中には、厚切りのBLTサンド、卵たっぷりのタマゴサンド、そしてジューシーなカツサンドが山盛りに詰まっている。
「おお! これは美味そうだ! 美月殿の出す飯は、いつも城の晩餐を超えるな!」
ルークが躊躇なくカツサンドに齧り付き、リアスも無言でBLTサンドに手を伸ばす。
「リーザちゃんも、一緒に食べよ!」
私が声をかけると、少し離れた場所に座っていたリーザちゃんは、ビクッと肩を揺らした。
「い、いいえ! アイドルたるもの、ファンからの『施し』は受けませんの! 私にはちゃんと、スペシャルなランチがありますから!」
リーザちゃんは胸を張り、自分の大切そうな小さなポシェットから、本日のランチを取り出した。
「…………え?」
私を含め、全員の動きが止まった。
彼女の小さな手の中にあったのは、パン屋でタダでもらえる『パンの耳』の切れ端が数本。
そして、どこから拾ってきたのか分からない『茹で卵』が一つ。
極めつけは、先ほどまで彼女が公園(荒れ地)の隅でちまちまと摘んでいた、謎の『雑草』の盛り合わせだった。
「ふふん! どうですの! タンパク質と炭水化物、そしてビタミンが完璧に計算された、アイドル専用のオーガニック・ランチですの!」
リーザちゃんはドヤ顔で言い放ち、パンの耳を少しずつ、本当に少しずつ齧り始めた。
「り、リーザちゃん……それ、栄養失調になるよ……」
医療系学生の私の本能が、激しい警鐘を鳴らす。育ち盛りの16歳の女の子が、こんなものしか食べていないなんて!
「貧乏くせえな。お前、人魚の国の王女なんだろ? なんでそんな底辺みたいな生活をしてるんだ」
リアスが呆れたように言うと、リーザちゃんはムッとして言い返した。
「失礼ですの! 私はただ貧乏なわけじゃありません! ルナミス帝国で培った『究極のサバイバル術』を駆使して、スマートに生き抜いているんですの!」
そこから、リーザちゃんの怒涛の『極貧ポイ活自慢』が始まった。
「いいですか!? 私は毎朝、タローソンの前で廃棄弁当を狙う野良犬とシビアな縄張り争いをして勝ち抜き、公園では鳩の餌やりおじさんから鳩と平等に餌(パン屑)を分けてもらっているんですの!
ルナミスデパートの化粧室の石鹸で顔を洗い、化粧品売場のテスターでフルメイクを完成させ、マッサージチェアで疲労を癒す!
さらに、交番の前で謎の反復横跳びをして『不審者』として連行され、取調室で無料のカツ丼をいただくという命懸けの裏技まで持っているんですのよ!」
「「「…………」」」
あまりの逞しさ(と犯罪スレスレの狂気)に、私たちは完全に言葉を失った。
この子、私の『善行システム(ポイ活)』とは全く次元の違う、本物の『生存競争』を生き抜いている……!
「お前……王族のプライドはどこに置いてきたんだ……」
リアスがドン引きしている。
「プライドならありますの! アイドルは施し(タダ飯)は受けない! これは私が自らの足と知恵で稼いだ、正当な報酬ですの!」
リーザちゃんは胸を張り、パンの耳を飲み込んで「ぐぅぅ〜……」と盛大に腹の虫を鳴らした。
強がってはいるが、限界なのは明らかだった。
私は居ても立っても居られなくなり、バスケットから一番大きなカツサンドを取り出し、リーザちゃんの口元にスッと差し出した。
「……食べる? リーザちゃん」
「た、食べませんの! 私は施しは……!」
「施しじゃないわ! これは『お裾分け』よ! 友達同士のご飯の交換! ほら、リーザちゃんのその美味しそうな『オーガニック雑草サラダ』と、私のカツサンドをトレードしましょう!」
「と、友達……お裾分け……ノーカン……?」
リーザちゃんの青い瞳が、カツサンドのジューシーなソースの匂いに抗えずにウルウルと揺れる。
「そう! 友達だから、遠慮はいらないの! はい、あーん!」
「あ、あーーーーーんっ!!」
リーザちゃんは犬のように飛びつき、カツサンドを一口で半分ほど食いちぎった。
「はむっ、ふもっ……! お、おいひぃぃぃぃぃっ!! お肉の肉汁が、パンとソースに絡み合って……! ひぐっ、ひっく……こんな美味しいもの食べたの、ルナミスに来てから初めてですのぉぉ!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、リーザちゃんはカツサンドを瞬殺し、私が渡したタマゴサンドとオレンジジュースまであっという間に平らげてしまった。
「ぷはぁっ! ご、ごちそうさまでしたの……!」
お腹がいっぱいになり、リーザちゃんの顔に血色が戻る。
彼女はポンッと自分のお腹を叩くと、急にキリッとしたアイドルの顔つきになった。
「美月さん。私、施しは受けない主義ですが、友達からの『恩』は必ず百倍にして返す主義ですの!」
リーザちゃんは勢いよく立ち上がり、ピンクの芋ジャージの裾を翻して、広場の中央にあるみかん箱の上に飛び乗った。
「美月さんたちの村おこし、私が『歌』で全力サポートしますの! 聴いてください、私の魂のキラーチューン! 『Love & Money』!!」
「えっ? 歌でサポート?」
私たちがポカンとしていると、リーザちゃんが魔導マイクを握り締め、信じられないほどの声量と、圧倒的な『アイドルオーラ』を放ち始めた。
♪ 愛!アイ!愛!アイ!ラ〜ブラブ!
♪ マネー!マネ!ローン!ダーリン!グ!
「なっ……なんだこの歌は!?」
ルークが驚愕に目を見開く。
ただの電波ソングかと思いきや、違う。
腐っても彼女は人魚姫。その歌声には、周囲の味方のステータスを爆発的に底上げし、奇跡を起こす絶大な『魔法効果』が秘められていたのだ。
リーザちゃんの歌声が響き渡った瞬間、私たちの身体を、黄金色のキラキラとした光の粒子が包み込んだ。
「えっ……嘘!? 耕運機を押してパンパンになってた腕の筋肉痛が、一瞬で消えた!?」
私は自分の身体を触り、信じられないほどの活力が内側から湧き上がってくるのを感じた。
「おおおおおっ! なんだこれは! 全身から闘気が、活力が無限に溢れ出してくるぞ!」
ルークが鍬を握りしめ、青白い闘気を全身から噴出させた。
♪ 今日も私の為に世界が動く! 全て上手くいくわ!
♪ 愛も富も一つの物! 貴方の愛で生きていける!
「俺は止まらん! この溢れ出る力、大地にぶつけずにはいられないぃぃっ!」
ドドドドドドドッッ!!!
ルークは鍬を振り下ろしながら、まるで重機のような異常なスピードで、広大な荒れ地を猛然と耕し始めた。土が爆発するように掘り返され、あっという間に綺麗な畝が出来上がっていく。
「おい……っ、ふざけんな! なんだこのイカれたバフは! 俺の体内の魔力が、限界を超えて勝手に膨張してやがる!」
リアスが自身の右手を押さえながら、苦悶(と歓喜)の入り混じった声を上げる。
彼の周囲で、闇の魔力が黒い竜巻のように渦巻いていた。
「魔力があふれる……! 邪魔な岩石どもめ、消し飛べェェッ!!」
ズガァァァァァンッ!!
リアスが適当に放った魔法が、畑の中に埋まっていた巨大な岩石を、一瞬にして細かい砂利へと粉砕してしまった。
「や、やばい……人魚姫のバフ、強すぎる……! 作業効率が地球の大型重機を超えてるわ!」
私は、トラクターと化したルークと、歩くダイナマイトと化したリアスの異常な作業スピードを見ながら、口をアングリと開けた。
「ふふっ、すごいですねぇ。リーザちゃんの歌は、やっぱり最高です♡」
その光景を、キャルル村長がニコニコと笑いながら見つめていた。
彼女は空を見上げ、ほんの少しだけ、その瞳をトロンと潤ませた。
「あぁ……開拓が進んで、村に魔力が満ちてきました。明日は、いよいよ『満月』ですね……♡」
キャルル村長のその言葉が、翌日の夜に訪れる『地獄と天国』の予兆であることなど、バフでハイテンションになって畑を耕しまくっている私たちには、知る由もなかった。
ポポロ村の開拓は、奇跡のスパチャアイドルバフによって、恐るべき速度で進んでいくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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