EP 4
違約金一億枚の絶望!? いいえ、地域貢献ポイントのボーナスステージです!
荒涼とした乾いた風が吹き抜けるポポロ村の広場で、一人の男が両膝を地面について崩れ落ちていた。
「……終わった。俺の自由で孤独なアウトロー生活が、こんな辺境の泥沼で……」
冷徹なネフィリムの青年・リアスは、頭を抱えてプルプルと震えていた。
彼の足元には、あぶり出し魔法によって『途中下車(契約破棄)は違約金として金貨一億枚♡』というふざけた一文が浮かび上がった依頼書が転がっている。
金貨一億枚。日本円にして約10兆円。
国家予算レベルの負債を、サイン一つで背負わされてしまったのだ。いくら凄腕の魔法使いだろうが、異世界の冒険者ギルドが管理する『魔力契約』を破れば、帝国中の衛兵や賞金稼ぎから命を狙われるお尋ね者になってしまう。
「何をそんなに絶望しているのだ、リアス殿!」
リアスの横で、新品の安物鉄剣を腰に差したルーク(元・公爵令息)が、サファイアの瞳をキラキラと輝かせながら空を見上げていた。
「見ろ、この何もない荒野を! ここを俺たちの手で切り拓き、家を建て、畑を耕し、やがては民が笑顔で暮らす豊かな村へと変えていく……! これぞまさに『国造り』のロマン! 安全な城に引きこもっていては絶対に味わえない、泥にまみれた最高の冒険ではないか!」
ルークは両手を広げ、荒れ果てた村の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。
相変わらず、頭の中がお花畑すぎる王子様だ。数億円の財産を捨ててきた男にとって、10兆円の借金(違約金)など、ただの冒険のスパイスくらいにしか思っていないらしい。
「お前はもう一生黙ってろ、この大阿呆が……ッ! ゼロから村を作るのに、どれだけの時間と労力がかかると思っているんだ! 魔獣の討伐なら一瞬で終わるが、農業や建築なんて俺の専門外だぞ!」
リアスが血走った目でルークに怒鳴り散らしている中。
私――神城美月は、二人の会話も、可愛い兎耳を揺らすキャルル村長のプレッシャーも完全に無視して、目の前の虚空を一点に見つめたまま硬直していた。
私の視界には、黄金の光を放つ巨大な『システムパネル』が、かつてないほどの激しいエフェクトと共にポップアップしていたのだ。
【大規模イベント発生:『廃村の復興・地域貢献(特大)』】
【概要:極度の困窮状態にある村のインフラ再建、および難民(村民)の救済】
【達成時の推定獲得ポイント:100,000 P (※進捗に応じてボーナス加算あり)】
(……じゅう、まん……?)
私は自分の目を疑い、両手で顔をゴシゴシと擦った。
しかし、何度見ても『0』の数は五つ並んでいる。十万ポイントだ。
昨日、暴走するロックバイソンを鼻うがいで鎮めてもらったポイントが3500P。それでも大喜びしていたというのに、今回はその桁が二つも違うのだ。
10万ポイントもあれば何ができる?
カテゴリーを5つ指定する『最高級ランダムボックス』を回し放題だ。最新の医療機器、無菌室の手術設備、豪華キャンピングカー、果ては重機まで……地球のあらゆる物資を召喚して、この異世界で文字通りの『無双』ができる!
「……ふふっ。あははははっ!!」
静まり返った廃村に、私の高笑いが響き渡った。
「ど、どうした美月? 違約金一億のショックで、ついに脳の血管が弾け飛んだか?」
リアスがドン引きしたような顔で私を見る。
しかし、今の私には恐怖も絶望も微塵もなかった。あるのは、ただ果てしないポイ活への欲望だけである。
「借金なんて関係ありません! だってこの村を復興させれば、私には莫大な……えっと、そう、莫大な『徳(善行)』が積めるんですから!!」
私はバッ!と両手を広げ、キャルル村長に向かって猛然とダッシュした。
そして、彼女の両手をガシッと力強く握りしめる。
「任せてください、キャルル村長! 畑仕事でも、家づくりでも、トイレの配管工事でも何でもやります! この美月、今日から粉骨砕身、ポポロ村の発展のために命を懸けて働かせていただきます!!」
「えっ? あ、はいっ! 美月さん、すっごいやる気ですね!」
キャルル村長は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにフワァッと愛らしい笑顔を浮かべた。
彼女のピンと立った兎の耳が、嬉しそうにピクピクと動く。
「すごい……。美月さんの心音、ドクンッドクンッて、すっごく力強くて真っ直ぐに脈打ってます。これっぽっちも嘘が混じってない……本気でこの村を救おうとしてくれてるんですね! 私、感動しました!」
キャルル村長は私の手を握り返し、ブンブンと上下に振った。
(※嘘を見抜く月兎族の聴覚にも、私の「10万ポイントが欲しい」という100%ピュアな本心は『真実の善意』として変換されて伝わったようだ)
「うむ! 美月殿がそう言うのなら、俺も全力で泥にまみれよう! さあリアス殿、泣き言は終わりだ。我ら『チーム・白雪』、今日からこの地を拠点とするぞ!」
ルークが満面の笑みで、絶望の淵にいるリアスの背中をバンバンと叩く。
「……お前ら、全員頭おかしいのか……。なんで一文無しの貧乏人と10兆円の負債を抱えさせられて、こんなにポジティブに喜べるんだ……」
リアスは完全に魂が抜けたような顔で、その場に大の字に倒れ込んだ。
彼一人だけが、この狂ったパーティーの中で唯一の『常識人』としての役割を背負わされている。胃薬(ランダムボックスで出せる)が必要になる日も近いだろう。
「さぁさぁ、リアスさんも立って! 早速作業に取り掛かりましょう! 村長、まずは何から始めればいいですか?」
私が腕まくりをしながら尋ねると、キャルル村長はコホンと一つ咳払いをして、プロの指導者の顔になった。
「まずは『食糧の確保』です。この村の土は、度重なる魔獣の襲撃と日照りで完全に死んでカチカチに固まっています。これを深く耕し直して、私が持っている『陽薬草』や『月見大根』の種を蒔ける状態にしなければなりません」
キャルル村長が指差した先には、岩のようにひび割れ、雑草一本生えていない絶望的な荒れ地が広がっていた。
「なるほど、畑作りからだな! よし、俺の剣に闘気を纏わせ、一気に大地を切り裂いて耕してやろう! ハァァァッ!!」
ルークが安物の鉄剣を抜き放ち、青白い闘気を爆発させようとした瞬間。
「ストォォォープ!!」
私は全力でルークに飛びつき、その剣をへし折る勢いで止めた。
「ギルドの訓練場を氷漬けにして粉砕したの、忘れたんですか!? そんなことしたら土の微生物まで死滅して、永遠に何も育たない『永久凍土』になっちゃいますよ!」
「なっ……し、しかし、剣を使わずにどうやってこの硬い大地を……」
「フフン、任せてください。今の私には、ロックバイソンの依頼で稼いだポイントの貯金があるんです!」
私はドヤ顔で言い放ち、システムパネルを空中に呼び出した。
10万ポイントという特大のゴールが設定された今、初期投資(ポイント消費)を出し惜しみしている場合ではない。ここで作業効率を爆上げする現代兵器を投入するのだ。
(システム! カテゴリー指定【日本】【農業】【機械】【ガソリン駆動】!)
頭の中で念じ、私はなけなしの1,000ポイントを消費した。
『ランダムボックス、発動!』
ポォン!という軽快な電子音と共に、私たちの目の前の荒れ地に、真っ赤な塗装が施された一台の機械がドスゥンッと音を立てて召喚された。
「……なんだこれは。鉄の車輪に、鋭い刃がいくつも付いている……?」
「魔力で動くゴーレムの一種か?」
目を丸くするルークと、倒れたまま首だけ持ち上げて訝しげに見つめるリアス。
そしてキャルル村長も、兎耳をピンと立てて興味津々に覗き込んでいる。
「これぞ、地球の叡智の結晶! 『家庭菜園用・小型ガソリンエンジン耕運機』です!」
私は自慢げに真っ赤な耕運機のハンドルを握った。
「エンジン、始動!」
私がスターターロープを力強く引くと、ブルルルンッ!!という荒々しい駆動音と共に、ガソリンエンジンの排気ガスがプシュッと吹き出した。
魔力も闘気も使わず、ただ『機械的』に鋭いロータリー刃が高速回転を始める。
「さあ! チーム・白雪の開拓DASH村生活、いざスタートです!!」
違約金一億枚の絶望を、10万ポイントへの欲望で完全に上書きした私は、轟音を立てる耕運機を押して、カチカチに固まったポポロ村の荒れ地へと意気揚々と突撃していった。
そして、その強烈なエンジン音に誘われて、みかん箱の上から『あの子』が合流してくることになるとは、この時の私たちはまだ知る由もなかったのである。
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