EP 3
ヤンデレ村長とあぶり出し契約書! 違約金一億枚の開拓DASH村生活!?
「……ぜぇ、はぁ……。分かった? ウイルスに抗生剤は、腸内細菌を全滅させるだけだから絶対ダメよ!」
ポポロ村の荒れ果てた広場。
みかん箱の上でフリーズしている芋ジャージ姿の人魚姫・リーザちゃんに対し、ひとしきり医療系学生としての熱弁を振るい終えた私は、肩で息をしながら満足げに頷いた。
「ふ、ふぇぇ……。よく分からないですけど、お薬は用法用量を守って正しく使いますの……」
リーザちゃんが涙目でコクコクと頷く。よし、これで異世界における誤った医療知識の蔓延を一つ防ぐことができた。これできっと、システムから【善行獲得:医療知識の啓蒙】でポイントがもらえるはずだ。
「……お前、本当にどこに行ってもブレないな。頭が痛くなってきた」
リアスが深い深いため息をつきながら、自身のこめかみを揉みほぐしている。その後ろでは、ルークが「おお……見知らぬ少女に無償の教えを授ける美月殿、まさに知の女神!」と相変わらずのロマンチストっぷりを発揮して感動していた。
その時だった。
パチ、パチ、パチ、パチ……。
「ふふっ、素晴らしい熱弁ですね! 村の衛生管理にそこまで詳しい方が来てくださるなんて、とっても心強いです!」
廃屋の影から、ゆっくりと拍手をしながら一人の少女が歩み出てきた。
年齢は私と同じ二十歳くらいだろうか。
頭には、ピンと伸びた美しい兎の耳。愛嬌のある、めちゃくちゃ可愛い顔立ちをしている。
だが、そのファッションは異世界ファンタジーらしからぬ、非常に現代的でラフなストリートスタイルだった。ダボッとしたパーカーに、動きやすいカーゴパンツ。
そして足元には、ルナミス帝国のホームセンター『タローマン』で売られているような、つま先に分厚い鉄板が入った特注の【安全靴】を履いている。
「あ、あなたが……この村の代表の方ですか?」
私が尋ねると、兎耳の少女はパーカーのポケットからゴソゴソと何かを取り出し、私に向かって差し出した。
可愛らしい人参柄の刺繍が施されたハンカチの上に、コロリと乗ったイチゴ味の飴玉だ。
「はいっ! 初めまして。私がこのポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートです! 皆さん、遠いところをよく来てくださいましたね。これ、どうぞ!」
「あ、ありがとうございます……!」
私が飴玉を受け取ると、キャルル村長はふにゃっと愛らしい笑顔を浮かべた。
月兎族。レオンハート獣人王国の中でも上位に位置する種族だと、ギルドの資料で読んだことがある。なぜそんな高貴な種族の人が、こんなボロボロの村で村長をしているのだろうか。
「おい、あんた」
キャルルの甘い雰囲気をぶち壊すように、リアスが冷たい声で一歩前に出た。
彼の琥珀色の瞳は、キャルルを値踏みするように鋭く細められている。
「俺たちを『前金・金貨10枚』なんていう破格の条件で雇って、一体何させる気だ? 見たところ、ここは村というよりただの廃墟だ。強力な魔獣でも巣食っているのか?」
リアスの警戒はもっともだ。金貨10枚(約100万円)の価値に見合うだけの『死地』が用意されているとしか思えない。
しかし、キャルル村長は首をこてんと傾け、全く悪びれる様子もなく、満面の笑みでこう言い放った。
「はい! 汗水垂らして、このポポロ村の発展と開拓に協力してください!」
「……は?」
「開拓?」
リアスとルークが間の抜けた声を出す。
「前の村長さんが、ゲートボール大会で知り合った未亡人の方と『駆け落ちラビリンス(失踪)』しちゃいまして。村は荒れ放題、おまけに三国からの援助も打ち切られそうなんです。だから、皆さんの力で畑を耕し、家を建て、この村を再び豊かな場所に作り変えてほしいんです!」
キャルル村長は、グッと拳を握りしめて熱弁した。
「なるほど! つまり、何もないところから自分たちの手で村を作る……地球で言うところの『開拓DASH村』みたいなノリですね!」
私がポンッと手を打つと、キャルル村長は「だっしゅむら? はよく分かりませんが、そんな感じです!」と嬉しそうに頷いた。
「ほう! 荒れ果てた大地を切り拓き、民の笑顔を取り戻す! これぞまさに騎士の誉れ、冒険者のロマンの極致だな!」
ルークが安物の鉄の剣の柄を握りしめ、サファイアの瞳をキラキラと輝かせる。
(よしっ! 村の復興事業なら、『善行システム』で特大の地域貢献ポイントが荒稼ぎできるボーナスステージ確定じゃない!)
私も内心でガッツポーズをした。
だが。
ただ一人、冷徹な現実主義者であるネフィリムの青年だけは、完全にブチ切れていた。
「……冗談じゃない」
リアスの声が、絶対零度まで冷え込んだ。
「魔獣の討伐ならともかく、なんで俺が泥にまみれて畑を耕したり家を建てたりしなきゃならないんだ。しかも、この荒れ地をゼロから復興させるとなれば、何ヶ月、いや何年かかるか分かったもんじゃない」
リアスは忌々しそうに舌打ちをし、踵を返した。
「俺たちは降りるぞ。帰る。前金の金貨10枚は、ギルドを通してそっくりそのまま返還してやる」
「ああっ、リアスさん! ちょっと待って!」
「リアス殿! 民を見捨てるというのか!」
私とルークが引き留めようとするが、リアスは聞く耳を持たず、村の出口へ向かって歩き出そうとする。
「駄目ですよぉ〜」
その時。
キャルル村長の声が、ほんの少しだけ、甘く、低く、鼓膜にねっとりと絡みつくような声色に変わった。
タローマン製の特注安全靴が、ズンッ! と地面を踏み鳴らす。
その一歩だけで、乾燥した村の地面がクレーターのように陥没し、凄まじい土埃が舞い上がった。
「……なっ!?」
リアスが足を止め、バッと振り返る。
キャルル村長は、相変わらずニコニコと笑っていた。だが、その背後に『絶対に逃さない』という、重度のヤンデレにも似たどす黒いオーラが幻影のように立ち昇っているのを、私は確かに見た。
彼女はポケットから一枚の羊皮紙――私たちがギルドでサインした依頼書の写し――を取り出し、ヒラヒラと振ってみせた。
「依頼書に書いてあったでしょ? 途中下車(契約放棄)は、違約金として『金貨一億枚』を支払うこと、って♡」
「「「…………はい?」」」
私、ルーク、リアスの三人の声が見事にハモった。
金貨一億枚?
金貨1枚が約10万円だから、一億枚って……ええと、10兆円!?
国家予算レベルの借金である。
「お、おい! ふざけるな! 俺は依頼書を隅から隅まで確認したぞ! そんな法外な違約金の文字は、何処にも書いてなかったはずだ!」
リアスが血相を変えて、自分たちの持っている依頼書の原本をバックパックから引っ張り出した。
羊皮紙には、確かに業務内容と前金のことしか書かれていない。
「……待て、リアス殿」
ルークが、真剣な表情で依頼書の羊皮紙に顔を近づけた。
その整った鼻孔をヒクヒクと動かす。
「なんだ、この紙は。……よく嗅いでみろ。契約書から、かすかにだが……『柑橘系の果実』のような甘酸っぱい香りがするぞ……?」
「果実の香り、だと……?」
リアスの琥珀色の瞳が、驚愕に見開かれた。
彼はすぐに自分の人差し指を立て、そこに小さな闇の炎を灯した。
その炎を、依頼書の余白部分の裏側にそっと近づけ、焦げない程度の熱をジリジリと加える。
ジュワァァァ……。
すると、どうだろう。
今まで真っ白だった羊皮紙の余白部分に、果実の果汁(レモン汁など)を使った『あぶり出し(インクボイス)』の魔法が熱に反応し、茶色い文字となってジワジワと浮かび上がってきたのだ。
『※ 途中下車(契約破棄)の場合は、違約金として金貨一億枚を支払うこと♡ キャルル』
「ま、まさか……」
リアスの手が、ワナワナと震えている。
地球の小学生が年賀状でやるようなクラシックな『あぶり出し』の罠に、まさか百戦錬磨のネフィリムが、完全にハメられてしまったのだ。
そして、その羊皮紙の右下には、間違いなく私たちのサイン(ルークが代表して『ルーク』と書いたもの)がしっかりと刻まれていた。
「あははははっ! ねっ? ちゃんと書いてあったでしょ?」
キャルル村長は、まるでいたずらが成功した子供のように無邪気に笑い、私たちの前で両手を広げた。
だが、その愛らしい兎の耳も、可愛い笑顔も、今の私たち(特にリアス)にとっては、恐怖の悪魔にしか見えなかった。
「さぁ、契約は絶対ですよ! 私たちと一緒に、汗と涙でこのポポロ村を最高の場所に発展させましょ〜♡」
キャルルの甘い声が、廃村の広場にこだまする。
数秒の、完全な沈黙の後。
荒れ果てた空に向かって、リアスの魂の底からの絶叫が響き渡った。
「ふざけんなああああああああああああああああああッッッ!!!」
こうして。
前金10万円(金貨10枚)の甘い罠に釣られた私たち『チーム・白雪』は、突如として『違約金10兆円』という絶望的な負債の鎖に繋がれ、逃げ道の一切ない限界開拓DASH村生活へと、強制連行されることになったのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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