第三章 『神城美月、我が道を往く』
前金金貨10枚の甘い罠! 即決する元看護学生と、胃を痛めるネフィリム
「チーム・白雪」が正式に結成された翌朝。
国境の街ガルムの冒険者ギルドは、朝一番の依頼を求めて集まった熱気あふれる冒険者たちで、早くもごった返していた。
「ふはぁ……今日もいい天気! お風呂上がりのお肌もツルツルだし、最高だね!」
私はギルドの賑やかな空気の中で、大きく伸びをした。
昨夜、ルナミスーパー銭湯で召喚した地球の高級ボタニカルシャンプーと泥パックの効果は今も絶大だ。私の隣を歩く二人のイケメンからは、むさくるしいギルドの男たちの汗臭さを完全に掻き消すような、大変ラグジュアリーなフローラルハーブの香りが漂っていた。
「おはよう、美月殿! 昨夜の『しゃんぷー』の効能は本当に素晴らしいな。今朝も髪のまとまりが公爵家お抱えの美容師が嫉妬するレベルだぞ!」
安物の革鎧に量産品の鉄の剣を背負ったルーク(元・公爵令息)が、サラサラと輝くプラチナブロンドの髪をなびかせながら、眩しい笑顔を向けてくる。装備は完全にド底辺のそれなのに、立ち振る舞いだけは完全に宮廷の王子様だ。当然、懐には「同粒(1円)」すら入っていない完全な一文無しである。
「……おい、朝っぱらから髪の毛を自慢するな、ど阿呆。それと、頼むから俺から半径一メートル以内に近づかないでくれ。お前の放つ香りと無駄なキラキラオーガのせいで、周囲の冒険者たちからの殺気が俺に集中してるんだよ」
長い銀髪をきっちりと結び直したリアスが、心底うっとうしそうに頭痛を押さえていた。彼のお肌も泥パックのおかげでゆで卵のようにつるつるなのだが、表情だけは相変わらず不機嫌そのものである。
「さあさあ、二人とも仲良く! 喧嘩したら減点対象(※六法全書システム的に)ですよ! それより、今日のクエストはどうしますか?」
私はワクワクしながら、空中にシステムパネルを呼び出した。
【現在の所持ポイント:15,822 P】
昨日の『ロックバイソン特大鼻うがい大作戦』で一気に3500ポイント以上を叩き出し、私のポイ活口座は今やホクホクの黒字状態だ。これだけあれば、万が一の時に最高級ランダムボックスを回して地球の最新重火器や医療機器を召喚することだってできる。
あとは、日々の生活費(現金)さえ安定すれば、異世界サバイバルは完璧だ。
「よし、今日も誰かの困りごとを解決して、お金とポイントをガッポリ稼ぐぞー!」
意気揚々と巨大なクエストボードへ向かう私。B級冒険者に昇格したおかげで、今日からは閲覧できる依頼書の質が格段に上がっている。
討伐、護衛、調査……ズラリと並ぶ羊皮紙をルークが熱心に見つめていた。
「ふむ……どれも冒険者としてのロマンに満ち溢れているな。だが、美月殿。これなどはどうだろうか? 条件が破格すぎるぞ」
ルークがそう言って、クエストボードの隅、なぜか少し目立たない場所に貼られていた一枚の青い依頼書を指差した。
「どれどれ? えーっと……『ポポロ村・地域応援隊。業務内容:村のインフラ整備、および長期の発展協力。募集人数:不問。報酬:前金として金貨10枚、成功報酬は応相談』……。えっ、前金で、き、金貨十枚ぇぇぇーーーッ!?」
私はその数字を見た瞬間、目玉が飛び出そうになった。
金貨1枚で約10万円相当。つまり、依頼を引き受けた瞬間に、ぽんと100万円が手に入るということだ。今の私たちが喉から手が出るほど欲している、当面の宿代とご飯代、そしてルークの新しい装備代が一瞬で解決する神クエストじゃないか!
「金貨10枚! 行きましょう、これにしましょう! 今すぐ受けるべきです!」
「うむ! 民の困窮を救い、地域を発展させる……これぞまさにノーブレス・オブリージュ! 俺の冒険者としての初陣にふさわしい偉大な任務だ!」
お金に目を血走らせる私と、ロマンに胸を焦がす元公爵令息。
二人が揃って依頼書に手を伸ばした、その時。
バシィィンッ! と、横から鋭い鞭の柄が伸びてきて、私たちの手を叩いた。
「いったぁい!? 何するんですか、リアスさん!」
「……お前ら、本当に頭のネジが数本吹き飛んでるんじゃないか?」
リアスは冷酷極まりない琥珀色の瞳で私たちを睨みつけ、呆れ果てたようにため息をついた。
「おい、待て。前金に金貨10枚っておかしくないか? よく確認してだな……。ポポロ村といえば、人間と魔族と獣人の国が入り乱れる最悪の『緩衝地帯』にある辺境のド田舎だぞ。そんな寂れた村の依頼で、最初から100万円相当の大金を払う奴がどこにいる」
「え? でも、地域応援隊って書いてありますし……。きっと、国からの補助金とかがたっぷり出てるんですよ!」
「そんな都合のいい話があるか。大方、行ったら最後、生きて帰れないような凶悪な魔獣の巣窟か、あるいは法外な裏があるに決まっている。ここは一度、ギルドマスターに裏事情を聞くのが先――」
「すみませ〜ん! カウンターのお姉さん! この依頼受けまーす!!」
「人の話を聞け、このど阿呆がぁぁぁっ!!」
リアスの制止を完全に無視し、私は光の速さで依頼書をボードから毟り取ると、受付カウンターへと猛ダッシュした。
だって、目の前にある100万円を逃す手はない。リアスさんは現実主義すぎて慎重すぎるのだ。ここはB級冒険者として、ガツンと行動力を示すべきところである。
「はい、お預かりしますね……って、えっ!? 『ポポロ村地域応援隊』ですか!?」
受付嬢のお姉さんが、依頼書を見た瞬間に顔面を真っ白にした。
「あ、あの、チーム・白雪の皆さん……本当にこれでよろしいのですか? この依頼、もう何ヶ月も誰も受け手がいなくて、半ば強制徴募のような扱いになっていて……」
「大丈夫です! 私たち、昨日ロックバイソンを鼻うがいで鎮めた最強のB級パーティーですから! ほら、ルークさんもやる気満々ですし!」
「ああ! 荒れ果てた地を開拓し、新たな楽園を築く……素晴らしいな! 胸の高鳴りが止められん!」
受付の横で、ルークが新品の鉄の剣をキラーンと輝かせてポーズを決める。
「……ハァ。もう勝手にしろ。俺は知らないからな。もし現地で身ぐるみ剥がされて奴隷にされたら、お前ら二人を置いて俺だけ空間転移魔法で逃げるからな」
後ろから追いついてきたリアスが、完全に生きる気力を失った目でボソボソと呪いの言葉を呟いていたが、私は気にしなかった。
「はい、では契約成立です……。こちらが前金の金貨10枚になります。どうか、ご無事で……」
受付嬢が、まるで戦地へ赴く特攻隊を見送るかのような涙目で、ずっしりと重い革袋を差し出してきた。
中を開けると、ピカピカに磨かれた本物の金貨が10枚、朝日に輝いている。
(よっしゃああああああっ!! 100万円ゲットぉぉぉ!!)
私は脳内でガッツポーズを連打した。これで今日からの生活は安泰だ。
お金のないルークに安宿を奢る必要も、リアスさんに飯代のことでチクチク小言を言われる筋合いもない。
「リアスさん、ルークさん! チーム・白雪、初めての長期出張クエストです! ポポロ村へ向けて、いざ出発進行ーっ!」
「おーっ! 素晴らしい旅路に光あれ!」
「……死ににいく奴の顔だな、あれは」
こうして、私たちは破格の報酬(甘い罠)に釣られ、手に入れた金貨をバックパックに詰め込んで、街の関所を越えた。
目指すは、三大国の思惑が交差する未知の緩衝地帯、ポポロ村。
そこで私たちを待ち受けているのが、感動の村おこしファンタジーではなく、文字通りの『違約金一億枚の監獄開拓DASH村』であることなど、金貨の重みにホクホク顔の私には、1ミリも予想できていなかったのである。
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