EP 9
暴走魔獣と絶叫定期バス! 医療系ヒロインの超特大『鼻うがい』大作戦!
「モゴォォォォォォッ!!」
ルナミス帝国の国境に続く、広く舗装された魔導街道。
そのど真ん中を、土煙を上げながら猛烈なスピードで爆走してくる巨大な影があった。
岩のようにゴツゴツとした外殻と巨大な角を持つ、体高2メートル超えの牛型魔獣『ロックバイソン』である。
その後ろには、三十人乗りの木製車両(定期魔導バス)が連結されたままであり、車内からは乗客たちの悲鳴がけたたましく響き渡っていた。
「た、助けてくれぇぇ!」
「このままだと、カーブを曲がりきれずに谷底へ真っ逆さまだぞ!」
暴走するロックバイソンは、完全にパニック状態だった。
よく見ると、その巨大な鼻の穴から大量の鼻水と涙を撒き散らし、狂ったように首を振り回している。
「来ました! あれが暴走バスです!」
街道の先回りをして待ち構えていた私は、そのあまりのスピードと巨体に思わず後ずさった。
レッドオーガの時とは違う。今回は後ろに一般市民が乗っているし、何よりロックバイソンは帝国の重要なインフラ(公共財産)だ。
(ここで私が『閃光』で真っ二つに斬っちゃったら、器物損壊罪どころか、バスが横転して乗客に被害が出る! 業務上過失致死傷罪に問われて、ポイントが完全にマイナスになっちゃう!)
「美月殿、下がっていてくれ! ここは俺が止める!」
私が六法全書と睨み合っている間に、ルーク(元・公爵令息)が颯爽と街道の真ん中に飛び出した。
彼の装備は、安物の革鎧と、ギルドの測定でポッキリ折れてしまった『柄と刃の根元しかない鉄の剣』である。
「止まれ、誇り高き大地の獣よ! これ以上、罪なき民を恐怖に陥れることは、この俺が許さ――」
「阿呆! 牛に説教して止まるわけねえだろ!」
ルークが悠然と闘気を高めようとした瞬間、リアスが彼の首根っこを掴んで強引に引き倒した。
直後、二人の頭上を、ロックバイソンの巨大な岩の角が新幹線のような速度で通過していく。
「チッ……殺さずに止めるとなると、力加減が面倒だな」
リアスは舌打ちをすると、両手に闇の魔力を集束させた。
「影よ、絡みつけ! 『シャドウ・バインド』!」
リアスの足元の影が猛スピードで地を這い、暴走するロックバイソンとバスの車輪に巻き付いた。
ギギギギギギッ!!
凄まじいブレーキ音が街道に響き、アスファルト代わりの石畳が削れ、火花が散る。しかし、数十トンの質量が乗った暴走の慣性は、リアスの魔法をもってしても完全には止めきれない。
「ぬおおおおおっ! ならば力業だ!」
ルークが立ち上がり、折れた剣を放り捨てて、なんと素手でロックバイソンの正面に回り込んだ。
彼は極限まで練り上げた青白い『闘気』を両腕に纏わせ、バイソンの巨大な岩の角をガシィィッ! と正面から受け止めたのだ。
「モゴォォォォッ!?」
「ぐ、ぬぅぅぅっ……! さすがは、牽引特化の魔獣……なんという、馬力だ……ッ!」
リアスの影のブレーキと、ルークの正面からの物理ブロック。
二人の超一流の連携により、暴走バスは谷底へ続くカーブの数十メートル手前で、ズザザザザッ! と土煙を上げて完全に静止した。
「よしっ! 止まった!」
「おい美月、俺たちはこれ以上こいつを押さえきれん! 早く魔獣を落ち着かせるか、気絶させろ!」
リアスが額に汗を浮かべながら怒鳴る。
暴走は止まったが、ロックバイソンは依然として鼻水を吹き出しながら、狂ったように前足を掻いてルークを跳ね飛ばそうとしているのだ。
「気絶って……どうやって!? 私、斬る以外の技、持ってないですよ!」
「お前のその無駄な医療知識を活かせ! 奴が狂った原因は、あの忌々しい『たまんネギ』の玉ねぎエキスだ! 粘膜が焼けるように痛んでパニックになってるんだよ!」
(玉ねぎエキス……! つまり、硫化アリルなどの揮発性成分が、鼻の粘膜と目に付着して激痛を引き起こしている状態!)
「それなら、大量の水で洗い流せばいいんだわ!」
私は空中のシステムパネルを呼び出した。
現在のポイントは、レッドオーガ討伐で稼いだ13,000P以上がある。出し惜しみしている場合じゃない。私は1000Pを消費し、カテゴリーを4つ指定した。
【日本】! 【医療】! 【洗浄】! 【大容量ポンプ】!!
「システム、ランダムボックス発動!」
ポォン! という電子音と共に、私の上空から一台の奇妙な機械が落下してきた。
それは、地球の病院などで使われる医療用の高圧洗浄ポンプ車(ポータブル型)と、大量の『生理食塩水』が入った巨大なポリタンクだった。真水で粘膜を洗うと浸透圧で逆に痛い。体液と同じ濃度の生理食塩水こそが、粘膜洗浄の最適解だ。
「ルークさん、リアスさん! そのままバイソンの頭をガッチリ固定していてください! 今から、とびっきりの『鼻うがい』をします!」
「は、鼻うがいだと!?」
「何をする気か知らんが、早くしろ!」
私は洗浄ホースのノズルを握り締め、ポンプのスイッチを最大出力(MAX)にひねり上げた。
ホースの先から、ドパァァァァァッ!! と、消防車も真っ青の凄まじい勢いで生理食塩水が噴射される。
「ごめんねバイソンちゃん、ちょっとツンとするけど我慢してね!」
私はその極太の水流を、ロックバイソンの巨大な右の鼻の穴に向かって、容赦なく真正面から突っ込んだ。
「モッ!? モギュォォォォォォッ!!??」
ロックバイソンの目が、信じられないほど丸く見開かれた。
右の鼻の穴から注入された大量の生理食塩水が、バイソンの鼻腔内を猛烈な勢いで洗浄し、左の鼻の穴から噴水のように逆流して噴き出す。
ドバババババババッ!!
「うわぁぁぁっ!?」
「な、なんだこの汁はぁぁっ!?」
左の鼻の穴の延長線上にいたルークとリアスが、見事にその『玉ねぎエキス混じりのバイソンの巨大な鼻水(生理食塩水割り)』を全身に浴びてしまった。
「ああっ、ごめんなさい! 立ち位置の指示を忘れてました!」
「ふざ、けんな、美月……ッ! くっさ! 目が、目がぁぁぁっ!」
リアスが顔を押さえて悶絶し、ルークも「おぉぅ……なんという刺激臭……」と崩れ落ちる。
だが、効果はてきめんだった。
数分間、これでもかと鼻腔内を生理食塩水で洗浄されたロックバイソンは、やがてホースの水流が止まると、大きく「ブハァッ!」と息を吐き出した。
その鼻息と共に、バイソンの鼻の奥から、数匹の『たまんネギ』がスポーン! とロケットのように飛び出してきた。
「たまんねーなオイ……我、これにて賢者モードに突入す……」
鼻水まみれになったたまんネギたちは、エロ本を失った悲しみと鼻うがいの衝撃で完全に悟りを開き、そのまま地面に転がって動かなくなった。
「モォォ……」
原因物質が排除され、粘膜の痛みも洗い流されたロックバイソンは、嘘のように大人しくなり、その場にぺたんと座り込んで心地よさそうに目を細めた。
「ふぅ、オペ終了! お疲れ様でした!」
私がホースを片付けて額の汗を拭っていると、後ろのバスから降りてきた乗客たちが、一斉に歓声を上げて駆け寄ってきた。
「助かった! あんたたちのおかげだ!」
「死ぬかと思ったよ! まさか、武器も使わずにあんな方法でバイソンを鎮めるなんて、あんたたち本物のプロの冒険者だな!」
乗客たちから次々と感謝の言葉と握手が求められる。
その瞬間、私の頭上でファンファーレが鳴り響いた。
【イベント達成:公共交通機関の防衛および大事故の阻止】
【善行獲得:人命救助(多数) +3,000 P】
【善行獲得:魔獣への適切な医療措置 +500 P】
【現在の所持ポイント:15,822 P】
「よっしゃああああっ!! 大量ポイントゲットぉぉぉ!」
私はガッツポーズをして飛び跳ねた。
器物損壊も業務上過失致死も回避し、パーフェクトな形でインフラと命を守り抜いたのだ。医療系女子としての面目躍如である。
「……おい、美月」
背後から、地獄の底から響くような怨嗟の声が聞こえた。
振り返ると、バイソンの鼻水と玉ねぎエキスで全身ドロドロになった二人のイケメンが、殺気を放ちながら私を睨みつけていた。
「次、あんな汚物を俺にぶっかけたら……いくらお前でも、ミンチにしてドブに捨てるぞ」
「美月殿……俺は、俺は君の盾になる覚悟はあるが……流さすがに牛の鼻水を全身に浴びるのは、騎士のロマンとして少し、その……キツイ……」
リアスは本気でキレており、ルークは半泣き状態だった。
「あ、あはは……。ご、ごめんなさい! お詫びに、ランダムボックスでいい匂いのする石鹸とシャンプー出しますから! 今日は私が晩御飯も奢りますからぁ!」
私は慌てて二人に向かって土下座の姿勢をとった。
凸凹すぎる新米B級パーティー『紅蓮の白雪(仮)』の初めての共同任務は、こうして玉ねぎの匂いと、とてつもない疲労感(主に男子二人)と共に、大成功(?)のうちに幕を閉じたのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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