EP 8
元公爵様のギルド登録と、初めての共同任務(ロックバイソン捕縛大作戦)
「今日から俺も、一人の冒険者として生きる! よろしく頼む、美月殿、リアス殿!」
まばゆい朝日の下、安物の革鎧に量産品の鉄の剣を背負ったルークス様が、爽やかに右手を差し出してきた。公爵家秘蔵の『紅蓮の鎧』は私が着ているため、今の彼はどう見ても「ちょっと顔が良すぎるだけのド底辺冒険者」である。
「ははは……本当に売っちゃったんですね、数億円の装備……。もったいないお化けが出ますよ、ルークス様……」
私は引きつった笑みを浮かべながら、その手を握り返した。
愛のために全財産を投げ打つロマンチスト公爵令息。なろう小説の読みすぎじゃないだろうか。いや、ここがその『なろう世界』なわけだけど。
「おい、いつまで寝ぼけたツラで手を握り合っているんだ、ど阿呆ども。さっさとあのボンボンをギルドに登録させてくるぞ。一文無しの居候を二人も抱えるなんて、俺の胃が持たん」
隣でインスタントコーヒーの紙コップをくしゃりと潰したリアスが、心底忌々しそうに大通りへ向かって歩き出した。
そうなのだ。現在の私たちの財政状況は、レッドオーガの報酬(金貨2枚=約20万円)をリアスさんと山分けし、そこから昨夜のおでん屋の代金を引いた、私の手元の「銀貨数枚」のみ。ルークス様に至っては、本当に財布の中身が「同粒(1円)」すら入っていない完全なゼロ。
まずは、ルークス様がギルドで働けるようにならなければ、今日のご飯すら危うい。
***
「新規の冒険者登録だな。ここに名前と――」
昨日、私をB級に特例昇格させてくれたギルドマスターが、カウンターの奥から書類を差し出した。
ルークス様は迷いのない手つきで羽ペンを握り、サラサラと文字を書き込んでいく。それを見た私とリアスは、背筋に冷たいものが走った。
『氏名:ルークス・アルヴィン(アルヴィン公爵家嫡男)』
「ちょっと待ったぁぁぁぁーーーッ!?」
私はルークス様の手首をガシッと掴み、全力で羽ペンを奪い取った。
「な、何をするんだ、美月殿? 冒険者たるもの、自身の名に誇りを持って正々堂々と――」
「正々堂々と社会的自殺をしないでください! 公爵領の若きトップが、こんな辺境のギルドでド底辺登録したなんてバレたら、帝国中の衛兵が血相を変えて押し寄せてきます! 六法全書的には身分詐称は民事・刑事でグレーですけど、本名を晒すのはただのバグです!」
「阿呆、貸せ」
リアスが私の手から羽ペンをひったくり、ルークス様が書いた『アルヴィン〜』の一文を黒インクで親の仇のように塗り潰した。そして、その上に一言だけ荒々しく書き加える。
『氏名:ルーク』
「今日からお前は『ルーク』だ。いいな、ボンボン。お前の素性がバレたら、俺まで国家反逆罪か誘拐犯として指名手配されるんだよ」
「む……。ルキア(光)に由来する、悪くない響きだ。では、今日から俺はルークだ!」
ルークス様(仮名:ルーク)は、名前を奪われたというのに、なんだか新しいおもちゃを貰った子供のように嬉しそうに頷いた。この人、本当にロマンチズムの塊だな……。
「よし、登録は完了だ。カードは一番下のEランク。だが、ルーク。君の身のこなしと魔力の気配、タダモノではないな。一応、ギルドの規則として簡単な『実技試験』を受けてもらう」
ギルドマスターが、裏手の訓練場を指差した。
訓練場には、ドワーフの技術で作られた、闘気や魔法の威力を測定するための頑丈な『鉄鋼のゴーレム(測定用人形)』が設置されていた。
「あの人形に向かって、君の最大の一撃を叩き込んでくれ。それで実力を測る」
「承知した!」
ルークは安物の鉄の剣を抜くと、静かにゴーレムの前に立った。
その瞬間。
彼の周囲の空気が、ピキピキと音を立てて凍りつき始めた。
(……え、ちょっと待って。ルークス様の魔法って、昨日リアスさんを半殺しにした……)
「ハァァァァッ!!」
ルークが短く気合を叫び、剣を振り下ろした。
極限まで練り上げられた青白い『闘気』と、周囲の水分を一瞬で凝固させる『氷結魔法』の同時発動。
ズガガガガガガガッッ!!!
「ひゃああああっ!?」
凄まじい衝撃波と冷気が訓練場を吹き抜け、私のスキニーパンツの裾が激しく羽ばたいた。
次の瞬間。
測定用の頑丈な鉄鋼ゴーレムは、跡形もなく粉砕され、訓練場の壁ごと『完全な氷塊』と化して粉々に砕け散っていた。
「…………」
ギルドマスターが、口を開けたまま化石のように固まる。
周囲にいた冒険者たちも、ジョッキを持ったまま静止している。
「……ふぅ。やはり安物の剣だな。闘気の伝導率が悪く、威力が三分の一も出ていない。美月殿、これでは君の隣に立つ戦士としては、まだまだ未熟だ」
ルークは、折れた鉄の剣を見つめて、本気で悔しそうに眉をひそめていた。三分の一であれって、フルパワーだったらギルドの建物が消し飛んでたよ!?
「器物損壊罪ぃぃぃぃーーーッ!!」
私は頭を抱えて叫んだ。
日本の刑法第261条! 他人の物を損壊した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金!
「ギ、ギルドマスター! ごめんなさい! 今すぐ弁償します! ほら、皿洗いでもゴミ拾いでもなんでもしますから、警察(衛兵)だけは呼ばないでぇぇ!」
「い、いや……。測定不能、だな……」
ギルドマスターはガタガタと震えながら、ルークのギルドカードに魔法の刻印を押し直した。
「ル、ルーク。君を……美月と同じく、特例で『B級冒険者』として登録する。頼むから、これ以上ギルドの施設を壊さないでくれ……」
「おお! 初日からB級か! さすが美月殿の選んだギルド、話が分かる!」
こうして、我がパーティーに、装備は最弱(Eランク仕様)だが中身はカンスト級のB級戦士『ルーク』が正式に加入した。
***
「よし、金が無いならさっさと依頼を受けるぞ。ちょうど、街のインフラに関わるB級の緊急依頼が出ている」
リアスがクエストボードから剥ぎ取ってきたのは、ルナミス帝国ならではの近代的な依頼だった。
『緊急:暴走ロックバイソンの鎮圧、および定期バスの安全確保』
この街では、角が岩でできた巨大な牛型魔獣『ロックバイソン』を家畜化し、各都市を繋ぐ「定期魔導バス」の牽引役として使っている。
しかし今朝、そのロックバイソンの一頭が突然発狂し、バスを引っ張ったまま街の外の街道を暴走しているらしい。
「ロックバイソン……。本来は大人しい魔獣のはずだが、なぜ暴走を?」
ルークが不思議そうに首をかしげる。
「なんでも、街道の畑から脱走した新種の魔作物『たまんネギ』の集団に突っ込んで、あいつらが読んでいたエロ本を角で破り捨てちまったらしい。賢者モードを邪魔されて激怒した『たまんネギ』たちが、バイソンの鼻の穴に一斉に突撃して、強烈な玉ねぎエキスを注入したんだと」
リアスが淡々と説明する。
「鼻の穴に玉ねぎエキス……。それは、魔獣じゃなくても狂い狂暴化(暴走)するわね……」
私は自分の鼻を押さえて、想像を絶する痛みに身震いした。たまんネギ、エロ本を邪魔されたからってなんて恐ろしい報復を……。
「ロックバイソンは、ルナミス庶民の足を守る大切な魔獣だ! これぞまさに、ノーブレス・オブリージュ……いや、冒険者としての初仕事にふさわしい人助け(ロマン)だな!」
ルークは折れた剣を腰に差し、サファイアの瞳をキラキラと輝かせた。
「よし、新生パーティー『紅蓮の白雪(※仮名)』の初陣だ! 美月殿、リアス殿、いざ出陣しよう!」
「おーっ! ポイント(善行)稼ぐぞー!」
「ハァ……。頼むから、今回は誰もボケるなよ……」
胃を押さえるリアスさんを先頭に、私たちは暴走する定期バスを止めるため、国境の街の東門へと向かって力強く走り出したのだった。
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