EP 5
氷結と影の死闘! 激突する二人のイケメンと、乱入する泥酔ヒロイン
「美月殿を人質にする気か! 卑劣な魔族め!」
「うるせえ。俺はただ飯を食って帰りたいだけなんだよ。死にたくなきゃ道を開けろ、貴族のボンボン」
夜の静寂を切り裂き、ルナミス帝国の国境の街の路上で、二つの規格外の力が激突した。
過保護なロマンチスト公爵令息・ルークスと、冷徹な現実主義ネフィリム・リアス。
ヒロインである私(泥酔して道端の壁際でスヤスヤ爆睡中)を巡る、完全にボタンの掛け違った死闘である。
「美月殿をたぶらかし、あまつさえ『一緒に寝る』などと破廉恥な妄言を吐くとは! 汚れなき白雪姫を汚す悪魔め、俺が貴様を斬り伏せ、美月殿を救い出してみせる!」
ルークスのサファイアの瞳には、燃え盛るような正義感とロマンが宿っていた。
彼の手にする長剣には、青白い『闘気』が極限まで圧縮され、刃の周囲の空気が陽炎のように揺らめいている。
彼からすれば、愛する女性が魔族の毒牙にかかろうとしている絶体絶命のピンチなのだ。(※実際はおでん屋でサケスキーを飲み過ぎて急性アルコール中毒一歩手前の介抱中である)
「破廉恥だの白雪姫だの……頭の中がお花畑か、この阿呆は。俺は酔っ払いの介護を押し付けられてイラついてるんだ。さっさと失せろ!」
リアスは忌々しそうに舌打ちをすると、手にした魔刃鞭を振るった。
シュガァァァンッ!!
闇の魔力を帯びた鞭が、生き物のようにうねり、石畳を削りながらルークスへと襲いかかる。
「ふんっ!」
ルークスは一切怯むことなく、闘気を纏った長剣で鞭を弾き返した。
硬度オリハルコンに匹敵する鞭と、極限まで練り上げられた闘気の刃が激突し、凄まじい火花と衝撃波が夜の街に撒き散らされる。
建物の窓ガラスがビリビリと震え、周囲の魔導ランプが明滅した。
「……チッ。ただの温室育ちの貴族かと思えば、闘気の練度は帝国騎士団長クラスか」
リアスが琥珀色の瞳を細める。彼の現実主義的な計算回路が、目の前の男が「手加減してあしらえる相手ではない」と警鐘を鳴らしていた。
「貴様の鞭も、ただの魔道具ではないな。だが、悪を討つ俺の剣は折れん!」
ルークスは盾を構え、ジリジリと間合いを詰める。
真っ向からの近接戦闘になれば、闘気使いであるルークスに分がある。それを悟ったリアスは、フッと冷酷な笑みを浮かべ、鞭を大きく振りかぶって足元の影に魔力を叩き込んだ。
「なら、数で潰すまでだ。闇よ……かの者を引き裂け、シャドウ・ウルフ!」
リアスの詠唱と共に、石畳に落ちた街灯の影がグツグツと沸騰し始めた。
這い出してきたのは、漆黒の闇で構成された三頭の巨大な狼だ。赤い目を光らせた影の獣たちが、唸り声を上げてルークスへと飛びかかる。
「魔族の召喚獣如きが、俺を止められると思うな!」
四方からの同時攻撃。
常人ならば一瞬で喉笛を食い破られる絶望的な状況だが、ルークスは全く動じなかった。
彼は長剣を上段に構え、そこに魔力――自身の得意とする『氷結魔法』を闘気と重ね合わせて練り込んだ。
「剣よ! 大地を凍らせろ!」
ドゴォォォンッ!!
ルークスが長剣を石畳に突き刺した瞬間、爆発的な冷気が円放射状に広がり、夜の路地を一瞬にして絶対零度の氷原へと変えた。
空中に飛びかかっていた三頭のシャドウ・ウルフたちは、その冷気に触れた瞬間に動きを止め、カチンコチンに凍りついて氷の彫像と化してしまった。
「なにっ……闘気と魔法の同時発動だと?」
「言ったはずだ。俺は美月殿を取り戻すまでは、絶対に引かん!」
ルークスの気迫が、周囲の氷をパキパキとひび割れさせる。
だが、氷像と化したシャドウ・ウルフを見たリアスは、焦るどころか、ニヤリと底意地の悪い笑みを深めた。
「……掛かったな。シャドウウルフは囮だ、阿呆」
「……っ!?」
「本命はこれだ、ダークネス――」
リアスは、凍りついた三頭の影狼たちを「魔力の導火線」として利用していた。
ルークスの足元を取り囲む氷像が、突如として真っ黒な光を放ち始める。シャドウ・ウルフの残骸から溢れ出した極大の闇魔法が、ルークスを頭上から押し潰そうと収束していく。
直撃すれば、いかに強固な闘気使いといえど、ただでは済まない。
だが、ルークスもまた、退くことを知らぬ男だった。
「負けるか! 剣よ! 雷鳴を響き渡らせろ!」
ルークスは防御用の盾を惜しげもなく放り投げ、長剣を両手で握り締めた。
氷結魔法から一転、今度は狂暴な『雷魔法』を闘気と融合させる。青白い稲妻が剣身に纏い、バチバチと耳障りな音を立てて空間を歪ませる。
上空から降り注ぐ極大の闇魔法『ダークネス』と、下から迎撃する渾身の『雷鳴剣』。
両者の魔力が飽和点に達し、まさに一触即発。
街の区画一つが消し飛びかねない、絶望的な衝突が起きようとした、その刹那だった。
「…………うー……ん。んん〜……?」
緊迫しきった空気を、気の抜けたような、あどけない声が切り裂いた。
「「……えっ?」」
ルークスとリアスの動きが、同時にピタリと止まる。
声の主は、道の端の壁際で丸くなっていたはずの人物だった。
「う〜ん……うるさあああい……寝かせろぉ……ひっく」
「「!!??」」
私は、ふらふらと千鳥足で立ち上がった。
頭の中はアルコールでグワングワン回っており、視界は二重にも三重にもブレている。
ただ、「静かに寝たいのに、近くでピカピカ、バチバチと眩しくてうるさい」という不快感だけが、泥酔した私の体を動かしていた。
「もぉ〜……どこの工事現場ですかぁ……。安眠妨害で、ポイント、減点しますよぉ……えへへ……」
私はとろんとした目で虚空を指差し、あろうことか、極大魔法と雷鳴剣が激突しようとしている『まさにその中間地点(射線上)』へと、ふらふらと歩き出てしまったのである。
「ど、ど阿呆!! 動くな!!」
「と、止められん!! 美月殿、離れてくれ!!」
リアスとルークスの顔面から、一瞬にして血の気が引いた。
だが、限界まで練り上げられた魔力と闘気は、すでに発射のプロセスを止められない。
ルークスの剣から放たれた雷鳴の衝撃波が、コントロールを失い、フラフラと歩き出た私の小さな背中へと一直線に向かっていく。
(あ、なんか光が……綺麗だなぁ……)
私がのんきに瞬きをした、その瞬間。
「ちいっ!!」
鋭い舌打ちと共に、銀色の髪が私の視界を覆った。
リアスだ。
彼は自身が放とうとしていた『ダークネス』を強引に霧散させ(その魔力逆流による激痛に顔を歪めながら)、信じられない速度で私の元へ飛び込んできた。
ドンッ!
リアスの強い腕が私の腰を抱き寄せ、そのまま私の体を地面へと押し倒す。
彼は私の背中を完全に庇うように覆い被さり、雷鳴の衝撃波に向けて、自身の無防備な背中を晒した。
「リアスさ――」
ズゴォォォォォォォンッッ!!!
鼓膜が破れんばかりの轟音。
ルークスの放った雷鳴の衝撃波がリアスの背中を直撃し、私たちは二重の塊となって、石畳の上を数メートルも吹き飛ばされた。
ガラガラガラッ!
背中から壁に激突し、リアスが苦悶の声を漏らす。
もうもうと立ち込める粉塵と、焦げた匂い。
私を庇い、落下の衝撃すらも全て自分の体で殺したリアスは、私の体の上に覆い被さったまま、ピクリとも動かなくなってしまった。
「……えっ? あれ?」
私の酔いは、一瞬で吹き飛んだ。
目の前にあるのは、血を流して意識を失いかけている、冷徹なはずのネフィリムの青年の顔。
そして、彼が私のために、命を懸けて盾になってくれたという圧倒的な現実。
数秒の沈黙の後。
夜の街に、私の半狂乱の悲鳴が響き渡った。
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