EP 4
特例でB級昇格!? 借金完済からの、おでん屋どんちゃん騒ぎ!
ドゴォォォンッ!!
冒険者ギルドの静寂を破る、凄まじい質量が床に叩きつけられる音。
リアスが無造作にギルドの受付カウンターに放り投げたのは、大人の胴体ほどもある『レッドオーガの巨大な一本角』と、ソフトボール大の真っ赤な『魔石』だった。
「……えっ」
「おいおい、冗談だろ……」
昼間から酒を飲んでいた冒険者たちのジョッキがピタリと止まり、ギルド内が水を打ったように静まり返った。
昨日、私に絡んできた三人組のゴロツキたちなどは、その角を見た瞬間に顔面を蒼白にして震え上がっている。
「レッドオーガの討伐完了だ。部位の確認と、報酬の査定を頼む」
リアスが冷徹な声で告げると、受付嬢は「ひゃ、ひゃいっ!」と裏返った声を上げ、奥から筋骨隆々のギルドマスターを引っ張り出してきた。
ギルドマスターは角と魔石を見るなり、目玉が飛び出んばかりに驚愕した。
「ま、間違いない。東の森を荒らしていた変異種のレッドオーガだ! しかし……なんだこの魔石と角の切り口は!? 魔法で焼かれた痕も、鈍器で砕かれた痕もない。まるで、熱したナイフでバターを切ったように、ただの一太刀で『両断』されている……! 一体誰がこんな神業を!?」
ギルドマスターの問いに、リアスは顎でちょいっと私を指した。
「そこのスウェット女だ」
「「「えええええええっ!?」」」
ギルド中の視線が、私に突き刺さる。
私はルークス様からもらった『紅蓮の鎧』をピカピカに輝かせながら、「えへへ、どうもー」と愛想笑いをして手を振った。
「ば、馬鹿な! 彼女は昨日、Eランクで登録したばかりのド素人だぞ!?」
「だが、事実だ。この切り口が何よりの証拠だろうが」
リアスが凄むと、ギルドマスターは信じられないものを見る目で私をじっと見つめ、やがて深く頷いた。
「……凄まじい剣技だ。しかも素材が一切傷んでいない完全な状態。討伐報酬の金貨1枚に加えて、素材の特別買取ボーナスとして金貨もう1枚(合計約2万円じゃなくて20万円相当!)を出そう。そして――」
ギルドマスターは私のEランクの木製ギルドカードを取り上げると、代わりに銀色の金属でできた真新しいカードを差し出した。
「神城美月。特例中の特例だが、君をこの瞬間から『B級冒険者』へと昇格させる。これほどの腕を持つ者をEランクで飼い殺すのは、ギルドの損失だからな」
「び、B級!? やったぁぁっ! 基本給とか依頼の単価、上がるんですよね!?」
「あ、ああ、跳ね上がるぞ……」
歓喜の舞を踊る私を見て、ギルドの冒険者たちは「あんなアホっぽい嬢ちゃんが、レッドオーガを一刀両断……?」と、完全に脳の処理が追いつかずにポカンとしていた。
***
「リアスさぁん! はいこれ、昨日の屋台の借金、銀貨2枚! これで完済ですね!」
ギルドを出た私は、報酬として受け取った金貨(リアスさんと折半して1枚ずつ、つまり私にも10万円分の臨時収入!)をさっそく両替し、リアスさんに銀貨を握らせた。
「……チッ。たった一日で完済されるとはな。俺の専属の囮として、もっとこき使ってやるつもりだったんだが」
「ふふーん! そうはいきませんよ! 私は自立したB級冒険者ですからね! さあ、借金も返したし、今日は私のおごりです! おでん屋の大将のところに行きましょう!」
私はリアスさんの腕を引っ張り、昨日と同じ裏路地の屋台へと向かった。
大金を手にして気が大きくなっていた私は、この後、取り返しのつかない大失態を演じることになる。
「大将! 月見大根と肉椎茸、ありったけ! あと、お祝いだから一番美味しいお酒ちょうだい!」
「おう来たなB級コンビ! お祝いなら、やっぱり『サケスキー』の陽薬茶割りだな! 香り高くて飲みやすい、貴族にも人気の高級酒だぜ!」
ドカッ、と目の前に置かれた木製のジョッキ。
サケスキーとは、米焼酎とウイスキーの良いところを合わせたような、度数37度の強いお酒だ。しかし、温かい陽薬草のお茶で割ることで、ハーブティーのような爽やかで甘い香りに包まれ、アルコールのツンとした匂いが完全に消え去っていた。
「わぁ……いい匂い! いただきまーす!」
ゴクッ、ゴクゴクッ……。
「……ぷはぁっ! 何これ、すっごく美味しい! 甘くてポカポカして、ジュースみたい!」
「おい、美月。それは度数が強いぞ。一気に飲むな――」
リアスが止める間もなく、私は二杯、三杯とジョッキを空にしていった。
日本にいた頃は、実習と勉強のストレスでたまに缶チューハイを飲むくらいだった私。異世界の強烈なアルコールが、疲れ切った身体に恐ろしいスピードで回っていく。
――30分後。
「だぁかぁらぁ〜! ルークス様はぁ〜、過保護すぎるんですよぉぉ〜! ヒック」
私は完全に出来上がっていた。
カウンターに突っ伏し、顔を真っ赤にしてジョッキを振り回しながら管を巻く。
「『ミツキ殿、お皿洗いはダメだ!』『ミツキ殿、危ないからお城にいろ!』って! 私はポイントが欲しいの! 自由にゴミを拾わせてよぉぉ! ぴえぇぇん!」
「……知るか。俺に愚痴るな、ど阿呆」
リアスは隣で静かに串を齧りながら、心底嫌そうな顔をしている。
「リアスさんもリアスさんですよぉ〜! もっと笑ってくださいよぉ〜! いつも眉間にシワ寄せてぇ〜! ほらぁ、笑って笑って〜!」
「おい、やめろ。俺の頬を引っ張るな。殺すぞ」
「あはははっ! 殺すぞって言いながら怒ってないの、知ってますからねぇ〜! えいっ、えいっ!」
私はリアスの整ったイケメンの頬を両手でむにむにと引っ張った。
彼の琥珀色の瞳からガチの殺気が漏れ出したが、私は酔っ払いの無敵モードに突入しており、全く意に介さなかった。
「大将ぉ〜! もぉ一杯ぃ〜!」
「おう!……って言いたいところだが、嬢ちゃんもう限界だろ。兄ちゃん、連れて帰ってやんな。お代は金貨から引いとくからよ」
「……最悪だ」
リアスは深い深いため息をつき、お釣りを受け取ると、ぐでんぐでんの私を「荷物」のようにヒョイッと担ぎ上げた。
肩に米俵のようにお腹を押し付けられた状態で、私は夜の空を逆さまに見上げていた。
「ふふっ……リアスさん、お馬さんみたぁい……パカラッ、パカラッ……」
「次喋ったら、このままドブ川に放り捨てるぞ」
冷酷なネフィリムの青年は、悪態をつきながらも、私が落とさないようにしっかりと紅蓮の鎧の背中を支え、夜の街を安宿へと向かって歩き出してくれた。
意外と面倒見がいいのだ、この人は。
***
夜風が冷たい、石畳の大通り。
街灯の魔導ランプがポツリポツリと道を照らす中、リアスが私を担いで歩いていると、不意に、前方からただならぬ『覇気』が膨れ上がった。
「――止まれ」
低く、地の底から響くような声。
リアスが足を止める。
「貴様は……その魔力と気配、魔族か? いや、混血か」
逆さまになった私の視界に、月明かりに照らされたプラチナブロンドの髪と、怒りに燃えるサファイアの瞳が映った。
ルークス様だ。
彼は、私が置き手紙を残して姿を消した後、影の部隊からの報告を受けて、心配のあまり自らこの街まで飛んできたのだ。
「……ん? 美月殿!?」
ルークス様の視線が、リアスの肩に担がれ、だらんと手足を垂らしている私(※ただの泥酔状態)に釘付けになった。
「貴様……! 美月殿に何をするつもりだ!!」
ルークス様が、腰の長剣の柄に手をかけ、凄まじい闘気を立ち昇らせた。
彼の目には、どう見ても『邪悪な魔族が、可憐な美月殿を気絶させて誘拐している図』にしか見えなかったのだ。
「何をだと? 阿呆。帰って寝るだけだが」
リアスは面倒くさそうに、事実だけを端的に伝えた。
しかし、言葉が足りなすぎた。
「ね、寝るだと……!? 美月殿と、一緒に寝るだとぉぉぉっ!?」
ルークス様の脳内で、最悪の勘違い(ロマンチックな悲劇のヒロイン救出劇)が完璧に組み上がってしまった。
「断じて許さん!! 汚れなき白雪姫をたぶらかす悪魔め、俺が貴様を斬り伏せる!!」
ズバァァァッ! と剣が抜かれ、青白い闘気が夜の街を切り裂いた。
「……チッ。このど阿呆が。話が通じそうにない」
リアスは舌打ちをすると、肩に担いでいた私を道の端にゴロンと下ろし(意外と優しく下ろしてくれた)、腰の魔刃鞭を引き抜いた。
闇の魔力が、彼の周囲で黒い稲妻となってバチバチと弾ける。
「美月殿を人質にする気か! 卑劣な魔族め!」
「うるせえ。俺はただ飯を食って帰りたいだけなんだよ。死にたくなきゃ道を開けろ、貴族のボンボン」
過保護なロマンチスト公爵令息 vs 冷徹な現実主義ネフィリム。
ヒロイン(泥酔して地面でスヤスヤ爆睡中)を巡る、ルナミス帝国でもトップクラスの超一流同士の激突が、今、静かな月夜の下で幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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