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過保護な公爵様に溺愛されましたが、対等になりたいので城を出ます!〜医療チートと神速の抜刀術で無双する借金冒険者生活〜  作者: 月神世一


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EP 3

法律適用外モンスターへのフルスイング! 神速の抜刀と冷徹ネフィリムの計算違い

レッドオーガの丸太のような剛腕が、私を肉塊に変えるべく凄まじい速度で振り下ろされる。

風が爆ぜ、視界がオーガの巨体で黒く塗り潰される。

迫り来る圧倒的な死の恐怖。

だが、今の私の脳内には『恐怖』よりも遥かに澄み切った、一つの確信があった。

(相手は人間じゃない。つまり、日本の六法全書システムにおける『傷害罪』も『過剰防衛』も成立しない……完全なる法律の適用外!)

今まで無意識にかけていた「峰打ちで手加減しなければならない」という分厚いリミッターが、カチリと音を立てて外れた。

左手で白鞘を引き、右手で『白雪』の柄を握り込む。

実家の道場で、血反吐を吐きながら何百万回と繰り返した、ただ一つの型。

『ただ一度の太刀筋を極めろ』という祖父の声が、耳の奥で響く。

私はただの、恋愛経験ゼロのポンコツ看護学生だ。

でも、この一撃フルスイングだけは、誰にも負けない!

『無月流居合――閃光』

音も、光も、オーガの棍棒の軌道すらも。

全てが、止まって見えた。

踏み込んだ右足が、森の腐葉土を爆発させる。

鞘から解き放たれた白銀の刃は、空気を切り裂く音すら置き去りにした。

魔力も、闘気も、一切纏っていない。

ただ純粋な「速度」と「刃筋の完璧さ」のみを極限まで研ぎ澄ませた、絶対の物理斬撃。

抵抗など、微塵もなかった。

白雪の刃は、鋼鉄よりも硬いとされるレッドオーガの赤黒い皮膚を、分厚い筋肉の鎧を、そして強靭な大骨を、まるで豆腐でも切るかのように滑らかに通り抜けた。

ズバァァァンッ!!

遅れて、周囲の空気が弾けるような破裂音が森に響き渡った。

私が大きく振り抜いた姿勢のまま静止した、その直後。

――カチン。

私が刀を白木の鞘に収める、静かな音が鳴った。

「…………」

森は、水を打ったような静寂に包まれた。

振り下ろされていたはずの巨大な棍棒は、私の横を通り過ぎ、虚しく地面を叩き割って止まっている。

棍棒を握ったままのレッドオーガは、ピタリと動きを止め、黄色く濁った瞳を見開いたまま固まっていた。

そして。

ズ……ズレ……。

レッドオーガの左肩から右腰にかけて、一本の極細の「線」が走った。

次の瞬間。

巨大な魔獣の上半身が、斜めにズズゥッと滑り落ちた。

ブシャァァァァァァァッ!!

遅れてやってきた現実が、間欠泉のようなおぞましい血柱となって天高く噴き上がった。

二つに分かたれたレッドオーガの巨体が、左右に分かれてドスゥンッと地響きを立てて倒れ込む。

大量の返り血が、雨のように降り注いできた。

「わっ!?」

私が思わず目を瞑った瞬間、ルークス様からもらった『紅蓮の鎧』に編み込まれていた魔導結界が淡く光り、降り注ぐ血飛沫を見事に弾き飛ばしてくれた。

おかげで私は一滴の血も浴びることなく、真紅の鎧だけが、鮮血を弾いて艶やかに輝いていた。

***

「……な、に……?」

一方その頃。広場の端の茂みで待機していたリアスは、完全に言葉を失っていた。

彼の右手に握られた魔刃鞭は、極大の闇魔法を帯びて黒い稲妻をバチバチと放っていた。

当初の彼の計算はこうだ。

あのド素人の女が、持ち前の奇妙な回避能力と鞘当ての剣技で、レッドオーガの気を1分間だけ引く。

その間に、自分が安全圏から最大火力の魔法をチャージし、オーガごと女の周囲を焦土に変えて討伐する。女が死にかけても、ギリギリで助ければ「命の恩人」として借金をさらに上乗せできる、と。

だが、現実はどうだ。

女がオーガの前に飛び出して、わずか数秒。

魔力も闘気も感じられない、ただの神速の抜刀。

たったそれだけで、Bランク上位に位置する狂暴な変異種が、文字通り「一刀両断」されて沈んだのだ。

「馬鹿な……。レッドオーガの皮膚は、生半可な鋼の剣では傷一つつかない。それを、魔法の付与もなしに、真正面から骨ごと両断しただと……?」

リアスは、手に集束させていた魔法を呆然と霧散させた。

広場の中央を見る。

倒れ伏す巨大な肉塊。飛び散る鮮血。

その凄惨な地獄絵図の真ん中で、返り血を弾く真紅の鎧に身を包み、凛と立ち尽くす黒髪の少女。

冷徹なネフィリムの脳裏に、彼女がかつて口にした「ある言葉」が蘇った。

『ルークス様が、まるで紅蓮の白雪姫だって言ってくれたんです!』

それを聞いた時、リアスは「能天気な貴族の、痛々しいお伽話ロマンだ」と鼻で笑った。

だが、違ったのだ。

あのイケメン公爵令息は、この光景(圧倒的な剣技)を実際に見た上で、そう呼んだのだ。

鮮血の雨の中で、純白の刃を振るう、規格外の美しき怪物。

「……紅蓮の、白雪姫か……。あの公爵、とんだバケモノを飼い慣らそうとしていたもんだ」

リアスは乾いた笑いを漏らし、鞭を腰に収めた。

彼の『美月はただの足手まといの初心者』という計算は、ここで根底から木っ端微塵に粉砕されたのである。

***

「やった……。やったぁぁぁっ!!」

私は両手を高く突き上げて、森の中で歓喜の声を上げていた。

目の前の虚空には、黄金に輝くシステムパネルが、かつてないほど派手なファンファーレと共にポップアップしている。

【イベント達成:地域を脅かす害獣レッドオーガの駆除】

【善行獲得:周辺住民への多大なる安全貢献 +10,000 P】

【現在の所持ポイント:13,322 P】

「いっ、いちまんぽいんとぉぉぉっ!?」

私はパネルに顔を擦り付ける勢いで数字を凝視した。

1万ポイント! これなら、カテゴリー5つ指定の「最高級ランダムボックス」が回せる! 救急車でも、最新のMRI機器でも、豪華キャンピングカーでも出し放題だ!

ありがとうレッドオーガ! 君の死は無駄にしないよ!

私が小躍りしていると、茂みの中から深い深いため息をつきながら、リアスが歩み出てきた。

「おい、美月」

「あ、リアスさん! 見てください! 倒しましたよ! 私、囮のお仕事バッチリでしたよね!」

私はドヤ顔で振り返った。

しかしリアスの顔は、褒めてくれるどころか、深刻な頭痛に耐えるような表情になっていた。

「……お前、昨日言ってたな。俺の借金は『大根の皿洗い』で地道に返す、と」

「はい! もちろんですよ! 労働の汗は美しいですから!」

「嘘をつけ!!」

リアスが初めて、私に向かって大声でツッコミを入れた。

「これほどの剣技を持っていながら、なぜ昨日の裏路地ではゴロツキどもを『鞘』で殴った! なぜ財布をスられた! オーガを一撃で両断できる奴が、なぜ皿洗いで小銭を稼ごうとする!! お前の行動原理は完全に破綻しているぞ!」

「えええ!? だから言ったじゃないですか、法律システムの問題なんですってば!」

私は必死に弁明した。

「人間のチンピラを真剣で斬ったら『傷害致死罪』でポイントがマイナスになっちゃうんです! でも、相手が野生の魔獣なら『鳥獣保護法』の範囲外(この異世界なら尚更)で、立派な害獣駆除(善行)になるからフルパワーで抜刀してもOKなんです! ほら、筋通ってるでしょ!」

「通るか!! つまりお前は、Bランクの魔獣よりも、路地裏の素人のチンピラの方が『法的に守られているから手が出せない』と、そう言いたいのか!?」

「はい、その通りです!」

「…………ッ!!」

リアスは額に手を当てて、天を仰いだ。

彼の「弱肉強食」という異世界の常識が、私の「日本の六法全書」という狂った縛りの前に完全にバグを起こしているようだった。

「……もういい。お前の頭の中身を理解しようとした俺が馬鹿だった。とりあえず、オーガの魔石と証拠部位(角)を回収する。これなら文句なしで、借金全額返済の上にお釣りが来るからな」

リアスは疲れ切った様子でナイフを取り出し、レッドオーガの解体を始めた。

「わぁい! 借金完済! さすがリアスさん、話が早くて助かります!」

「……お前、次から魔物の討伐依頼の時は、絶対に俺の後ろに隠れてろ。俺の仕事(魔法を撃つ機会)まで奪うな」

「えっ、囮じゃなくていいんですか?」

「これ以上お前の常識外れな剣技を見たら、俺の神経が擦り切れる」

ブツブツと文句を言いながらも、リアスの顔には、昨日までの「冷徹なネフィリム」の仮面が少しだけ剥がれ、相棒に向けるような呆れと信頼の色が混ざっていた。

さあ、討伐部位を持って冒険者ギルドに凱旋だ!

これで私も借金生活からおさらばして、優雅な宿屋で美味しいご飯が食べられる!

この直後、調子に乗ってお酒を飲んだ私が、ルークス様とリアスの「死闘」を引き起こす最悪のトリガーになるとは、この時の能天気な私には、微塵も予想できていなかったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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