第974話:ドーラ行きの約束
近衛兵長さんが総括する。
「では皇妃殿下に関わる呪術の事件については今後触れず、通常通りということで構わぬでしょうか?」
「うん。あたしはいいと思うよ」
「残念ではあるが仕方ないな」
「もし何か新しい事実が出てくるようなら、その時考えりゃいいよ」
こっちの対応力も知ったろう。
黒幕がこれ以上何かしてくるとは考えにくい。
「さーて、そろそろあたしは帰ろうかな」
「もうか? 泊まっていけばよいではないか」
ウ殿下御不満ですね?
「ありがとう。でもうちの子達置いてきちゃったし、明日移民が到着するんだよ」
「移民?」
「そういえば、先月のドーラへの移民はひどい有様であったとか」
リモネスさんの意味ありげな視線だ。
法整備の遅れについてぶちまけるチャンスをくれようと、アシストしてくれたのか。
感謝。
「いや、本当に。帝国の出国税がバカ高くて、身ぐるみ剥がされて来たんだよ。しかもほぼ一〇〇〇人が一隻の貨物船に押し込まれてさ」
「まことですか? 大変に難儀な……」
「ほとんど若くて身体の強い人だったからよかったようなものの、年寄り子供が多かったら調子崩す人が大量生産だったわ」
魔道士長さんのこの反応は素だ。
ふむ、巷の噂として移民の扱いがひどかったということがある程度知られていても、偉い人達はあんまり知らないということだね?
「今冬だよ? いくらドーラが温暖だからってさ。保存食も天幕もなしで放り出すって、人間の所業を越えてるだろ」
「保存食も天幕もなしって……」
「だから出国税で全部取りあげられちゃってるんだってば。ドーラに着いた時は船内暴動寸前」
唖然とするウ殿下魔道士長さん近衛兵長さん。
これは大げさでも何でもなくて事実だからな?
「……どうやって治めたのだ?」
「魔物肉を腹一杯食べさせたら落ち着いた」
「「「えっ?」」」
黒服は経緯知ってるし、リモネスさんは能力で把握できるから澄ました顔してる。
「一〇〇〇人規模を魔物肉腹一杯って……」
「いやまあ、目先は小手先の業で何とかなったんだけど、ずっとってわけにいかないじゃん? 特に作物の種を取り上げられちゃってるのが痛い。元々急に決まった移民で、しかもドーラの人口規模から考えると目一杯以上の数を短期間に受け入れてるからさ。今年蒔く余剰の種なんてこっちにもないんだよ。マジで困ってる」
「そんな状況だったとは……」
言葉を失うウ殿下魔道士長さん近衛兵長さん。
まあサツマイモと促成ダイコンと魔境クレソンがあれば、おそらく飢えることはないんだが。
「法律変わってから来ればよかったじゃんって移民に言ったんだけど、一回キャンセルするともう移民申請が通らないんだそーな。最初に移民に来る人なんて、帝国での生活に未来がないと思ってる人達でしょ? 全てを捨ててドーラに来たわ。でもこっちは大迷惑だわ」
「「「……」」」
「法律変わって先月みたいなことはないって聞いたけど、実際に移民来てみないとわかんないからねえ」
「ドーラは……平和で税金もなく、作物のよく育つところだと聞いていた」
「うん、ある意味本当ではあるよ。でも人が少ないから協力し合わないと生きていけない。ビンボーだから税金なんか取れないってだけだよ。気候が安定してて作物がよく育つところまではその通り。でも魔物がいるから、必ずしも収穫できるとは限らない」
カラーズは安全だけど、西域には魔物の脅威がある。
外敵に脅かされる暮らし。
ウ殿下がポツリと漏らす。
「……知らなかった」
「天国なんてないって。でもあたしはドーラをいいところにしたいんだ。可能性は一杯詰まってる」
「予も一度、ドーラを見てみたいのだが」
「じゃあ明日来る? 黒服さん、どうせ今日はリリーこっちで泊まりでしょ? 明日迎えに来るよ。その時殿下も連れてドーラ行こうか」
「よいのか?」
ウ殿下嬉しそう。
リモネスさん、何?
「殿下、注意してくだされ。精霊使い殿は何かを企んでおりまするぞ」
「ひどいなー。どうしたら殿下に楽しんでもらえるか、エンターテインメント効率を考えていただけだよ」
「かなり過激ですぞ!」
「ドーラ基準だってばよ」
そーいえば以前サイナスさんが、ドーラの現実とドーラの常識は違うみたいなこと言ってた気もするな。
あたしの基準が過激だってことをリモネスさんは言いたいんだろうか?
まあちっちゃいことだ、あたしは安全第一を心がけているから。
間違えた、第一はエンターテインメントだった。
黒服が言う。
「では明日午前九時頃に詰め所でお待ちしていますが、よろしいですか?」
「九時? リリー起きられるかな?」
「大丈夫です」
断言だ。
自信があるらしい。
リモネスさんも頷いてるし、暗黙の了解でもあるのかな?
「じゃ明日朝九時に、正門脇の近衛兵詰め所のところで待っててよ。殿下もね」
「うむ」「はい」
リモネスのおっちゃんがおもむろに言う。
「私をドーラの聖火教徒大祭司に会わせてもらう件ですが」
「本部礼拝堂の近くが移民の入植地として割り当てられてる関係で、ちょっと二、三日バタバタしそうなんだ。四日後だとどうかな?」
「では、お願いします。ついては……」
「わしもドーラに行ってみたいのです!」
おお? ドルゴス宮廷魔道士長が食い気味に突っ込んできたぞ。
何事?
「ハハハ、魔道士長殿は『精霊のヴェール』をぜひ見たいとのことでしてな」
「あれメッチャ綺麗な魔法だもんねえ」
クララの使える『精霊のヴェール』は精霊専用の白魔法だ。
なかなか見る機会もないだろうな。
宮廷魔道士長なら魔法に興味あるだろうから、ぜひ見たかろう。
チラリとリモネスさんの方を見ると微かに頷いている。
……ふむ、ドルゴスさんもプリンスシンパで、バアルと第二皇子の繋がりのことも話しちゃっていいんだね?
了解。
「じゃあ魔道士長さんもおいでよ。あたしの使ってる転移の玉は四人まで一度に飛べるけど、近衛兵長さんも一緒に行く?」
「よろしいですかな? では小官も四日後、休暇を申請してお待ちしております」
「四日後の朝、やっぱり近衛兵詰め所に迎えに来るね」
よし、この三人をプリンスのところへ連れていくと話が早いな。
「あたしは帰るね。皇妃様とリリーによろしく」
「また来い」
別れの挨拶をして転移の玉を起動、帰宅する。




