第934話:賢いアトム
フイィィーンシュパパパッ。
「オニオンさん、こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」
海の女王を送り届けてから魔境にやって来た。
何故なら魔境は心の故郷で、トレーニングエリアはドーラ随一のテーマパークだから。
独特のやや重みのある空気、好きだなあ。
「例の未知の人形系魔物対策に、特注でカード作ってもらったんだ。ほら!」
「どんなものでしょう?」
『デスマッチ』のパワーカードを見せる、と同時にオニオンさんの顔が曇る。
まあ理由は知れたこと。
「戦闘が終了するまで誰も逃げられない、ですか。要するにフィールドそのものに干渉するんですね? パワーカード一枚でそんなことができるというのも驚きですが……」
「かなり危険な効果だってことはわかってるよ」
冒険者の安全を図るのも魔境ガイドたるオニオンさんの仕事だ。
こんなヤバめのカードの使用は当然推奨できまい。
ふっとオニオンさんが微笑んだように見えた。
「ユーラシアさん、『スタンピード』という現象は御存じですか?」
「スタンピード?」
魔物が大挙して押し寄せるというものらしい。
本来はダンジョンなどで増え過ぎた魔物が溢れる場合などに見られるらしいが?
「魔境でも報告があります。おそらく一時的な魔力濃度の偏りで引き起こされるものと思われます」
「ふーん、世界樹折れちゃった時の人形系魔物大発生も、一種のスタンピードだったのかもなあ。あれ? スタンピードの時に『デスマッチ』を装備してるとどうなる?」
「戦闘から逃げ出せないフィールドが形成されてしまうわけですよね? で、次から次へと魔物が戦闘に参加し得るのですから」
「何それ、怖い」
「非常に危険な状況です」
メッチャヤバいな。
「美少女精霊使いに迫る危険。解決はいかに」
「ハハハ。ユーラシアさんには魔物を一掃する『雑魚は往ね』があります。そもそも大変カンがよろしいので、その手の危険には遭わないと思いますけれども。スタンピードという現象があると御記憶いただけると」
「ありがとう。やっぱオニオンさんは頼りになるなー」
「ハハハ」
知らんことはあるもんだ。
スタンピードという言葉は知らなかったけれども、次から次へと立て続けに戦闘になって抜け出しにくいことがあるかもとは考えていた。
その時はあたしが『雑魚は往ね』を撃つ前からクララに『フライ』を用意させておき、戦闘終了とともに飛んで逃げることになるだろう。
いや、ヴィルの『恐怖の息吹』とあたしの『鹿威し』を重ねてかけて、魔物を遠ざけた方が安全かもしれないな。
スタンピードを知ってさえいりゃ、対処法はあるもんだ。
しかしいよいよ『デスマッチ』みたいなカードや、誰も逃げられない系の手法は他人に勧められない。
「もう一枚、こんなパワーカードも手に入れたの」
「どういうものでしょう。興味ありますね」
後輩ズから購入した『ド素人』のカードを見せる。
「レベルを一にする、ですか。ははあ?」
「パーティー全員のレベルは一になるけど、他のパラメーターは変わらないっていうやつ。アルアさんのばっちゃんが作ったものらしいんだ」
「魔物がレベルで強さを判断しているのであれば、逃げづらくなりますね。人形系レア魔物はわかりませんが、例えば洞窟コウモリ等には効果があると思われます」
洞窟コウモリって、こっちのレベルを見て判断してるんだ?
オニオンさんはよく知ってるなあ。
人形系が逃げるのもこっちのレベルで判断してるんだとすれば、『ド素人』の有用性は高まる。
人形系倒し放題だ!
「『ド素人』の方が危険は少ないですね」
「んーでもこれ装備してると、『雑魚は往ね』が使えなくなっちゃうんだよね」
「あっ、そうでした!」
『雑魚は往ね』が自分のレベルより低いものを倒すというスキルだけに、『ド素人』との相性は最悪だ。
でも謎経験値君は『アンリミテッド』さえ装備してれば、通常攻撃で倒せるだろうしな?
先に危険の少ない『ド素人』を試してみるべきだろう。
「行ってくる!」
「行ってくるぬ!」
「お気を付けて」
ユーラシア隊及びふよふよいい子出撃。
「姐御。ヴィルに『デスマッチ』を装備させるでやしょ?」
「ん? うん」
アトムがこういう入りするの初めてだな。
いつもはこの場面、魔境ピクニックの方針を決めるんだが。
何か思いついたみたい。
大人しく聞いとこ。
「で、全員でウィッカーマンと戦闘に入りやす」
「ヴィルを含めた五人全員で? あ、なるほど。『デスマッチ』を装備してれば、ウィッカーマンは逃げられないのか」
本来ウィッカーマンは五人以上のパーティーに遭遇すると逃げちゃうらしい。
逃走を『デスマッチ』の効果で押さえ込んでしまうということだな?
面白いじゃないか。
今はウィッカーマン戦でクララに抜けてもらっているけど、必要なくなるな。
「しかしウィッカーマンはおそらく、最初のターンで逃走しようとして『メドローア』を撃ってきやせん」
「……あれ? とゆーことは『雑魚は往ね』を使えば、ノーコストノーダメージでウィッカーマンを倒せる?」
「へい、どうでやしょう?」
「おおおおお、素晴らしい! やるなアトム!」
「素晴らしいぬ! やるぬ!」
「すごいです!」
「ファンタスティックね!」
柄にもなくアトムが照れている。
実際には戦闘中にウィッカーマンがどういう挙動を取るのかはわからない。
しかしこういうのは思いついただけで気分がアガるじゃないか。
普段あまり頭を使わないアトムが、洗練された意見を出してくれたことも嬉しい。
ヴィルに『ド素人』と『デスマッチ』を渡す。
「じゃあヴィル、ウィッカーマン戦には『デスマッチ』を、それ以外の人形系戦には『ド素人』を装備してね。普通の魔物相手の時は両方装備しないこと」
「わかったぬ!」
「よーし、まず試してみようか」
「「「了解!」」」「了解ぬ!」
『ド素人』の効果で、ブロークンドールやクレイジーパペットの逃走率が減るなら嬉しい。
ダメならダメで、それもまた知見だし。
「アトムがあんまり賢いこと言うから、結果を早く知りたくなっちゃったな。クララ、『フライ』でパラダイスまで飛んでくれる?」
「はい、フライ!」
びゅーんと飛んで、人形系レア魔物が多数出現する北辺西へ。
さあ、どーだろ?




