第928話:複数の可能性
「本日はありがとうございました。いい取り引きでしたよ」
「こっちこそありがとう。また帝国で売れそーなものを作るし、探しとくね」
「うむ、ベンノ、また来てくれ」
「は、失礼いたします」
「じゃーねー」
貿易商ベンノさんが去る。
「今日大人しかったじゃねえか。いつもみたいにホラ吹いて売りつけるんじゃねえのか?」
イシュトバーンさん、意外そうですね?
「あたしはホラなんか吹かないってば。いや、この前帝国行ってさ。プリンスが在ドーラ大使として赴任してることが全然知られてないってことがわかったから」
「何? どういうことだ?」
「プリンスに一筆書いてもらったヴォルフ近衛兵長いるじゃん? 彼もなんだよ。とゆーかプリンスがドーラに来てること、近衛兵誰も知らなかった」
「「「「「……」」」」」
これは意外を通り越して衝撃の事実だろう。
あたしだってビックリしたわ。
同時にドーラの扱いが小さいことが、まだまだなんだなーと思った。
その内無視できないようにしたる。
「やあ、遅れてすまなかったね」
「あ、オルムスさん。ちょうどよかった」
現れたオルムスさんにも事情を説明する。
「ええ? ルキウス殿下が在ドーラ大使であることを知らない? 冗談だろう?」
「ほんとほんと。公的な人事が秘密ってことはないけど、正式な辞令として発表されはしなかったし、新聞報道もなかったって。リモネスのおっちゃんは知ってたみたいだけど」
クリークさんが言う。
「殿下、我々が殿下の在ドーラ大使赴任を知ったのも、レイノス港に到着した時です。かなり報道には注意していたつもりですが」
「プリンスをドーラに飛ばした政治家と役人、あとは一部の貿易商くらいなんじゃないかなと思うんだ。知ってるのは」
「そんなこととは……」
プリンスが絶句する。
ドーラに左遷されただけじゃなく、大衆の耳目からも遠ざけられてしまった自らの身に思い至ったんだろう。
やり方が徹底しとるわ。
「今の帝国首脳部もなかなかやるねえ。天晴れだわ」
「だからさっきの商人にはドーラが商売したがってるってとこを見せずに、皇子殿下の印象を強めようとしてたんだな?」
「まあ。ベンノさんの影響力がどんだけあるか知らんけど、結構やる商人だと思ったからさ」
「ベンノは貿易商としては新参だが、かなり有力者や大店と付き合いがあるんだ」
ベンノさんもプリンスルキウスに賭けて、主要な貿易商がまだ目をつけていないドーラ貿易で名を上げようってんだな?
よーし、プリンスの存在感を大きくすることに関しては共闘できる。
ベンノさんを贔屓したろ。
「プリンスの存在感が小さくなっちゃうと、ドーラにとってひっじょーに面白くないじゃん? オルムスさんはこれまで以上にプリンス持ち上げるように心がけててよ」
「わかった。オリオンに言い含めておこう。この場にパラキアスがいれば……」
「パラキアスに言っておけば、行政の施策決定が遅いのはルキウス皇子がいないせいだって噂を、勝手にバラ撒くと思うぜ?」
「そうそう。悪いやつだから」
緊張気味の笑い。
プリンスが聞いてくる。
「精霊使い君が皇宮で会える有力者は誰だい?」
「今んとこ近衛兵長さんとリモネスのおっちゃんだけ」
「ふうむ。リモネスと知り合えたのは大きいが……」
リモネスさんと知り合ったのは皇宮クエスト関係ないけどね。
「皇族か有力貴族の人脈が欲しいところだな。何とかなんねえのか?」
「うーん、まだちょっと難しそう」
あたしはドーラの平民なので、帝国の皇族貴族と知り合うには紹介か何かのきっかけがないと難しい。
プリンスかリリーを連れていけるんだったら別だが。
「得意技のパワープレイを発揮すればいい」
「出入り禁止になっちゃうだろーが」
どこだと思ってるんだよ。
皇帝陛下のいる宮殿だぞ?
あたしが騒ぎ起こしたら、知り合ったばかりの近衛兵長さんの立場が悪くなっちゃうだろ。
「これ以上は何かの偶然か事件かがないとなー」
「おい、フラグ立てるじゃねえか」
「え? 事件が起きるに違いないって? 楽しみが増えちゃったけれども」
アハハと笑い合う。
「ところでプリンス、明日の昼は暇?」
「暇と言えばいつも暇みたいなものだが」
「ダメだなー。オルムスさん、もっとプリンスをこき使わないと」
再びの笑い。
「海の女王を呼んで食事会するという件、明日の昼に決まったんだよ。プリンスも来るよね?」
「ありがたく伺わせてもらおう」
「クリークさんマックスさんアドルフは?」
「邪魔でないなら参加させてもらいたいが」
「いいよねえ?」
「もちろんだぜ」
アドルフが困ったような顔をしている。
何なの?
「俺は……殿下の正式な家臣ではなく、ドーラ行政府の職員であるから……」
あ、そーか。
私用で行政府を出ると職務怠慢になっちゃう?
オルムスさんが笑う。
「ハハハ、構わんよ。ロドルフも行ってきなさい。あとで海の女王の人となりを報告してくれるといいな」
「ありがとうございます!」
イシュトバーンさんがお付きの警備員を指して言う。
「よし、じゃあ四人だな? 明日昼前にこの二人を案内に寄越すぜ」
「お気遣いすみませんな」
明日楽しみだなー。
「最後にもう一つ。帝都メルエル裏町の呪術師が、皇宮の誰かに呼ばれたっていう噂を、情報屋から聞いたんだけど」
プリンス、クリークさん、マックスさんの表情が引き締まる。
「呪術師だって?」
「あんたが今言うってことは、確度の高い情報なんだな?」
「『サトリ』能力者のリモネスのおっちゃんもいたんだ。真剣な表情で聞いてたから」
「呪術師といってもピンキリだろう? その呪術師の能力はどの程度かわかるかい?」
「言うだけのアイテムを用意してくれたら、人を呪い殺せると自称してるって」
「ヤベえやつじゃねえか」
「本当ならね。で、最近その呪術師を見ないって話だった。呪う方呪われる方に心当たりないかってことを聞きたいんだけど」
プリンスが慎重に言葉を選んで話す。
「……ともに複数可能性に思い当たる」
『ぐー』
「ごめんなさい。お腹減っちゃった」
皆が笑う。
この件については呪いという可能性があり得るとわかればいいのだ。
事前に尻尾掴むなんて都合のいい話はないだろうしな。
オルムスさんが言う。
「お昼の用意ができてますよ」
「いただきまーす!」




