第919話:汎神教の懐は広い
「サイナスさん、こんばんはー」
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
『ああ、こんばんは。声が御機嫌だね』
「わかる? 二つ名をつけてもらったんだ。『ウルトラチャーミングビューティー』。いいでしょ?」
『は?』
「サイナスさんらしくもないなあ。そこはピッタリだな、とかユーラシアに相応しいな、じゃない?」
『いや、だから。は?』
「邪魔なクエスチョンマークだなー」
実にノリが悪い。
話の進行が滞るではないか。
まあ説明は必要か。
「今日ビルカと帝国行ってきたじゃん?」
『そこまでは昨日聞いてる』
「で、『ウルトラチャーミングビューティー』」
『は?』
埒が明かねー。
『近衛兵の固有能力を調べるという話じゃなかったか?』
「話だったけど、掘り下げるほど面白くはなかったから」
だってビルカが皇宮勤めの近衛兵全員の固有能力を調べて伝えただけだもん。
あたしの介入する余地がありゃしない。
唯一のレアっぽい固有能力も眼帯輸送隊長と同じやつだったし、面白くはなんないわ。
そんなもんで笑い転げるんだったら、『精霊使いユーラシアのサーガ』の出番なんかないわ。
『面白い面白くないという君の主観はともかく、感謝されたんだろう?』
「まあ。ビルカだけじゃなくて、あたしまでお礼もらっちゃった。『雲唯』っていうレア素材」
『ほう、雲の欠片か。超レアじゃないか』
「らしいねえ。却って気使わせちゃって悪かったよ」
『ん? らしくもない感想じゃないか』
「ほら、いつもはあたしが気を使う方だから」
いや、今のは爆笑ポイントじゃないんだが。
解せぬ?
「鑑定の後に、帝都メルエルの街中を散歩してきたんだ。目抜き通りに上流階級向けのお店が並んでて、庶民向けの店は通りを一本二本裏に入ったところにあるわけよ」
『ふむふむ』
「やっぱ帝都は人口が多いからか、変わった店も成り立つみたいでさ」
『例えば?』
「トウガラシ専門店ってのがあったな。帝国で人気の品種ってやつを少し買ってきたから、ドーラでも増やしてみるよ」
『変わった店というフリで、話題がトウガラシ屋だけってことはないんだろう? 『ウルトラチャーミングビューティー』の種明かしもしてないし』
「サイナスさん、冴えてるなー」
さりげなくぶっ込んでやろうと思ってたのに、催促されてしまった。
「庶民向け商店街のちょっと裏の路地入ったところに、名付け屋ってのがあってさ」
『名付け屋?』
「その名の通り、人とかものとか店とかに名前をつける商売だって。店主の名付けた野菜ジュースが大ヒットみたいだよ」
『ほう。変わった商売があるんだな』
「帝国は面白いねえ。で、あたしも名前をつけてもらったの」
『ははあ、さっきの『ウルトラチャーミングビューティー』か」
「うん。ひっじょーに気に入ったから、『美少女精霊使い』と並ぶ二つ名として採用することにした」
『君がいいならいいけど』
「投げやりだなー」
あたしが満足してればいいんだが。
名付け屋ひゃい子はぶっ飛んだ個性の子だった。
イシュトバーンさんが面白がりそうだから会わせてやりたいな。
「ところで帝国での悪魔の扱いってどうなのかな?」
『どこ行ったって、悪魔の扱いがいいことはないだろうが」
「帝国で主流の汎神教ってやつでも、聖火教みたいに悪魔を嫌ってるのかなーと思って。サイナスさん、知らない?」
『そんなことはないんじゃないか? 汎神教はたくさんの神様を個々人が好きなように祀る、ある意味懐の広い宗教だ。欲や怠惰を司る、悪魔的な性格の神もいる』
「ふーん。じゃあヴィル連れていっても問題なさそうだね」
『ちょっと待て』
何か?
『目の前にいきなり悪魔が現れたら驚くだろう?』
「驚くくらいは構わないんじゃないかな? 特に実害があると思えないし」
『実害は……ないな』
「ヴィルも二つ名つけてもらいたいんだって」
『まあ、君がいいならいいだろう』
「投げやりだなー」
まあサイナスさんもこう言ってることだし。
裏町のあの様子だと、悪魔とゆーことで嫌がられさえしなければ、ヴィルは可愛がってもらえると見た。
しかし汎神教が懐の広い宗教なら何故……。
「この前話した『サトリ』持ちのリモネスさんいるじゃん?」
『皇帝の相談役で、君の化けの皮の下を知ってる人だな?』
「そうそうって、おいこら!」
『『ウルトラチャーミングビューティー』の皮を被った何か』
「うーん? ギリギリセーフにしとく。で、リモネスのおっちゃん、敵が多いみたいなんだよね。とゆーか貴族や大商人に味方を作らないタイプ? 本人は聖火教徒では最も顔と名が売れておりますのでな、と言ってたけど」
『……当人の言葉だけからは何とも言えないな。帝国本土で聖火教徒は、白い目ではないにしろグレーな目で見られるんだろう?』
そこなんだよなあ。
「汎神教徒に敵がいるってことかなあ?」
『汎神教の懐が広いというのは、あくまでも宗教としてはだ。信徒個人としてはその限りではないし、中には聖火教徒を憎む者や狂信者もいるだろう。宗教が関係なくても、個人の秘密を握れる固有能力者であれば、厭われるのも当然じゃないか?』
「やっぱりなー」
敵を絞れないというのが結構キツい状況だな。
あたしは皆に愛されてるから、ちょっと想像しづらいのだ。
『要するにそのリモネス氏の影響力が低下すると都合が悪いんだな?』
「身も蓋もなく言えばそうなんだけど、おっちゃんいい人なんだよ。いい人がキュウキュウしてるの嫌じゃん」
『ミスティ大祭司に会わせることはできないか?』
「えっ?」
サイナスさんたら変なこと言い出したぞ?
意表を突くのはあたしがやりたいのに。
『皇帝陛下と昵懇だからこそ居場所がある、ということなんじゃないか? 崩御したらそれこそ身が危なくなるかもしれない』
「あっ、サイナスさん賢い!」
いざという時の逃げ道の選択肢の一つとしてドーラをということか。
ならば前もってミスティさんと面識があったほうがいい。
「近い内にリモネスさんに打診してみるよ」
『うん、それがいい』
「じゃ、サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日は塔の村。
塔のてっぺんに陣取っているという悪魔ウシ君に会うのが楽しみだ。
新しい転送先にも行ってみたいが?




