第1768話:史上最大か空前絶後か
「先ほどの水着だが」
リリーと黒服、ルーネを連れて『ケーニッヒバウム』へ行く途中だ。
リリーが何か聞いてくる。
「リリーも着てみたいの? あの布面積が小さい水着」
「違うのだ」
「私は着てみたいです!」
「ルーネに着せたらお父ちゃん閣下に怒られそうだわ」
採寸くらいはしといて、いつでもゴーサイン出せるようにしておくのはありかな?
いや、メリットの割にリスクが大きいか。
あんまりエンタメを追求し過ぎてもよくない。
「特別な布とは何なのだ? ドーラ製なのか?」
「いや、ドーラ製とゆーわけではなくて。飛空艇が絡んでるんだ」
「「「飛空艇が?」」」
これは意外だろう。
黒服までもが興味ありげだ。
「飛空艇って飛んでて事故に遭った時、乗員が脱出できるように簡単な滑空機が備えつけられてたんだ。その滑空機の翼に使われてた布なの」
「滑空機? 魔道研究所で聞いた『ウインドスライダー』というものですか?」
「そうそう。あたしが拝借してドーラに持ち帰ったやつが平和的に生まれ変わった」
「帝国の技術だったか」
「だと思う。だからもしこの水着作るのなら、魔道研究所に問い合わせないと」
丈夫で肌にピッタリ沿って伸びる、応用範囲の広い布だと思うけど。
リリーが難しげな顔になる。
「軍事機密なのではないか?」
「うーん、滑空機の構造は機密かもしれないけど、布はどうだろうな?」
飛空艇にはかなりの数のウインドスライダーが搭載されていた。
あとで行った時に全部回収されてたのを確認したので、滑空機自体は機密の可能性が高い。
ただしふんだんに使える布が機密とは思えんがな?
コストがどうの言ってたから、多分高くないし。
「ドーラでは海水浴の習慣がないから、帝国に教わりたいの」
「む? ドーラでも海水浴場を作るのか? 魚人の領域との兼ね合いがあるのであろ?」
「ドーラ南部沖に白い砂の綺麗なビーチの島があるんだ。メッチャ暖かいから、年中水浴できそうっていうナイスな立地なの。観光地として開発しようぜって、海の王国の協力を得られるとゆー言質はもらった。いずれ手をつけたいね」
「ユーラシアさんはいろんなことやってるんですねえ」
「ドーラはおゼゼがないから、計画立ててもあんまり進まないんだよ。悲しいことに」
「例のハマサソリがいるのはその島か?」
「うん。リリーはカンがいいな」
「美味は覚えておかないとな」
アハハと笑い合う。
ハマサソリ食べたくなっちゃったな。
さーて『ケーニッヒバウム』魔宝玉コーナーにとうちゃーく。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシアさん!」
「ユーラシア殿!」
「おお?」
今日はピット君だけでなく、店主のフーゴーさんもおるやん。
こっちもあたしだけじゃなくて、リリーとルーネがついて来てるからね?
「どうしたの? 血相変えて」
「本です! 『フィフィのドーラ西域紀行珍道中』!」
「ルーネに聞いた。売れてるんだって?」
「瞬殺だったそうです。問い合わせがすごくて」
「前もってユーラシア殿から連絡をもらっていながら何をしていたんだと、説教していたところです」
「だ、だって本だよ? 強い訴求力があるとは……。ユーラシアさんもまさかここまで売れてしまうとは思ってなかったでしょう?」
「まー史上最大の売れ行きになるか空前絶後の売れ行きになるか。どっちだかはあたしにも読めなかったけど」
「ユーラシアさん!」
悲鳴上げたって遅いわ。
しかしフーゴーさんが慌てるほどの売れ具合ってのは嬉しいな。
廉価本溢れる未来を予見させるわ。
「ユーラシア殿の作ろうとするムーブメントは、先に押さえておかねばならぬということがよおくわかりましたぞ」
「今後は本が売れる世の中にしたいんだ」
「その心は?」
「読み書き計算できない人がお金持ちになるって難しくない?」
「よほど特異な技能を持っているかツキに恵まれるか、さもなくば戦乱の世でもなければ難しいでしょうな」
「ビンボーな人相手に商売するより、お金持ち相手に商売する方が楽しいんだよね」
お金持ちに売る方が当然儲かるからね。
「真理ですな。しかし……」
「識字率を上げて金持ちを増やす?」
「うん。それに字を書ければ賢い人が思いついたことを書いて残せるんだよ。いい世の中にするためには、識字率の向上が絶対に必要。識字率が上がれば絶対に本は売れる」
「「……」」
「本当は政府が何か手を打って欲しいんだけどね」
これはフーゴーさんにもピット君にも言ってなかったか。
新聞記者トリオには言ってたけど。
帝国は紙の値段が高いからマジで何とかして欲しい。
フーゴーさんほどの大商人なら、儲かるとなりゃどうにかしようとするだろ。
「今ヴィクトリアさんと、読み味の軽い本をどんどん出していこうよっていう取り組みをしてるの。ルーネも仲間だから気にしててね」
「わかりました。それで今日のユーラシアさんの用件は?」
「セレシアさんとこの店から服のデザイン預かってきたんだよ」
「ああ、秋冬物と水着ですな」
「水着がすごいのだ」
「すごいんですよ? ユーラシアさん、見せてあげてくださいよ」
「え? まあ見なきゃわからんか」
ぬぎぬぎ。
「じゃーん! こんなやつです!」
「こんなやつだぬ!」
目を丸くするフーゴーさんとピット君。
「リリーでもルーネでもなくてごめんよ。でもあたしだって花も恥じらう美少女だから勘弁してよ」
「勘弁するもしないも、ユーラシアさんが可愛いことくらい、まともな視力と審美眼を持ってるならわかりますって」
「ピット君は口がうまいなあ」
「随分大胆なデザインですけれども……胸が見えちゃったりしませんか?」
「これねえ。丈夫で弾力性のある特別な布でさ。おっぱいに引っかかるから大丈夫なの。あたしで大丈夫ってことはルーネもだぞ。残念だったね」
「何がですか!」
「リリーは大きいからもっと引っかかる」
「ユーラシア!」
アハハ。
あれ、リリー顔赤くなってるじゃん。
可愛いやつめ。
「あたし水着のことはわからんけど、お貴族様には評判いいよ。売り込み方次第だと思う」
「特別な布とは何です?」
「飛空艇から脱出する時の滑空機の翼に使われてるやつなんだ。必要なら魔道研究所に早めに問い合わせておいてね」
「わかりました」「わかりましたぞ」
よーし、用は終わった。
帰るべ。




