第1766話:ゲッケイジュの効用
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「やあ、精霊使い君いらっしゃい。リリー様もよくお出でくださいました」
「うむ、御苦労である」
リリーと黒服を連れて皇宮にやって来た。
これから第一皇女ヴィクトリアさんとカレンシー上皇妃様の会談があるのだ。
リリーがちょっと心配してるみたいだけど、この前ヴィクトリアさんと会った時ほどではない。
ヴィクトリアさんの態度が軟化していることがわかっているからだろう。
今日も大したことないぞ?
あたしがいるし。
「この鍋は何だい?」
「異世界のシチューだよ」
「へえ。いい匂いがするね」
「でしょ? ヴィクトリアさん美食家だって言うから、感想を聞きたくてさ」
「エルの世界のものか? かれえとかいう」
「エルの世界のものってのはその通りだけど、これはかれえよりずっと作るの簡単なんだ。色々応用が利きそうなんで、皆の意見を聞いてどんどん改良したいんだよね」
「ふむ、楽しみだの」
楽しみにしててください。
研究の余地があるとは言え、おいしいことはおいしいから。
「ところでエーレンベルク伯爵家のランプレヒトさんってどんな人かな? 会ってみたいの」
フィフィの父ちゃんであるババドーンやらかし元男爵の父に当たる人だ。
結構な武人で、長年騎士団長を務めていたってことまでは聞いた。
「豪快さと礼節を併せ持った御仁だぞ」
「先帝陛下より年上であったはずだ。嫡男がまだ現役の騎士だから爵位を譲っておられないんだろう」
「武張った話が好きだから、ユーラシアとはウマが合うと思うぞ」
「フィフィのお爺ちゃんに当たるわけじゃん? フィフィがドーラで頑張ってること教えてあげたいの。本も出たしさ」
「良いことだの。フィフィも連れていけばいいではないか」
いずれはフィフィとも会わせたいけれども。
「ランプレヒトさんって、フィフィのお父ちゃんのババドーン男爵を許さんって感じだったんでしょ? いきなりフィフィを連れてくのは危険かと思って」
「うん、ランプレヒト様の性格だと、注意すべきかもな」
フィフィとの婚約解消後、半年も経たず結婚にまで至ったプリンスルキウスにも含むところがあるかもしれない。
考え過ぎかもしれないが、先に御機嫌伺いして様子を探っときたい人ではある。
お父ちゃん閣下やプリンスルキウスの反応からすると、商売には関係のない人っぽいけど。
「難しい性格の人ではないんでしょ? やらかし元男爵の父ちゃんで、フィフィの爺ちゃんってことから推測すると」
「うむ。しかし頑固なのかもしれぬ」
「頑固か。りょーかーい。覚えとくよ」
「今日行くのか?」
「いや、アポ取ってないし」
「ぬしはアポなど取る気はないのであろ?」
「何であたしが常識外れの子みたいな扱いなんだよ」
まあ直に行く気満々ではあるけど。
「今日はあとで『ケーニッヒバウム』行くんだ。新作水着のデザインを届けに」
「ほう、水着とな? 面白そうではないか」
「そーだ。上流階級の人達がどう思うか聞きたいな」
サイズ測って仕立てなきゃいけない水着なら、富裕層向けだろうからな。
披露してみるか。
一つ余興が増えたと思えば良し。
近衛兵の詰め所にとうちゃーく。
「ユーラシアさん!」
「おおう」
ルーネが飛びついてきた。
シチューがこぼれそうになったわ。
珍しくヴィルが遠慮している。
「あっ、ごめんなさい。これは何ですか?」
「クリームシチュー。今日の趣向の一つだよ」
「ヴィクトリア姉様はラウンジだな? 我は母様を連れてまいろう」
「あたし達先にラウンジ行ってるね」
◇
「これがこの前話しておったクリームシチューか」
興味津々のヴィクトリアさん。
他に双子皇子のお嫁さんのジルケさんペトラさんが来ている。
「優しい香りですね」
「赤と緑がとても鮮やかです」
「具はお肉とニンジン、ジャガイモ、タマネギとカブの葉っぱだよ」
「ふむ、牛乳ベースのスープじゃな?」
「うん。本来のレシピは熱したバターに小麦粉を溶かして、牛乳で伸ばしたものなんだ。ドーラじゃバターが手に入りにくいんで代わりに獣脂を使って、牛乳の量も減らして骨スープを加えてあるの」
「なるほど、使えるもので工夫ということじゃな? しかしバターに小麦粉、牛乳か」
考え込むヴィクトリアさん。
「しばしば見る組み合わせではある。スイーツや味付け用のソースでは用いるが、丸ごとシチューというのは初めてじゃ」
「遅くなりまして申し訳ありません」
あ、上皇妃様とリリー来た。
若干表情が硬いな?
「うむ、座ってくりゃれ。ユーラシアが興味深い料理を持って来てくれたのじゃ。温かい内にいただこうではないか」
「パンと食器も来ましたわ」
「いただきまーす!」
「おいしいです!」
上皇妃様にっこにこで食べとるやん。
皆さんにも概ね好評。
気に入ってもらえてよかったよ。
「ヴィクトリアさんどう思う?」
「素朴な味じゃな。悪くない。しかしいくらでも工夫の余地がありそうじゃ」
「だよね。あたし達もトマト入れたら全然違う趣きになるねとか、海獣の乳使ったら濃厚な味になりそうとか言ってたの」
「海獣の乳とな? 思いつかない発想であるの」
笑うヴィクトリアさん。
「香辛料の使用で味や香りが引き立つはずじゃ。ローリエは必須じゃと思う」
「ろおりえ?」
「ゲッケイジュの葉を乾燥させたものじゃ。いい匂いがするので、獣臭さが消えて上品になる」
ゲッケイジュは魔境のどこかにあったはずだ。
直接腹を満たすものじゃないし、木だから持って帰りにくいということで後回しにしたやつ。
ヴィクトリアさんが必須とまで言ってるから、ドーラの食文化の発展のためにはどうやら欠かせないな。
いい匂いとのことだから、エメリッヒさんの香料開発にも使えるかも。
結構重要な植物だった。
「その他にもカルダモン、ナツメグ、オールスパイスなどは一考の余地があるぞよ」
「ありがとう。ゲッケイジュはすぐに手に入るから、ドーラでも増やすことにするよ」
「うむ、クリームシチューは皇宮のシェフにも研究させてみよう」
ヴィクトリアさんがくれたのは料理の完成度を上げる意見だった。
マジありがたい。
ゲッケイジュは育てるの難しくないって、確かクララが言ってたな。
葉っぱが使えるならそう高価にならないし、早期に導入せねば。




