第1761話:ミーハーなたわわ姫
フイィィーンシュパパパッ。
エメリッヒさんを送ったあと、雅な魔境遊びを楽しみ、さらに『不思議の泉』の転送先にやって来た。
「ここは実にいいところだな」
「風が心地いいですよね」
「アイシンク、ナイトがないね?」
「あっ、ダンテが何か言った!」
ダンテのダジャレはともかく、この世界は夜がないみたいだな。
植物の生育に関しては有利そう。
でも寝ることを考えると、生活のリズムが崩れるんじゃないか?
あたしはあんまり好きじゃないかも。
「やっぱりまた斧が置いてある」
泉の前まで来たら水に投げ入れたはずの、そして金の斧銀の斧とともにもらったはずの鋼の斧が落ちてた。
とゆーことは……。
「また投げ入れろってことなんでやすね?」
「そんなようなこと言ってたね。もう金の斧銀の斧はくれないらしいけど」
初回限定じゃなくて、何べんでも金の斧銀の斧をくれりゃいいと思うよ。
どぼーんと斧を放り込む。
水面を割って現れるたわわ姫。
「あなたが落としたのは金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」
「たわわ姫こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「何だ、ユーラシアさんじゃないですか」
「まー初めての人の訪問の方が張り切れるのかもしれんけど、ガッカリすんな。お肉があるぞー」
「食べましょう! バーベキューセット持ってきます!」
◇
「網焼きはいいな。適当に脂が落ちるし、オーブンより手頃だ」
「こ、こんなにおいしいお肉は初めてです!」
たわわ姫ガツガツ食うとるやん。
食べ物に困ってるようには思えないんだがな?
「いつもは何食べてるの?」
「私は自分の管轄している世界のものなら、何でも食べられるのです」
「……あれ? ひょっとしてコブタマンはあたし達の世界にいないのかな?」
「『魔物図説一覧』には載っていましたよ」
クララがこう言うんなら、どこかにはいるんだろう。
しかし本の世界と『アトラスの冒険者』の関わりは昔からあったようだ。
本の世界の魔物が記載されてるのかもしれないしな?
そして本の世界は向こうの世界の神様の管轄ってことはあるかもしれないけど、たわわ姫の管轄ではないだろ。
「この塩も素晴らしいです!」
「これ海の女王の使ってるやつなんだ。非売品だから……ん? 非売品だとたわわ姫の手に入らないとゆーことなのかな?」
「そうなんですよ」
魔物肉がさほど売買されてると思えん。
だからコブタマンもどこかにはいるのかもしれないけど、たわわ姫の手には入らないのか。
うん、この考え方のがシンプルだな。
「世界が発展するほど、美味いものが食べられるシステムは面白いでやすね」
「おおう、アトムの言う通りだ。たわわ姫は世界が発展するほど、美味いものが食べられちゃうのか」
いや、それはあたし達も一緒だな。
世界が発展して食文化が進歩し、流通が盛んになるほど美味いものが手に入るんだから。
いい世界にしたいあたしの目的とも合致する。
「ローカルフードでナイステイストなものがメイビーあるね」
「あるだろうな。ねえ、たわわ姫。どっかで食べられてるおいしいもので、あたし達の参考になりそうなものってないかな? 地域が変わると使い方や食材が変わる関係で、違った展開が期待できそうんだよね」
「より優れた食文化の発達が? つまり私もよりおいしいものが食べられるようになるということですか?」
「そゆこと」
首をかしげるたわわ姫。
「……地域限定でしか取れない食材だと意味がないですよね。となると有力なのは発酵食品ですか」
「なるほど」
チーズや醤油の類か。
変わったものがありそう。
「例えば乳を発酵させたヨーグルトというものがあるんです」
「よおぐると?」
「主に牛乳などを乳酸菌で発酵させた、どろっとした酸っぱい食べ物です。発酵食品はクセの強いものが多いですが、ヨーグルトは比較的誰でも食べられると思いますよ」
「にゅうさんきんって何?」
「目に見えない小さな生き物の一種です。発酵は目に見えない小さな生き物によって行われる変化なんですよ。乳酸菌に限ったことではないですが」
「ふむー。つまり牛乳とにゅうさんきんがあれば、よおぐるとができちゃう?」
「基本的な原理としてはそうですね。お酒でも酢でも小さな生き物が関与するのは同じですけれども。発酵の条件が難しいものもありますが、ヨーグルトはかなり簡単な方です」
条件難しいのは困っちゃうもんな。
「あれ、ちょっと閃いたぞ? ものが腐るってのもひょっとして目に見えない小さな生き物のせいなの?」
「はい。有用な生き物によっていい方向に変化するのが発酵、悪い方向が腐敗です。発酵食品は作るのを失敗することがありますが、大体有用じゃない生き物が混ざってしまうことによって起きるのです」
クララのちっちゃい目が見開いてるよ。
今まで知らなかった考え方なんだろうな。
「小さな生き物の引き起こすカラクリだったとは。ためになったよ」
「いえいえ。次においでになる時までにヨーグルトを取り置いときますね」
「ありがとう。全然関係ないけど、たわわ姫は絵描かれること好き?」
神様ルールがわからんからな?
「描かれたことはないです。好きか嫌いかは何とも」
「たわわ姫の話したら、ぜひ描いてみたいっていう人がいるんだ。こっちの世界ではメッチャ売れてる画集出してる絵師だよ」
「もしかして、イシュトバーン・クラナッハ氏?」
「そうそう。あれ、知ってるの?」
「き……」
「き?」
「きゃああああああああ!」
何なの、セクハラ被害に遭ったみたいな声出して。
遭うのはこれからだぞ?
「超有名人じゃないですか! とっても嬉しいです!」
「嬉しいの?」
いや、イシュトバーンさんに描かれることを嫌がる人は滅多にいないけれども。
思ったよりもたわわ姫ミーハーでござる。
「画集『女達』の第二弾を出そうっていう話があってさ。その内の一ページになるかもしれないけどいいかな?」
「もちろんです!」
こっちの世界を統括する女神なんだから、帝国版『女達』に入ったってべつにいいだろ。
モデル一人確保だ。
「ごちそーさま。じゃ、今度はお肉以外にイシュトバーンさんを持ってくるからね。ちょっといつになるか決められないけど、数日中だよ」
「わかりました!」
「じゃねー」
「バイバイぬ!」
転移の玉を起動し帰宅する。




