第1759話:ブタの隣だぬ!
「母上、何を!」
驚愕するディートマルさん。
ブタのおばちゃんはおそらく、あんたの名前を使いながら邪魔者を排除してたんだよ。
「あなたは黙っていなさい! 警備員! 無礼千万なこの者達を捕らえなさい!」
「アホか、あんたは」
「アホだぬ!」
あたしに敵うわけないだろ。
二度も同じことやらせんな。
でも人数多いから、囲まれて先手許すと厄介だな。
屋敷の中で飛び道具使おうって発想にはならないと思うけど、制圧に手間取ると苦し紛れに離れたところから矢ぶすまってありそうで困る。
ならばいらんことされる前に速攻だ!
「フェーベさんエメリッヒさんデニスさん固まってて。ヴィル、近付くやつだけどーんしてね」
「わかったぬ!」
じりじり近付く警備員に先制攻撃!
「ぐえっ!」
「ま、待て!」
「待たない」
持ち上げちゃ放り投げてぶつけるいつものやつ。
飾ってある高そーな彫刻が横倒しになったけどごめんよ。
賠償金は不甲斐ない警備員の給料を充ててくださいという、聖女でありながら鬼畜思想。
「おっしまーい、あいうぃーん!」
口パクパクしてるおばちゃん。
口とは別にほっぺたがプルプルするのは結構面白いな。
でもあたしのこと知らんのかしらん?
無知は罪なり。
デニスさんが満足そうに言う。
「お見事です。今日は楽しい場面に呼んでいただいてありがとうございます」
「デニスさんはエンタメのハードルが低くていいなー。こんなんでいいなら、いつでも披露するよ」
デニスさんはもっと堅物なのかと思ってたらそうでもなかった。
ならばここからは交渉のしどころだ。
「デニスさんはギレスベルガー家の内情について、どれくらい把握してたの?」
「ほぼ理解していると思いますよ」
「マジか」
もうブタのおばちゃんの排除は難しくない。
でもこのままだとディートマルさんまで処分対象になっちゃいそーなんだよな。
ギレスベルガー家に調査入れてるなら誤魔化しも利きそうにないし……。
ストレートに行くか。
「フェーベさんもカスパーさんも、許してあげたいなーと思ってる人がいるようなんだよ。あたしのチャーミングなフェイスに免じて何とかならない?」
もちろん後継者候補だったディートマルさんのことだ。
母親はともかく本人に罪はない。
フェーベさんの『兄の血を継がぬ疑いがある』っていう慎重な言葉も、ディートマルさんの人物を惜しんでのものだろう。
心得ている男デニスさんが言う。
「爵位継承権の完全放棄と、帝国並びにギレスベルガー家当主への絶対の忠誠を条件とすればよろしかろうと」
「デニス大臣、感謝致します」
素直に頭を下げるディートマルさん。
ディートマルさんもまたわかってる男。
「じゃあ許してあげたくないなーって人はどうすればいい?」
「ひっ!」
こんな時ばっかり自分のことだとわかるのな?
今更可愛らしい声出しても遅いわ。
丸いおばちゃんをチラッと見たデニスさんが言う。
「厳罰を求めます」
「厳罰って、物理的に油を搾るとか?」
「ハハハ、使えなさそうな油は必要ありませんよ」
「搾っちゃうぬ!」
アハハと笑い合う。
「帝国政府の高官たる自分とユーラシアさんに狼藉を働こうとしたことは看過できません。しかし実害がなかったこともありますので、処分内容についてはギレスベルガー家に一任いたします。ただし、あまりにも軽い措置であった場合には帝国政府を愚弄したものと捉え、ギレスベルガー家そのものへの処分となりますので御注意ください」
頷く面々。
問題児がいると大変だね。
違うわ!
あたしは問題児じゃねーわ!
「ブタのおばちゃんの方は叱られてりゃいいとして。本物のブタの方だけど」
「本物のブタ?」
あ、デニスさんは聞いてなかったっけ。
「テルミッツって、古の高級肉ブタの産地なんだって。ドーラと協力してブタを復活させようって取り組みをしようとしてるの」
「ほう、有意義な事業ですね。実現が楽しみです」
「なのに丸いおばちゃんが、子爵位を盗んだ女には資料貸さないみたいなこと言いだしてさ。デニスさんの手を煩わせてしまったよ」
「では自分もブタの復活の一助になったということですか?」
「『ドキュメントブタ復活史』にはデニスさんの名も刻まれるよ。ブタのおばちゃんの隣くらいに」
「さっきからブタのおばちゃん丸いおばちゃんとは何事ですかっ!」
「ブタの隣だぬ!」
大笑い。
ディートマルさんが言う。
「当主の決めたことです。ブタ復活事業に協力させていただくし、私自身も大いに賛成です。しかし……」
「断片的とは言っても資料は莫大な量なんだ。意味の分からない符丁みたいなものや、ダブっている部分、矛盾のある部分もある」
「あれま」
エメリッヒさんの言葉に大きく頷くカスパーさんディートマルさん。
じゃあ結構な資料の集積みたいだな?
参考になる部分がかなりありそう。
「ある程度まとめたものはあるのですが、整理に少し時間をいただきたい」
「どれくらい必要かな?」
「五日あれば重要な部分は」
「じゃあ六日後にまた来るよ。その時にフェーベさんとディートマルさんも、現在のドーラブタプロトタイプの飼育の様子見に行かない?」
「「ぜひ!」」
「俺も参加させろ!」
「カスパーさんも? なら六日後の朝にここの領主屋敷の前で待ち合わせね」
頷く皆さん。
エメリッヒさんが宮廷魔道士にされたのは、アールファングを飼育する糸口を掴めるんじゃないかと父が考えてたからだろうと言っていた。
カスパーさんは領地経営に熱心じゃないって話だったが、ブタに対しては並々ならぬ思い入れがあるようだ。
デニスさんが言う。
「皆がディートマル様には好意的ですね?」
「見るからに傑物だからね。実際にテルミッツをまとめてたのはディートマルさんなんでしょ? フェーベさんが帝都で人脈広げて、領地はディートマルさんが経営するっていう体制がいいんじゃないの?」
得意分野を生かせばいいよ。
「エメリッヒ殿は、ひょっとするとカスパー様の御長男ですか?」
「うん。でもエメリッヒさんはドーラのもんだからあげないぞ?」
有能な人材は財産なのだ。
デニスさんもドーラに来ない?
ディートマルさんが言う。
「ちょうどいい時間になりましたな。皆さんも昼食食べていかれませんか?」
「やたっ! ディートマルさんありがとう!」




