第1755話:テルミッツへ
――――――――――二七五日目。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「よう、来たな」
朝から開拓民集落のちょっぴり焦げた小屋、エメリッヒさんの家にやって来た。
ボヤの跡がチャームポイントになってて笑える。
「エメリッヒさんはいつも朝御飯どうしてるの?」
「JYパークの弁当屋で分けてもらうことが多いぜ」
「あたしも白の民のショップに用があるんだよな。まずJYパーク行こうか」
明日はヴィクトリアさんと上皇妃様が会う日だ。
クララにクリームシチュー作っといてもらいたいから、牛乳買ってこ。
転移石碑でJYパークへ。
◇
エメリッヒさんの朝食よーし。
牛乳の購入よーし。
JYパークでの用を終え、家に戻って来たところだ。
クララにクリームシチューを頼んで、エメリッヒさんとも確認しながら地図を見る。
「いいかな、ヴィル。ここがギレスベルガー家領のテルミッツね」
「わかったぬ!」
「おいおい、こんなにアバウトでいいのかよ?」
「大丈夫ぬよ?」
「近くに大きい町があるわけじゃないし、間違えないと思う」
「ふうん、お手並み拝見といこうじゃねえか」
エメリッヒさんは半信半疑みたい。
いや、あたしも話を聞いただけじゃ信じられんだろうな。
ヴィルの地理感覚は優れているのだ。
納得できないかも知れないけど、ヴィルは優秀だと思ってもらえば。
「門の近くの目立たないところがいいな」
「わかったぬ! 行ってくるぬ!」
掻き消えるヴィル。
「つくづくすげえな」
「すげえんだよ。とってもありがたい」
一年前、灰の民の村から出て一家の主となったばかりの時は、本当に狭い行動範囲だった。
それが『アトラスの冒険者』になり、さらにデス爺製の転移の玉とヴィルワープの組み合わせにより、最高の機動力を発揮できるようになったのだ。
運がいい、だけで片付けちゃいけないのかもしれない。
あたしのやりたいことをやれというサインだと、都合よく考えることにしている。
赤プレートに連絡が入る。
『御主人! ビーコンを置いたぬ!』
「ありがとう。そっち行くね」
新しい転移の玉を起動する。
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィルをぎゅっとしてやる。
エメリッヒさんが感慨深げだ。
「ああ、間違いなくテルミッツだ。変わってねえなあ」
「変わってないってことは大して開発も進んでないってことかな?」
「父はあまり領経営に熱心とは言えなかったな。ここはテルミッツの町の南だぜ。魔物はいねえところだ」
じゃ、町へ行くか。
魔物いない側には特に門兵はいないらしい。
「どうせギレスベルガー家内部はガタガタなんでしょ?」
「と、考えるのが妥当なんじゃねえか? オレもあんたから聞いただけしか知らねえが」
「ほぼ何もわからんなー。情報が欲しい」
「情報は酒場で聞けが常識だぞ」
朝っぱらから酒場もないしな?
どーすべ?
「普通に考えると、フェーベさん派と弟さん派の内紛?」
「だろうな。父は生きてるんだろ?」
「多分。カスパーさんだっけ? 一ヶ月くらい前にフェーベさんに子爵位譲ったって聞いた」
「……継母の名はグレーテル、弟の名はディートマルというんだ」
「オーケー。グレーテルさんにディートマルさんね。皆領主屋敷に住んでるのかな?」
「フェーベ叔母はどうだろう? 以前は別の場所に住んでいたぞ」
「きっと今も昔住んでたお屋敷に住んでるんじゃないかな。その辺の人捕まえて様子聞きながら行こうよ」
慌てるエメリッヒさん。
「おい、いいのか? おそらく叔母と弟が対立してるのは間違いねえんだぞ?」
「あたしらが聞き回って都合の悪い人がいれば、向こうからアクション起こすと思うよ」
「ええ? 大胆だな」
「大胆少女だぬ!」
アハハと笑いながらフェーベさん家へ。
◇
「ありがとうね。参考になった」
あちこちで露骨に聞き込みしながら行く。
割と楽しい。
話を聞かせてもらっていた店の主人が言う。
「なあ、ひょっとしてそちらの方は、カスパー様の御長男じゃないのかい?」
「あ、わかる? エメリッヒさんだよ」
「ああ、エメリッヒ様という名だった。カスパー様の若い頃にそっくりだ」
「父は元気なのか?」
「それはもう。元気で後見が務まる内に代替わりっていう、カスパー様のお考えだったんだろうがよ。えらいことになったなあ」
あたし達はえらいことを処理するために来たんじゃないのになあ。
「エメリッヒ様がテルミッツをお治めになるのかい?」
「いや、オレはずっと宮廷魔道士をやってたんだ。貴族や領主の心構えはねえ。フェーベ叔母を支持するよ」
「今日はフェーベさんとこにブタについての相談に来たんだ」
「ブタ? 高級肉の家畜?」
唐突で何言ってるかわからんだろうけど。
「昔このテルミッツでブタが飼育されてたって話じゃん。今エメリッヒさんは、ブタの復活に関わる仕事をしてるんだよ。フェーベさんと協力して、テルミッツの新しい産業にするんだ」
「ほお、素晴らしいじゃねえか!」
お肉が素晴らしいのは世界の常識であり真理。
「じゃーねー」
「バイバイぬ!」
店の主人と別れるやいなやエメリッヒさんが言う。
「大体明らかになったんじゃねえか?」
「うーん、ヤバくない?」
エメリッヒさんの腹違いの弟で、子爵位を継ぐと思われていたディートマルさんの勢力が強い。
対するフェーベさんの存在感があまりないようだ。
フェーベさんが子爵を継いだことで、ディートマル派の不満が大きくなっている。
ただしディートマルさんがカスパー前子爵の血を引いてないのではという噂は、結構広まっているみたい。
「ディートマルが継いだ方が良かったんじゃねえか?」
「でも帝国は血統主義が厳格だから、本当に血が繋がってないのに爵位継いだりすると厳罰なんでしょ?」
「えっ?」
あれ? サボリ近衛兵がそう言ってたけど、あまり知られてないことなのかな?
というか、きちんと貴族教育を受けた人しか知らないんだろうな。
「ちなみに継母のグレーテルさんってどういう人?」
「グラマラスな美人だぞ」
「そうでなくて」
富裕な商家の娘か。
息子に爵位継がせようと欲張ったな?
「まずフェーベさんの言い分を聞こう」
「ブタの話どこ行った?」
「おっと、ブタが本題だったわ」
「ブタがブーブー鳴いちゃうぬよ?」
アハハ、何だそれ?
笑いながらフェーベさんの屋敷へ。




