第1754話:就任祝いは常に受けつけております
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
『トウモロコシの種ありがとうな』
「お礼なんかいいんだよ。あたしを心から崇めてくれさえすれば」
『これさえなければ』
あるからあたしだとゆーのに。
御託はいいからとっとと崇めろ。
『早速蒔いたんだ。かなりの収穫の助けになるよ』
「よかったねえ」
生産はお任せだ。
灰の民の村と開拓地で栽培してくれればオーケー。
穀物は保存が利くから、今冬がだいぶ楽になるだろ。
「ただこれ食料倉庫にあったやつでさ。種蒔き用の保存の仕方じゃないんだよね。発芽率がちょっと悪いかもとは言われた」
『少々は仕方ないな。しかし大店の倉庫なんだろう? 保存に問題があるとは思えんが』
「だよね」
『ケーニッヒバウム』の倉庫ともなると信頼感あるわ。
ピット君の良心が発芽率どうこうと言わせただけだろ。
「昨日言い忘れたことがあったので発表しまーす!」
『ん? 重要なことかい?』
「全然」
『ユーラシアの言いだすことはマジでわからんなあ』
「いや、あたしにとっては重要じゃないってことなんだ。ドーラにとってはひょっとすると重要なのかもしれない」
『何があったんだ?』
「昨日双子皇子に謝礼をもらったんだ。何だと思う?」
『当たらないクイズは気が進まない』
ハハッ、まあまあ。
サイナスさんの考えは?
『ユーラシアが忘れてたくらいだ。つまり君の人生には関わってこないもの』
「うんうん、ここまで正解」
『ドーラにとってはひょっとすると重要か。君割と植物関係の導入には熱心だから、忘れたりしないよな。じゃ、それ以外のもの』
「サイナスさんはやるなあ。『輝かしき勇者の冒険』をドーラで刷って販売してもいいですよっていう権利をもらったんだ」
『ほう?』
やっぱり本のことだとサイナスさんも興味ありげだな。
『君その本嫌いなんじゃなかったか?』
「あ、興味の持ち方がちょっと予想と違ってたわ。『輝かしき勇者の冒険』は、魔物怖いドラゴン怖いと思わせる有害な本だと思ってたんだけどさ。だからこそドーラに興味があるって人もいるんだよね。一概に排斥すべきじゃないかなって思い始めてるの」
『帝国で売れた本なら、ドーラでだってある程度売れるだろう? ユーラシアの理屈だと、本の種類が多くなるのはいいことなんだから』
「うん。何でもいいから本を増やすって考え方でいこう」
作者におゼゼ払わなくていい分安く出せるし、注釈書を売る構想もあるしな。
今日図らずもユーラシア教会で話したことではあったけど、紙と印刷の商売を育てることも重要だから。
『で、出版の権利はどうするんだ?』
「ヘリオスさんにあげようと思ってる。フィフィの本やレシピ集でお世話になってるからね。儲けて欲しいんだ」
『レシピ集とは何だったかな?』
「言ってなかったっけか。スイーツのレシピ集だよ。ドーラをスイーツブームにして、砂糖の生産量上げて帝国にガンガン輸出する計画」
『以前にチラッと聞いたけど、計画が動いてるのは知らなかったよ。レシピ集自体も輸出するんだろう?』
「もちろん」
『ムダなく儲けに走るなあ』
あたしはムダが好きじゃないとゆーのに。
レイノスが拡張して人口が増えると、新聞の発行部数は当然増えるだろう。
となると新聞用紙の原料になっているサトウキビのカスの量も多く必要なのだ。
砂糖の生産量大事。
「じゃーん! 今日からあたしは非常勤の施政館参与兼臨時連絡員なのでした!」
『就任おめでとう』
「就任祝いは常に受けつけております」
『就任祝いは形にならないけれど』
アハハ。
久しぶりだな『形にならない』のフレーズ。
「初仕事になるかな。タルガと周辺の辺境開拓民地区に行ってきたんだ。以前主席執政官閣下に言われてたやつ」
『随分前に言われてたんじゃなかったか? 役就任を待ってたのか?』
「待ってたわけではないんだけど、まあ色々あったじゃん?」
『色々、ね』
陛下が亡くなったのが一番大きい。
また頼まれてたことではあったけど、優先順位が低かったってこともある。
「サブローさんと同格くらいの扱いされてる、辺境開拓民の顔役の人に案内してもらってさ。辺境開拓民集落行ってきた。面白いこともわかったんだ」
『ふむ、聞こう』
真剣なサイナスさん格好いい、なんちゃって。
「帝国では市民権が大事でさ。市民権持ってないと他人に信用されないし、移住も商売も割と何にもできない。市民権剥奪が厳しい刑罰になってるの。だから市民権を持ってない人に与えることは恩恵だと、お偉い人達は思ってた」
『恩恵じゃないのか?』
とサイナスさんも考えるじゃん?
「辺境開拓地区では戸籍がいい加減で、特に罪もないのに市民権持ってない人が多いんだ。自給自足の集落で他所に行かないから、市民権のありがたみがわかってないの。税金取る方便だろくらいに思われてる」
『ははあ?』
「市民権改革は、プリンスルキウスが一生懸命やろうとしてるんだ。山賊対策としても税収アップにも有効だから。でも最大の受益者と思われてる辺境開拓民がメリット感じてないんじゃ、改革なんか進むわけないじゃん? だって市民権与えようとしたら、税金取られると思って逃げちゃうんだもん」
『……もし市民権の何たるかを理解していない辺境開拓民が故郷を離れると、デメリットが牙を剥いて山賊にならざるを得ない?』
「どーなってんだってくらいの、とんでもない欠陥システムだよねえ?」
自分の意思で出奔するケースもだが、スイープのお頭みたいに辺境開拓民地区を追われるケースもある。
「とゆー問題点を主席執政官閣下とプリンスに指摘しました。案内の辺境開拓民の人も市民権持ってなくてさ。施政館ですぐ市民権発行してもらって利点を説明して、啓蒙活動に勤しんでもらうことにしました。いやー、いい仕事した!」
『働いてるなあ。明日はエメリッヒ氏を連れてブタ交渉なんだろう?』
「そうそう。楽しみ」
ギレスベルガー家の勢力争いはどの程度だろうな?
こんなこと考えてるからトラブルメーカーって言われるのかもしれないけど。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はテルミッツだ。




