第1740話:愛してやまない飛行魔法
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
「サイナスさんにとっては面白くない話題かもしれないけど」
『いきなり何なんだい?』
「世の中避けて通れないものがあるんだよ」
『こりゃまた変わった入りだね』
話題が話題だからね。
いや、新しい芸風の模索ってこともあるけれども。
「サイナスさんの愛してやまない飛行魔法があるじゃん?」
『この世から消え去って欲しい飛行魔法がどうかしたかい?』
「目の敵にしなくても。サイナスさんは飛行魔法の高さが嫌なの? スピードが嫌なの?」
『両方。加えて足元の覚束なさ』
「適性なしにチェックと」
サイナスさんの飛行魔法嫌いにも困ったもんだ。
もっとも飛行魔法が嫌いな人は一定数いる。
「飛行魔法って空気に包まれる感じになるんだよ。だから今日みたいに雨降ってる日でも濡れないの」
『ああ、メチャクチャなスピードで飛んでても風を感じないよな。身体の周りを覆う空気があるからか』
「そゆこと。雨に濡れないってのは今日知ったんだけど」
『水の中で使っても濡れないのか?』
「えっ?」
サイナスさんが変なこと言いだしたぞ?
だから飛行魔法って便利なんだよってことが言いたかったのに、話が曲がってしまった。
「……海の女王が、海の中でもスピード落ちるけど飛べるとは言ってたな。でも濡れるか濡れないかは聞いてなかった。どうなんだろ?」
『空気に包まれるのが仕様なら、水の中でも濡れないと思うが』
「あたしもそんな気がしてきたな」
『水の中にいる状態で起動したらどうなんだろうな? 飛行魔法は風魔法なんだろう? 周りに空気がない状態で起動するかは……』
「ええ? ややこしいこと言わないでよ」
隣のクララが興味持ってるがな。
検証してみる価値はあるなあ。
さすがサイナスさんの目のつけどころは違う。
でもさすサイって語呂が悪くて言いづらい。
まあ飛行魔法についてより。
「エメリッヒさんとエルフの里行ってきた」
『君は雨でも働くなあ』
「向こうは雨降ってなかったんだよ。思ったよりワイルドボアの飼育はバッチリ」
『ふむ、いい兆候だな』
「ただやっぱエサが問題でさ。魚粉とクレソンを勧めてきた。両方食べるわ」
『朗報だな』
「うーん、でもエメリッヒさんが言うには、どうしても穀物が足りないなってことなんだよね」
アリスもブタを飼育する時のエサとして、真っ先に名を挙げたのが穀物だった。
エメリッヒさんもおそらくブタの飼育資料を読んでて、穀物が必要だと感じたんじゃないかな。
経験上穀物とは腹が膨れるもんであるし。
「トウモロコシなら今から種蒔いても間に合いそうじゃん?」
『それはそうだが、こっちにも種の余りなんかないぞ?』
「帝国で買えるんじゃないかと思うんだ。多分手に入る」
『なるほど、帝国なら……。開拓地でも蒔きたい。できれば多めに買ってきてくれないか?』
「りょーかーい」
となればギレスベルガー家領行く時買おうと思ったけど、もっと早い方がいいな。
『ケーニッヒバウム』行って相談してこよ。
『……昨日エメリッヒ氏が、叔母の力になってやってくれって言ってたろう?』
「やっぱサイナスさんもそこ気になる?」
『ユーラシアはどう思ってるんだ?』
「今日エルフの里でワイルドボアの飼育状況見た限りでは、至極順調なんだよね。問題はエサだけだな。ギレスベルガー家の協力があれば、最短三年くらいで家畜ブタをお披露目できるんじゃないかってくらい」
『うん。となると最大の懸念材料が?』
「ギレスベルガー家の内紛なんだよねえ」
ギレスベルガー家の持つブタ飼育の資料がなくても、ワイルドボアを家畜化させたドーラ産ブタをいつかは投入できるだろう。
でも一からノウハウ蓄積してくんじゃ、三倍くらい時間かかるんじゃないか?
時間のムダだ。
あたしはムダなこと好きじゃない。
『エメリッヒ氏の叔母、女子爵の人物は?』
「真っ当な扱いやすい人だよ。もちろんブタ復活推進派。あの人がギレスベルガー子爵家のトップだと、あたしはひっじょーにやりやすいな」
『扱いやすいって。まあいいけれども、要するに後押しするんだな?』
「する。エメリッヒさんの望みでもあるし。ただフェーベさんが子爵になった経緯とか、あたし何も知らんのだよね。情報収集してくるよ」
『よろしくね。どうもエメリッヒ氏と女子爵との関係は良好のようだ。ドーラから香料入り石けんを売り込む際にも、女子爵の協力があるのとないのとでは浸透具合が違うだろうから』
「あ、そーだね」
サイナスさんにはサイナスさんの思惑があったでござる。
ブタで協力してやれば、石けんでお返ししてくれるかもしれないのは確かだな。
『今日のイベント報告はお終いか?』
「もうちょっと。昼食時に海の王国行ったんだ。ハマサソリ島の開発に関して女王の協力は取りつけたよ。先の楽しみが増えた。優先順位が高くはない案件だから、ドーラに観光客呼ぶぞーって機運が高まった時の強力な材料の一つ」
『ユーラシアの話は聞いてるとワクワクするなあ』
「夜寝られなくなっちゃう?」
『いや、寝られるけど』
不安な話じゃないからな。
心が暖かくなるだろ。
「午後は魔境でピクニック」
『え? 雨は?』
「途中で降られたから帰ってきた。でも二時間近く遊べたからいいんだ」
『遊びなんだなあ』
おゼゼの稼げる遊びなんですよ。
「魔境ガイドのオニオンさんって人が、石板クエスト配布担当のおっぱいさんの旦那さんなんだけど。あれ、まだ婚約者だったかな?」
どっちでもいいが。
「オニオンさんが言うには、今回あたしがもらったクエスト、転送先がこっちの世界じゃないんだって」
『ほう、『不思議の泉』だったか?』
「そうそう。でも多分エルや『アトラスの冒険者』本部の世界とかでもなくて、亜空間中のちっちゃな実空間なんだと思う。どーもあたしの役に立ちそうだから振ってくれたみたいなんだ。明日行ってくる」
『気をつけるんだよ』
「わかってる」
ただおっぱいさんやオニオンさんの語り口からすると危険はなさそう。
どんな不思議なんだか。
「サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『わかったぬ!』
明日は『不思議の泉』。




