第1699話:ヤバいのは言い方じゃなくて言い草
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
魔境から帰ってきての夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
『御苦労だね』
「あれ、そんなにあたし疲れた声してる?」
『いや、ユーラシアの声は疲れなんか感じさせない。いつも何事か面白いことを企んでいるような響きを帯びている』
「おおう、さすがあたし」
自分の声のことはよくわからんけれども。
『今日も帝都へ行っていたのかい?』
「行ってた。でもよく考えりゃ絶対行かなきゃいけない用はなかったな」
『皇帝選を軸に見た時、展開としては動いたわけじゃないと?』
「まあ。でもあたしのいないところで愉快な事件が起こると腹が立つじゃん?」
『腹は立たないだろう』
「そお?」
サイナスさんもエンタメ好きだと思ってたんだけどな?
あたしとはエンタメを追求する姿勢が違うのかしらん?
「立候補者が出揃うまでは大したことは起きない気がするな。ちっちゃいことは気にすんな縛りだったら、明日は帝都行かなくていいか」
『つまり今日も細かい事件はあったんだな?』
「事件と言っていいかな。第一皇女ヴィクトリアさんが立候補するから力を貸せって騒いでた」
『第一皇女が? 何故? 皇位継承権はあるんだろうが……』
ヴィクトリアさんが立候補しようとしたことに、何か不満がおありで?
あたしはあったけれども。
『君の今までの話だと、第一皇女は本と可愛いものを愛する淑女っていうイメージだったんだが』
「合ってるね。あたしと違って、政治とか人間関係とかはエンタメの対象にしてない人」
『どう焚きつけて立候補させようとしたんだ?』
「違うとゆーのに」
事件があるたびあたしを重要参考人と決めつけるのやめろ。
たまにはあたしが犯人じゃないこともあるわ。
『どう違うのか判定してやろう』
ええ?
魔法の葉青汁の刑は勘弁して欲しい。
今回あたしマジで関係ないから。
「帝国には二人の正皇妃がいて、以前亡くなった第一皇子と現在皇位継承権一位の第三皇子と問題の第一皇女ヴィクトリアさんが先の皇妃様の子。あたしの旦那候補のウルピウス殿下とリリーと、この二人のお兄ちゃんフロリアヌス殿下皇位継承権二位が今のカレンシー皇妃様の子。ここまでユーシー?」
『アイシー』
「第三皇子があたしに不埒なマネして天罰当たって退場したじゃん? そんで憎っくきカレンシーの子が皇帝になるのは許せん。妾も立候補するのじゃーっていう流れでした」
『ははあ、全然無罪』
「やったあ!」
これで今日も気兼ねなく寝られるわ。
気兼ねなんかしたことないけれども。
「でも次の皇帝は主席執政官閣下かプリンスルキウスかどっちかなんだよね。ウ殿下とリリーは立候補しないし、フ殿下はまだわからないけどやる気ないっていう情報は入ってきてる」
『第一皇女は誰が立候補するとか調べてないのか?』
「力関係とか政局の流れとかの情報は、全く入らないっていう印象を受けたな。婦人方との付き合いは多いみたいだけど」
『皇帝になんかまるで向いてないじゃないか』
「向いてないね。だから出馬を取りやめさせて」
あれ? 空気が微妙ですが?
『……君、皇帝選に出ろって煽ったんじゃないのか?』
「煽んないわ。何でそう思ったの?」
『いや、エンタメ精神がユーラシアを導いたのかと』
ありそーな理屈でした。
「あたしは帝国でも本を売れるようにしたいんだよね」
『だから本好きの第一皇女を利用するんだな?』
「利用って言葉が正しいか知らんけど、共闘だね。ところが皇帝選に負けた皇女っていうバッド属性がつくと、影響力が低下しちゃうじゃん。迷惑極まりない」
『どこまでも君の都合が前面に出るんだな』
「当たり前じゃん。でもヴィクトリアさんにとっても、今までより面白くない立場に立たされるのはいいことないわ」
『君が意外と親切だということはわかってるよ』
「意外とじゃないわ。あたしの半分は親切でできてるわ」
もう半分があたしの都合というのは否定しないけれども。
「完成したフィフィの本をあちこちに配ってきたんだ。ヴィクトリアさんとこも含めて」
『イケそうか?』
「まだ手ごたえがないからな。売れることは売れるけど、メッチャ売れたのレベルで留まるか、史上空前の大ヒットになるかは何とも」
『スケールがすごいなあ』
イシュトバーンさんの画集は本が売れないという常識を打ち破ったが、正攻法ではない。
フィフィの本が売れてこそ、廉価エンタメ本時代の潮流を作れる。
「本売りたいんだよなー。製紙業や印刷業を盛んにするっていう目的。知識を継承するという目的。あたしにエンタメを提供しろという目的」
『私情を隠す気もなく潜り込ませるのがえぐいが、本の販売と読書が盛んになって困ることは何もないな』
サイナスさんも読書家だから当然そう思うだろう。
いずれサイナスさんも巻き込んで、何か本書いてもらお。
「帝国は農業国じゃん? やっぱり識字率が高くないんだよね。商業を盛んにするためには識字率を上げる必要があるぞーっていう」
『仕掛けか?』
「うん。効き目があるだろうなと思ってたんだ。フィフィの本のリリースがいい機会だから、字を覚えるぞとゆームードに持ってこうと考えてた。具体的には識字率を上げる政策とってくれるよう、施政館に働きかけるとか?」
『相変わらずやろうとしてることが大胆だな』
「あたしが大胆美少女なのはさておき、陛下が亡くなったことで本普及計画が動かなくなっちゃいそうなんだよね。まったくこっちの事情も考えて死んで欲しい」
『言い方がヤバいくらいヤバくてえぐい』
「じゃあこっちの事情も考えて天に召されて欲しい」
『違った。ヤバいのは言い方じゃなくて言い草だった』
アハハと笑い合う。
不謹慎というのは黒い笑いを誘うなあ。
必ずしもあたしがブラックなエンタメを好んでいるわけじゃないけど、好き嫌いをせずに食べるのもモットーではあるし。
『何だかんだで明日も帝都へ行くのかい?』
「いや、立候補者が出揃ってから確認に行くことにするわ。明日はギルドだな。あたしに用があるみたいなの」
『用か。面白そうだね』
「面白いといいな。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日はギルド。




