第1697話:話題は皇帝選
「ところでジェロンさんは、ラグランドへ発つ前の挨拶に来たの?」
「そんなところだな。ラグランド総督の正式な辞令を受けることと、加えて皇帝選の投票だ」
「投票? え、もう?」
ラグランドに赴任したあとでは投票が難しくなっちゃうからか。
伯爵なら六〇〇票もあるもんな。
投票を無視して旅立つわけにはいかないだろう。
「でも立候補者が出揃ってないでしょ?」
「出揃っているようなものだろう? 不明なのはフロリアヌス様の動向だけだ」
「まーそーか。投票って施政館でやるんだ?」
「一人で複数票を持つ騎士爵以上の票は、施政館で投票を受けつける」
「もっともジェロンは特別だよ。本来は立候補者を締め切ってからの投票になる」
「だよねえ」
「市民の投票はメルエル市長に一任だ。帝都在住の有力者からなる選挙管理委員会を立ち上げ、戸籍局と協力して来月一四日に一般投票を行うと、つい先ほど連絡が来た」
「来月一四日に一般投票と。りょーかいでーす。これ新聞発表していいよね?」
「もちろんだ」
新聞ネタができてよかったね。
「ユーラシア君の方から何かあるかい?」
「皇帝選について? えーと、ウルピウス殿下とリリーは立候補しないって。ヴィクトリアさんが出馬する気満々だったけど諦めさせた」
「「「えっ?」」」
主席執政官閣下プリンスルキウスジェロンさんが一様に驚きの表情を見せる。
わかる。
あたしもヴィクトリアさんが立候補するって言った時、何事かと思ったもん。
「姉上が出馬する気だった? 何故?」
「カレンシー皇妃様系の皇子が皇帝になることが許せないみたいだね。フロリアヌス殿下が皇帝になるくらいなら、知り合いの御夫人に声かけまくって貴族票を集める。敵わないまでも一矢報いてやるみたいなニュアンスだった」
閣下の顔色が若干白くなる。
頼みの貴族票が削られる可能性に気付いたんだろう。
プリンスルキウスとは僅差になることが予想される。
貴族からの得票が少なくなると、閣下当選の確率は確実に低くなるだろうから。
「ヴィクトリアさん、状況があんまりわかってないみたいだったぞ?」
「言われてみれば、政治政略に詳しい者は姉上の側にはいないかもしれないな。気にしたことはなかったが」
「フロリアヌス殿下はじめ、現皇妃様系の皇子皇女は多分選挙に出ない。新皇帝は閣下かプリンスのどっちかで決まりだから、敗北者になろうとすんな。ヴィクトリアさんの影響力が小さくなるとあたしも迷惑だわって言ったった」
「ちょっとわからない。姉上の影響力がユーラシア君に関係あるのか?」
「廉価本を普及させようと思うんだよ。ヴィクトリアさん本好きだから協力してもらってさ。あ、そーだ。フィフィの本完成です。プリンスルキウスとパウリーネさんに進呈しまーす」
閣下が不満そう。
「予にはくれないのかい?」
「あんまり数がないんだよ。プリンスは特別。推薦文書いてもらうんだ」
「推薦文?」
「フィフィはプリンスの元婚約者でしょ? プリンスの推薦文は話題性抜群、メッチャ売れちゃう」
ハハッ、閣下とジェロンさんが唖然としとるわ。
フィフィの本は次に続く本のために、ぜひとも当てないといけないからね。
やり方に拘っていられないのだ。
「やり口が悪魔的だ……」
「悪魔的だぬ!」
「そんな最大級の賛辞を贈られても」
「賛辞じゃないからな?」
笑い。
「ルーネには一冊あげたんだ。読みたければルーネに借りて」
「わかった、ありがとう」
ルーネと喋るきっかけを作ったったことは理解していただけたらしい。
サービスだよ。
優しい世界。
「ルーネも皇帝選に出ないって」
「えっ? 当たり前だろう?」
「当たり前ではないよ。ルーネは立候補してもシャレですんじゃうから、出ると面白いぞ鉄板ネタにできるぞって煽ったら、ちょっと揺らいでた」
「君は何をやってるんだ!」
何言われても、あたしはエンタメを求める乙女なんだってば。
プリンスとジェロンさんが苦笑してるけど。
プリンスが言う。
「フロリアヌスが出馬しないというのは本当なのかい?」
「記者さん達の取材によると、周囲にはそう漏らしてるみたいだね。でもフ殿下を推す勢力もあるんだろうから、最終的にどういう決断になるかはまだ何とも」
「その他に記者諸君が掴んでる情報はあるかい?」
「マルクス殿下ガイウス殿下が皇帝選に出るかもって」
「マルクスとガイウスが? ふむ」
次期皇帝に相応しいと思うのは誰か新聞購読者アンケート?
いーんだよ、余計なことは言わなくて。
しかし閣下もプリンスも、マルクス殿下ガイウス殿下には全然興味なさそうだな。
要するにザコってことか。
まー同母兄弟なら支持層似たようなもんだろうし、ただでさえ勝ち味薄いんだから普通はどっちか一人に一本化するよなあ。
兄弟仲悪いのかもしれんけど、マジで二人とも出馬するなら忘れてよし。
「ドミティウス殿、先帝陛下の葬儀はいつになりますかな?」
「来月末で調整していますよ。具体的な日付けはまだですが」
頷くうっかり元公爵。
新帝即位後本当にすぐ葬儀だな。
「今からうっかりさんラグランドに送るんだ。ジェロンさんも行く?」
「噂に聞く転移か。体験してみたいのは山々だが、武官文官やその家族達もいるのでな。船でまいる。明日出航だ」
「そーかー」
「ラグランドの情勢は問題ないんだな?」
「大人しくしてた方が得だって理解させてきたから、大丈夫だと思う。ラグランドの民は指導者層の言うことをよく聞くんだよね。うっかりさん送る時に異変が見られたら報告しに来るよ」
あと聞かなきゃいけないことは……。
「次の在ドーラ大使ホルガーさんが着任する時って、随員はどうなるの?」
「必要かい?」
「武官はどうでもいいけど、文官は欲しい」
頷くプリンス。
「では文官を多めに手配しよう」
「兄上、三人いれば十分です」
「うん、今の貿易規模なら三人いれば御の字だな」
「武官や魔道士はいいのかい? ドーラは魔物が多いんだろう?」
「多いけど街中に魔物はいないわ」
どーも大きな誤解がある。
いや、あたしもドーラでお肉は骨皮付きでその辺を歩いてるみたいな冗談飛ばすから、責任がないとは言わないけど。
「さて、昼御飯をいただいたら帰る」
「しっかりしてるね。すぐ用意させよう」
「やたっ、閣下ありがとう!」




