第1671話:来たるべき日
――――――――――二六四日目。
来たるべき日。
◇
『御主人、御主人! 起きてくださいぬ!』
んー? 赤プレートからの通信だ。
ヴィルか。
こんな朝早くからどうしたんだろ?
『朝だぬ! 七時だぬ! わっちは待ってたんだぬ!』
「ヴィルはいい子だな。でももう三分、いや三時間だけ……」
『皇帝が死んだぬ!』
「えっ?」
すげえ目覚ましワードだな。
一発で眠気すっ飛んだわ。
「ヴィルが掴んだ情報を簡単に話してくれる?」
『今朝の未明に当直の侍医が気付いたそうだぬ』
「伝聞か。誰に聞いたの?」
『ガルムがわっちのところに来たんだぬ。それで教えてもらったんだぬ』
「ガルちゃんからの情報か。とゆーことは、主席執政官閣下があたしに伝えろって言ったんだな?」
早めに施政館に顔出しとくのが吉だな。
あたしでなければできないこと、おそらく各地への連絡の役を振られると思われる。
『わっちも皇宮の様子を探ってみたぬが、すごくバタバタしてるぬ。でもまだ帝都市民は皇帝の死を知らないぬ』
「よし、ヴィル偉い」
やるべきことがたくさんある。
優先順位が高いのは……。
「朝御飯だな。腹が減っては何にもできん。その前にサイナスさんのところへ飛んでくれる?」
『わかったぬ!』
「ユー様……」
あたしを起こしに来たクララが不安そうな顔をしている。
「今の聞いてた?」
「はい」
「朝方に死なれると迷惑だな。睡眠時間に影響してしまう。あたしの都合も考えてもらいたい」
「あはは」
「今日は美少女精霊使い大活躍の巻だな。出ずっぱりになりそう。留守は頼むね」
「わかりました……大丈夫でしょうか?」
「時間の問題だった。来るべきものが来ただけだから、あたしはやるべきことをやるだけ。せいぜい世の中が混乱しないように立ち回らないとね。今まで積み重ねてきたことがパーになっちゃう」
何が困るって、帝国が浮足立ってドーラが迷惑するのが一番困る。
しかしあたしには陛下の遺書がある。
新聞記者が存在を発表してくれれば、当面の皆の興味の対象は遺書に向き、混乱は大きくならないはず。
あれ、ちょっと待てよ?
陛下の逝去って隠さず発表されるんだよな?
赤プレートに反応がある。
『御主人! サイナスだぬ!』
「サイナスさん、聞こえる?」
『ユーラシア、どうした? まだ寝てる時間だろう?』
「そんなことないわ! ちょうど起きる時間だわ!」
『起き抜けだから不機嫌なんだろう?』
「違うとゆーのに。突然の訃報です。帝国の皇帝陛下が御逝去されました」
『えっ!』
「あたしあちこち連絡に回らないといけないんだ。悪いけどエメリッヒさんキャンセルしといて」
『わ、わかった』
「陛下が亡くなったこと、まだ公表されてないんだ。しばらく伏せとくってこともなくはないから、内緒にしといて」
『ああ』
「お悔やみの言葉は、『このたびは御愁傷様です。突然のことで大変驚いております。心からお悔やみ申し上げます』で問題ないかな?」
『いいと思う』
「これしっかり覚えていかないとな。肝心なところで噛むと、ドーラ人の恥を晒してしまう」
『ユーラシアの配慮はどこかおかしい』
全然おかしくないわ。
まったくサイナスさんは何を言っているんだ。
「詳しいことは夜に報告するよ。ヴィル、ありがとうね。こっちにおいで」
『はいだぬ!』
よーし、朝御飯朝御飯!
忙しくなりそうだからたっぷり食べとかないとな。
食事はパワーの源なり。
◇
フイィィーンシュパパパッ。
皇宮にやって来た。
いつものサボリ土魔法使い近衛兵が慌てているようだ。
陛下が亡くなったんだから当然と言えば当然。
「おっはよー」
「おはようぬ!」
「あっ、精霊使い君! いいところに来た!」
「二人合わせてウルトラチャーミングスっていうの、ここでもやりたかったんだけどな。まあいいや。このたびは御愁傷様です。突然のことで大変驚いております。心からお悔やみ申し上げます」
ビックリするサボリ君。
「あっ、君知ってたのか!」
「バカにすんな! お悔やみの挨拶くらい知ってるわ! とゆーかさっき一生懸命覚えたわ! 一応確認するけど、間違えてなかったよね?」
「そうじゃなくて!」
今のは笑うところだったんだが。
さすがに笑うのは失礼か。
陛下って冗談が通じる人だったのかなあ?
顔で笑って心で泣いて、いや、逆のがいいかな?
「陛下が亡くなられたことだよ」
「うん、聞いた聞いた。朝変な時間に起こされて睡眠時間が三分足りない」
「わっちはちゃんと七時になるまで待ってたぬよ?」
「あたしの睡眠時間は一〇時間三分なんだ。つまり夜九時から朝七時三分まで寝るの。この三分の余韻が重要で、あたしの心の余裕を生むんだよ。覚えておこうね」
「そうだったぬか。ごめんなさいぬ」
「ヴィルはよく働いてくれてるじゃないか。とってもいい子だからいいんだぞ? ぎゅー」
「ふおおおおおおおおお?」
「漫才やってる場合じゃないから!」
「そお? この抱擁漫才がないと笑いどころがなくなるぞ?」
「急いでるんだ!」
思ったよりサボリ君がイラついた顔してるから、冗談はこのくらいにしておこう。
あたしも雰囲気が読める子で偉いな。
名残惜しそうなヴィルを離す。
……この様子だと陛下の死を秘匿することはできないな。
すぐ公表されると思われる。
「精霊使い君はどこまで知ってるんだ?」
「今朝未明に陛下が亡くなられたことってことと、皇宮が慌ただしいってこと。どうやらまだ市民に公表されてないみたいだってことくらいだよ」
「俺が知ってるのもそれだけだ。君えらく耳敏いじゃないか。どうやって知った?」
「えーと、悪魔の情報ネットワーク?」
「悪魔の情報ネットワークだぬよ?」
あえてぼかした言い方にしておく。
主席執政官閣下のところにガルちゃんがいるってことは、知られない方がいいだろうから。
ヴィルがこう言ってるんだから納得するだろ。
「そうか、すごいな」
「すごいんだよ。でもドーラで御飯食べながら待ってたところで、より多くの情報が入るわけじゃないじゃん? だからこっちに様子見に来たんだ。まだ新しい展開はないのかな?」
「俺のところにはな。詰め所にはどうだろう? 何か知らせが入ってるかもしれない」
「あたしにできることがあれば手伝うけど」
「施政館から指令が来ているかもな。急ごうか」
近衛兵詰め所へゴー。




