第1642話:やはり遺書に
にこやかに主席執政官閣下が話しかけてくる。
「最近変わったことはあったかい?」
「エンターテインメントを期待されてるなら、特にはないかな。あ、ルーネから聞いてるかもしれないけど、ガリアの王様のお妃はベアトリーチェって子に内定した」
「……聞いてないな。どんな方だい?」
ルーネよ、お父ちゃん閣下と話してやれよ。
報告連絡相談は必要だぞ?
「どこぞの郷士卿の娘で、触ると柔らかいからあたしはぽにょって呼んでる。穏やかなすごくいい子だよ。優しい性格や子をたくさん産めそーな身体は高く評価されているんだって。王様とは幼馴染で相思相愛だな」
「ピエルマルコ王は積極的で果敢な性格だ。だから逆に温厚な妃を選んだのかもしれないな」
「ルーネもぽにょと結構話してたから、印象聞いとくといいと思うよ」
「感謝するよ」
ハハッ、ルーネと話す機会を作ったった。
「テテュス内海で天使国アンヘルモーセンがブイブイ言わせてるのは、食料が豊富だからと聞いた。仲のいい隣国のダイオネアとラージャが農業国なんだって?」
「アンヘルモーセンとダイオネア、ラージャは、天崇教で結ばれた三位一体の国みたいなものだからね」
「寒いのは一緒なのに、何でダイオネアやラージャは農業国なんだとゆー話になってさ」
「ふむ?」
閣下も考えたことなかったか。
「ダイオネアの耕作やってる北限を、ガリアの王様と見に行ったんだ。そしたらライ麦・ソバ・ジャガイモの耐寒品種を使って、えらい複雑な輪作してた。先進的な農業を国家ぐるみでやってんの。ビックリしたわ。ガリアの王様もショック受けててさ。その耐寒品種を資料としてもらってきたから、今後数年でガリアの農作物生産量は上がるよ」
「聞き捨てならない情報だね」
「いや、帝国にはあんまり関係ないんじゃないかな。商品価値の高い小麦その他の作物を北国で作れるようになるわけじゃないから。アンヘルモーセンが内海で幅利かせてる理由の一つである、ダイオネアとラージャからのライ麦・ジャガイモがこれまでみたいな神通力を発揮できなくなるってことだよ」
「なるほど、プラス面もある……」
アンヘルモーセンのテテュス内海支配力を弱めるという意味ではね。
「一昨日タルガの周りの魔物とか調べてきたんだ。いやあ、おいしそうな魔物がいない。不毛の地」
「ハハハ、御苦労だったね」
「草食魔獣を見かけなかったね。ってことは草食魔獣がエサにできるような植物がまともに育たないのかもしれない。あの辺手入れて開拓しようって考えてるなら、ムリじゃないかな。よっぽど資金と労力入れれば可能かもしれないけど、それだけのリターンがあるような気がしない」
「タルガの町だけ見ていてはわからないことだな」
「タルガを拡張するのはありだな。食糧の自給は絶対ムリだから、輸入と帝国本土からの輸送に頼ってさ。代わりに職人や工場労働者集めて加工品を輸出するとか。交易でものが集まる特殊な地ではあるからね。今みたいに商人と辺境開拓民だけで成り立ってるのはもったいないと思った」
「ふむ、そうか。となるとやはりテテュス内海貿易活発化がカギになる……」
「今度もっと広い範囲で辺境開拓民集落を見てくるよ」
「よろしくね。ところで……」
やや閣下の表情が硬くなる。
来たか。
「ユーラシア君、陛下の……父上の遺書を預かっていないか?」
「預かってるよ。ガルちゃん、出ておいで」
魔力が高まり、ガルちゃんが現れる。
「あら、御機嫌よう」
「ガルムがいることを知ってたのかい?」
「ガルちゃんは気配を消すことが上手だけど、わかる人にはわかっちゃうぞ? あたしじゃなくても、達人のボクデンさんや特殊な固有能力持ちのリモネスさんは気配を感じると思う」
頷く閣下。
ははあ、やはりリモネスさんの近くにガルちゃんを遣るのは危険と思っていたか。
ならば……。
「ガルちゃんは陛下とうっかり元公爵のやり取りを見てたんだ?」
「うっかり元公爵? グレゴール公爵のことならばそうですわ」
「ガルちゃんから報告を受けて、閣下はあたしが遺書を預かってるかもと予想した?」
「そうだ」
「やるなあ」
どうやらリモネスさんの持っていた、二通目の遺書のことは把握していないな。
「閣下の想像の通り、隠居の身の上だから持つには重過ぎる、好きなように使ってくれって、うっかり元公爵に渡されたんだ。一三日前、ラグランドへ遊びに行った時に」
「内容は?」
「いや、見てないの」
「ユーラシア君もグレゴール殿も?」
「うん」
「……そうだろうな。性格的にユーラシア君もグレゴール殿も」
考えたってムダだぞ?
考え方を誘導しちゃうからな。
「単なる私信かもしれないが」
「あり得ることだね。でもうっかりさんは、『この手紙を託す、カル帝国を頼む』って陛下に言われたんだって。うっかりさんの言ってることが本当なら、結構重要なことが書かれてると思うけど」
「ユーラシア君は遺書をどうするつもりなんだ?」
「こんなん持たされても困っちゃうじゃん? あたしの手にも余るわ。で、リモネスのおっちゃんに相談したの」
「うん、妥当だね」
どうやらあたしがリモネスさんに相談することも予想の範囲内のようだ。
実に好都合。
こう言っておけば、リモネスさんは遺書の存在は知っていても当事者ではないと思うだろう。
「陛下が亡くなったらすぐに、うっかり元公爵が陛下から託された遺書と思われるものがあるから内容を発表するよ、ってことにした」
「ふむ?」
「いや、もらったのがうっかりさんで預かってるのがドーラ人じゃ、内容に信頼性がないじゃん? 肝心の内容だって必ずしも意味があるとは限らないんだし。発表後に真贋や重要性を判断してもらえばいいんじゃないかな」
事実だが真実から遠い話法だ。
閣下はどう判断する?
「遺書を預からせてもらうわけにはいかないか?」
「陛下にもうっかりさんにも失礼だから、それはできないな」
「わかった、ユーラシア君に任せるよ」
よーし、通った!
今日の用は終わり。
「アデラちゃんが広報担当の役職に就くことと、あたしの非常勤の施政館参与兼臨時連絡員就任は、新聞記者に言っちゃっていいのかな?」
「もちろん構わない」
「ありがとう。新聞記者にネタを提供してやれるわ。じゃあまたねー」




