第1592話:右手の疼き
『おう、精霊使いだな?』
「そう、美しき美少女のあたし」
昼食後、ヴィルを介した通信でイシュトバーンさんと連絡を取る。
美しき美少女とゆーのは、最近気に入っている強調表現なのだ。
大事なことは重ねろ。
「今日の夜、御飯食べに行ってもいいかな?」
『おう、来い。面白い話があるんだな?』
「どちらかとゆーと面白くない話かな。ただ状況が煮詰まってきたから、イシュトバーンさんにも知っといてもらいたいの」
『ハハッ、楽しみにしてるぜ』
イシュトバーンさんは何でも楽しもうという姿勢が顕著だなあ。
『アトラスの冒険者』廃止について、イシュトバーンさんには伝えておこうと思う。
新『アトラスの冒険者』をどうすべきかについて、あたしの考えていなかった意見を聞けるかもしれないし。
『あんたの持ってくる話はさておき、責任を取ってくれ』
「責任とかゆー、聞きようによっては重い言葉が飛び出してきたぞ? その心は?」
『右手が疼くんだ』
「老人病? お迎えが近いの?」
『違えよ!』
じゃあ何だろ?
予想がつかないんだが。
『この前温泉でルーネロッテ皇女殿下の絵を描かせてもらったろう?』
「素敵にえっちな絵だったねえ。見せた人には好評だったよ。主席執政官閣下に献上しました。もう閣下が誰にも見せないだろうから、世には出ないけど」
『あまりにも会心の出来だったからな。もっと描きたいと右腕が訴えるんだぜ』
「要求を拒否すると、今度は右腕がセクハラに訴えそうだね?」
『わかってるじゃねえか』
「どんな迷惑な右腕だ。つまり可及的速やかに美女モデルを用意しろと?」
『わかってるじゃねえか』
いや、理屈は承知したけれども。
イシュトバーンさんが納得するモデルでしょ?
右手が疼くほどの禁断症状を鎮めるには、新規のモデルがいいんだろうし……。
「……ユーラシアの聖女のところ行こうか」
『ユーラシアの聖女? あんたのことか?』
「いや、あたしは聖女ユーラシア。帝都の汎神教ユーラシア教会に聖女キャロラインって子がいるの」
『以前名前は聞いたな』
「言ったっけ? 修道女は修道院から離れてどっか出かけることあんまりないと思うし、午後は時間あるはずだから、今から行こうか」
『あんたの見立てならいい女だろうが、修道女なんかが描かせてくれるのかよ?』
「その辺はどうにでも。でもただ働きになっちゃうけどいいかな?」
『右手の飢えを癒してくれるなら何でもいいんだぜ』
「じゃ、すぐ迎えに行くよ」
我が儘絵師にも困ったもんだ。
でも予定外のイベントが来るのは予想の内なのだ。
◇
フイィィーンシュパパパッ。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「やあ、精霊使い君いらっしゃい。今日は絵師殿も御一緒ですか」
イシュトバーンさんを連れて皇宮にやって来た。
いつものサボリ土魔法使い近衛兵だ。
「この前のルーネの絵が会心の作だったもんだから、また描きたくなっちゃったんだって。モデルを紹介しろって」
「ほう、またルーネロッテ様を描くのかい?」
「お父ちゃん閣下のほとぼりを冷まさなくちゃいけないから、別の人だな」
「じゃあ誰を?」
「ユーラシア教会の聖女キャロラインがいいかなと思ってるんだ」
「ああ、なるほど」
「近衛兵君の目から見ても、聖女キャロラインはいい女かい?」
「それはもう。グリーンの瞳が印象的な女性ですよ」
「イシュトバーンさん、好みがうるさいからさ。アポなしで描かせてくれる人って、あんまり心当たりがないんだ。キャロならいいかと思ってさ」
思い出したようにサボリ君が言う。
「昼にルーネロッテ様が近衛兵詰め所にいらしたぞ。今もいらっしゃるかはわからんが」
「ルーネが?」
忙しいだろうに、割と詰め所に来るんだな?
「ルーネの社交界デビューっていつなんだろ?」
「そりゃ皇帝陛下の回復次第だぜ」
「デビューは慣例上、陛下へのお目通りが必要だからね。陛下が去年から長く病床にあるので、略式でデビューした令息令嬢も多いよ。たださすがに皇族のルーネロッテ様が、お目通りなしというわけにはいかないだろう」
「ふーん、勉強になるなあ」
陛下が回復することはまずないから、崩御後新帝の元でのこととなるか。
「ルーネはあたしに何の用があるのかな?」
「ヴィクトリア様がどうのと仰っていたよ」
「ヴィクトリアと言うと、今上陛下の第一皇女だろう?」
「うん。会ったことないけど」
「いい女かそうでないかが重要なんだぜ」
「ブレないなあ。どうなの?」
「きつめですが美人ですよ」
第一皇女だと四〇歳越えてるはず。
何だかんだでイシュトバーンさんは若く見える女性が好きだからどーだろ?
守備範囲に入らない気がする。
近衛兵詰め所にとうちゃーく。
「こんにちはー」
「こんにちはぬ!」
「ユーラシアさん!」
ルーネとヴィルが飛びついてきた。
最早お馴染みだなあ。
で、どーした?
「はい、あの、ヴィクトリア伯母様がユーラシアさんを連れてこいと」
「えっ?」
あたしはモテるので、男の人が会わせろとゆーケースはあるけど、女の人は珍しいな。
冒険者話でも聞きたいんだろうか?
「何の用か言ってた?」
「いえ、特には」
「今日はイシュトバーンさんの右手の疼きを抑えるという大事な用があるんだ。でないとセクハラ事件が起こってしまう」
「あっ、絵師様。絵は父に大変喜んでもらえました。大事にしまっているようです」
「そりゃ良かったぜ。絵師冥利に尽きる」
「あれ喜んでたのかなあ?」
「複雑な感情だったぬ。喜びも混じっていたぬよ?」
ふむ、じゃあ閣下も嬉しいことは嬉しかったんだな?
めでたし!
「明日なら空いてるけど?」
「では、明日の午後でよろしいでしょうか?」
「うん、じゃあ明日は昼過ぎくらいに来るよ」
明日にはキャロの絵が仕上がってるだろうから、ユーラシア教会に届けてからになるかな。
「今からユーラシア教会に行くんだ。ルーネも行く?」
「ごめんなさい。ヴィクトリア伯母様にお呼ばれしているので」
「そーだったか。じゃあ、明日ね」
「バイバイぬ!」
ヴィクトリアさんも可愛い姪っ子ルーネを気にかけてくれているのかな。
とゆーかお父ちゃん閣下の要請かもしれない。
第一皇女というからには、社交界でブイブイ言わせてる人だろうから。
何はともあれ、ユーラシア教会にしゅっぱーつ。




