第1586話:ダイオネアの北限農法
「御主人!」
「よーし、ヴィルいい子!」
飛びついてきたヴィルをぎゅっとしてやる、いつものセレモニーだ。
王様とぽにょがキョロキョロしてる。
「ここがダイオネアか」
「ダイオネアで農業が行われている、ほぼ北限だぬよ?」
「少し寒いですね」
うむ、ガリア王宮のある辺りよりは明らかに気温が低い。
「これ、春蒔きの麦だよね。ってことはライ麦かな?」
「であろうな」
見渡す限り緑の芽に覆われた畑だ。
すげえ大規模な農業だな。
「北限の農業って言うから、ちまちまと栽培してるもんかと思ってたわ。メッチャ本格的やんけ。全然予想が外れたわ」
「確かに。管理の行き届いていることが一目でわかる畑だな」
「ドーラではこんなに広い畑はないよ」
「ガリアにも大規模な畑は多いのだぞ」
「ふーん。規模が大きいと生産コストを低く抑えられるよね。いいなあ」
「しかし気候が作物の種類を限定してしまうからな」
「そーだった。難しいな」
ドーラは人口が多いわけじゃないので、魔物さえ何とかなれば大規模農業も可能になりそう。
西域でサトウキビや綿花を大規模に栽培したいな。
帝国へ輸出してガツンと儲けたい。
大規模農業のノウハウを持ってる人も必要か。
「ユーラシア配下の精霊達は何を調べているのだ?」
「精霊にはそれぞれ専門分野があるんだよ。うちの子達は植物、土や石、天気や気候が専門分野だから、他所と違うところがあれば教えてくれるの」
「ほう、心強いな!」
心強いんだよ。
うちの子達はひっじょーに優秀だからな。
何々?
「土は普通でやや酸性気味。かなり肥料分を入れてる。年間を通して降雨ないし降雪がある模様だって」
「そこまでわかるのか。驚きだな」
「水には困んないみたいだね。肥料分をどこから持ってきてるのかって問題はあるけど、寒いところで育つ原因にはならないな」
クララがコクコク頷く。
「つまり?」
「栽培しているのが耐寒性の品種であるとしか考えられない。常識的には」
「これをガリアに持ち帰って増やせば、農産物の増産が可能になる?」
「多分ね。でも育て方にコツがあるかもしれないから、農家の人の話聞きたいな」
どっかに誰かいないかしらん?
ダンテが指差す先に人?
目がいいなあ。
「クララ、お願い」
「はい、フライ!」
フワッと浮かび、びゅーんと飛ぶ。
「きゃあああああ!」
ぽにょはクララのスーパー『フライ』は初めてだったか。
慣れるとすごく気持ちいいよ。
頑張れ魂レボリューション。
「こんにちはー」
「おおお? 何づらあんた達やあ?」
地に降り立つと農民のおっちゃんの腰が引けてる。
まあこんなとこ滅多に人来ないだろうし、驚くのはわかる。
……づら、ってのはいいな。
「怪しい者じゃないよ」
「ウソづら! どう見たって怪しいづら!」
「怪しいって言われるとそんな気もするな。じゃあ怪しい者だよ」
「怪しいやづは本当のことを言わねえづら! さては怪しくねえづらな?」
「えっ? 何それ。混乱するわ」
ド田舎に置いとくにはもったいないセンスだな。
「あたし達はガリアから取材に来たんだよ」
「ガリア? 外国の人だったづらか。道理で肌の色が変わってたり空飛んだり、ハイカラだと思ったづら」
「ハイカラですますのがすげえ。それはともかく、寒冷地の農業について知りたいんだよ。おっちゃん、取材に協力してくれない? もちろん御礼はするから」
「いいづらぞ?」
「ここすごく寒いところでしょ? なのに農業が成り立つのは、天使様のおかげなの?」
「よく知ってるづらな。普通はこんな夏の短い土地で作物は育たないらしいづら。天使様の加護があるからづらぞ」
素の反応だ。
少なくともこのづら農夫は天使の加護を信じているらしい。
「作り方にも工夫があるみたいだね。ここに植えてるのは全部ライ麦なんでしょ?」
「見えている範囲はそうづらな。ライ麦の畑とジャガイモの畑とソバの畑を、一年ずつ入れ替えて栽培しているんづら」
連作障害を防ぐ工夫だろう。
灰の民にはよく知られている手法だが、これほど大規模に行っているとは。
「作ってる作物を入れ替えるってのは誰のアイデアなの?」
「学者さんだと思うが、ちょっとわからないづら。農作物大増産計画が推進されて農地をここまで広げた時に、決められたやり方に従えという指導があったと聞いてるづら」
農作物大増産計画という計画がかつてあったらしい。
このづら農夫も直接知らないことみたいだから、おそらく二〇年以上は昔のことだろう。
「随分肥料も使ってるみたいだね」
「放牧地があるづら。肥料はそこで作っていて持ってくるんづら。放牧地と畑も六年に一度入れ替えるんづらよ」
「メッチャ複雑な輪作をしてるんだねえ」
「天使様の加護があってのことづら」
「この畑はどこまでがおっちゃんの土地なの?」
「国有地づらぞ? おいらは国に雇われている小作なんづら。おいらの自前の土地はないが、借地があってそこの小屋に住んでるづら。小屋の周りのさほど広くもない畑で作っている作物は、おいらのものとしていいことになってるづら」
王様と顔を見合わせる。
こりゃすごい。
大規模なだけじゃなくて、国の完全な管理の下で行われているかなりシステマチックな農業だぞ?
優れた耐寒品種を持っているだけじゃなくて、様々な栽培上の工夫もしているから、気候的には恵まれない地であっても農業国として通用しているんだろう。
すげえ参考になるなあ。
来てよかったよ。
「おっちゃん、よくわかったよ。取材協力ありがとう!」
「いやいや、どうってことないづら。おいらも家族以外と喋れたのは久しぶりで嬉しいづらよ」
「おっちゃん。これ、お礼だよ」
「えっ? お金づらか? いくらあるづら?」
「一〇万ギルだよ」
王様とぽにょも驚いてる。
ピュアセイント勲章の副賞としてもらったやつだよ。
「い、いいづらか? 結構な大金づらよ?」
「いいんだよ。おっちゃんきちんと取材に協力してくれたじゃないか。すごくありがたかったぞ? これもあげる。焼いても煮てもおいしいお肉だよ」
「おおっ、肉の塊づら、大御馳走づら!」
「代わりにライ麦とソバとジャガイモ、少し分けてもらえないかな? 資料にしたいんだ」
「お安い御用づら。小屋まで来てくれづら」
「案内してよ。クララ、お願い」
「はい、フライ!」




