第1564話:理由を取ってつけたい乙女心
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後、毎晩恒例のヴィル通信だ。
今日も行政府から帰ったあと、魔境で一稼ぎしてきた。
穏やかな日常というやつだ。
「魔境はね、あたしにとって安らぎを得られる地なんだよ」
『金と経験値も得られるんだろう?』
「まあそうなんだけど」
サイナスさんはズバリ本質を突くなあ。
おゼゼと経験値ばかりじゃないわって言いたい。
でも魔境でおゼゼと経験値なしだったとして心が安らぐかって言われると、素直に頷けないのは事実。
でも魔境が安らぎなのも事実なのだ。
「ただうちの子達以外、誰にも共感してもらえないんだよね」
『魔境がいいところだという、ユーラシアの主観にか?』
「主観で片付けられるとなー」
『得られるものが多い、ということに関しては正しいんだろう。でも普通はリスクと天秤にかけるからな?』
「サイナスさんの言うことが正しいとする。でもレベルが高くなってリスクが低くなれば、メリットの方が大きくなることにならない?」
ところがどーゆーわけか魔境を卒業しちゃう人が多いんだよな?
マジで謎。
『『アトラスの冒険者』は裕福な者が多いんだろう?』
「まあ。皆結構稼ぎやすい転送先持ってると思う」
『じゃあわざわざ魔境に行く必要がない』
「あれえ? 皆魔境よりもいい転送先を持ってる説浮上?」
『魔境の植物に価値を見出してたり、魔境そのものが楽しいって言ってたりする冒険者は君だけなんじゃないか?』
「ようやく魔境そのものが楽しいとゆーあたしの思いに賛同してくれたか。でもうちのパーティー以上に魔境を楽しんでる人はいないなあ」
これはオニオンさんの反応からして確か。
『普通は新しいクエストにより興味を引かれるんだろう』
新しいクエストに興味を引かれるというのはわかる。
言うほど魔境も安全じゃないしな。
特に最近は謎経験値君がヤバいし。
「魔境には有用なものが多いんだけどなあ。今は有用な植物目当てで行ってるんだ」
『新緑のいい季節だもんな』
「ちょこちょこクララが面白いものを見つけてくれるの。でもさすがに魔境クレソンみたいな即戦力はなくてさ。いつか使うかもとか、シーズンに取って食べようってとこかな」
わざわざ育ててみようと思えるのは、ハーブや香辛料の類くらいだ。
「魔境収穫物はともかく、レッドドラゴンの普通の鱗をたくさん剥がしてきたよ」
『ああ、ドラゴンの鱗に繋がる話だったのか。助かるよ。エメリッヒ氏の研究も捗ると思う』
耐火性のある生体材料が、魔力かまど作製に必要とのことだったのだ。
でも鱗毟りしてると、他の魔物も集まってきちゃうんだよな?
好戦的な魔物の密度が高いドラゴン帯は、剥ぎ取り作業に向いてない。
いや、量産化のことはあとで考えりゃいいか。
あたしが冒険者になって以来、ドラゴンを倒すハードルが低くなってるってこともあるし。
「今日、貴公子こてんぱんイベントの騎士ライナー君を、元騎士で立派に公爵やってるフリードリヒさんに会わせる日だったんだ」
『またお節介を焼いてるのかい?』
「これは確かにお節介かな。ライナー君は剣術バカだから、いろんな経験させとけっていう」
とゆーか、フリードリヒさんに引き合わせること自体も目的だった。
人脈大事。
「ライナー君の実家ツムシュテーク伯爵家は、結構な金持ちみたいなんだ。ライナー君に恩着せとくといいことありそうだし」
『ユーラシアは世話が好きだね』
「おゼゼのかかんない投資だよ。将来が楽しみなやつ」
一度伯爵領にも行ってみたいものだ。
港町タムポートの隣だそうだから、あんまり遠いところじゃないし。
「そしたらおかしなことになった。例によって例のごとく」
『またか。多いパターンだな。巻き込まれたのは公爵か、ライナー騎士か?』
「ルーネも一緒だったけどね。今回はエンターテインメント系のハプニングじゃなかったんだ。フリードリヒさんがお茶にすごい興味あったみたいで」
『お茶? 例の最高級冷茶?』
「うん。超すごいお茶『リリーのお気に入り』。フリードリヒさんとこのお屋敷に遊びに行くと、いつもおいしいお茶出してくれるんだよ。拘りがあるのかなと思って、超すごいお茶飲ませてみたらメッチャ食いつかれた」
『上得意様ができたということだな?』
「だけじゃなくて、産地に連れてけって言われちゃったんだ。おかげでライナー君に先輩風吹かしまくるフリードリヒさんを見て、茶々入れながら笑うというイベントが潰れちゃった」
『大貴族を笑い者にする計画立ててるのがえぐい』
あんまり面白そーなイベントでもなかったから、潰れたこと自体はいいんだが。
「フリードリヒさんが、ザバンのお茶栽培事業におゼゼ出してくれることになったんだ。毎年二〇万ゴールドもだって」
『ほう? しかしザバンの茶葉は全てドーラ政府買い取りになってるんだろう? 見返りがないじゃないか』
「いや、その契約にはあたしが生産量の二〇分の一を上限に生産者価格で買い取れるっていう特約がついてるの。あたしの買取枠の半分をフリードリヒさんに譲った」
『自分に有利な条件を潜り込ませてるところが君の抜け目ないところだな』
「あたしだってあのお茶必要だからさ」
もったいぶって驚かせるのに最適のアイテムなのだ。
「でもあたしの必要量は多くないの」
『君、あのお茶あんまり飲んでないんじゃないか?』
「まあ。ほぼ販促とか試飲とかに使ってる」
『どうして?』
「量がないってこともあったけど、ぶっちゃけお茶ではお腹が満足しないから」
『極めてユーラシアらしい理由だった』
「超すごいお茶を口にすると、心を揺さぶる正体不明の何かがセンチメンタル中枢を刺激してほにゃらら」
『……理由を取ってつけたい乙女心?』
「あっ、見抜かれた! サイナスさんやるなー」
お腹に溜まらないものは、たまにちょっと楽しむくらいでいいんだよ。
おいしいものを食べる方が重要なのだ。
というより、他のおいしいものを発掘したい。
「明日タルガ行ってくるよ。『訓練生』持ちの人連れて」
『スティーヴ氏な?』
「モブの名前は覚えられんな。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『了解だぬ!』
明日はタルガだ。




