第1465話:デリカシーはあるわ!
「サイナスさん、こんばんはー」
『ああ、こんばんは』
夕食後に毎晩恒例のヴィル通信だ。
「さっき言わなかったけどさ。今日の午前中はねえ、西域のクルクルっていう自由開拓民集落行ってきたんだよ。輸送隊副隊長のインウェンが一時期住んでたところ」
『ん? 西域に住んでた? 知らない話だな』
「サイナスさんの興味を引いてしまった。クルクルにあたし嫉妬」
『そういうのいいから!』
アハハ、夜の掛け合いは心の潤い、よき睡眠の種。
クルクルとインウェンの因縁については、あたしも詳しくは知らんのだが。
「インウェンとその弟は、生まれは黄の民の村なんだ。でも小さい頃に両親に連れられてクルクルへ行って」
『しかし西域の自由開拓民集落は、黄の民の村よりずっと苦しいだろう?』
「集落によりけりだね。クルクルは魔物のせいで結構生活厳しい。西域でもカトマスと塔の村の中間辺りは魔物が多いの。両親が別れて、インウェンは母親と黄の民の村に戻ってきたという」
『そうだったのか。じゃあお団子副隊長の母方が黄の民の有力者なのか?』
「多分」
インウェンは明らかに基礎的な教育を受けている。
おまけに家柄を重視する黄の民族長のフェイさんの嫁に収まるってことは、結構な家の子には違いないのだ。
なのに故郷の黄の民の村を出たってことは、絶対何かあったに決まってる。
けどさすがに突っ込んでは聞けなかった。
あたしだってデリカシーはあるわ!
デリカシーがおいしい食べ物じゃないことくらい知ってるわ!
「インウェンの弟は父親とクルクルに残って、今は塔の村の冒険者なんだ。赤の民のカグツチ族長の娘レイカのパーティーいるじゃん? サイナスさんにも会わせた、あの時の拳士」
『ああ、黄の民っぽい人だとは思ったよ。言ってくれればよかったのに』
「いや、あたしもインウェンの弟だって知ったのは、もう少しあとだったんだ」
あんまり似てない姉弟だもんな。
サイナスさんに言う機会がなかったわ。
「レイカパーティーもクルクルと縁があるからさ。一緒にクルクル行って」
『うん、無事にユーラシアのトラブル体質に巻き込まれるわけだな?』
「無事って何だ」
主人公体質だとゆーのに。
面白イベントがあたしの魅力に引き寄せられちゃうの。
「クルクルではバルバロスさんとあたしの後輩の『アトラスの冒険者』が中心になって、村域を広げようとしててさ」
『つまり新型の魔物除けの札がよく効くから可能になったんだな?』
「そゆこと」
『君の目から見ても、新型の魔物除けの札は西域で有効か?』
「有効だね。村を守るにはかなり効果高いって。デス爺経由でバルバロスさんが西域に普及させると思う。でも道の魔除けとしては信頼性がないな」
『南部まで街道を通すとなると、どうしても碧長石が必要になる、か』
「でも碧長石入手の当てがない」
ある程度以上の大きさの碧長石を大量に手に入れられることができれば、今知る中で最強の魔物除けを作ることができる。
碧長石の魔物除けを量産できれば、クルクルから南部まで道を引ける。
南部と西域にとって、メッチャ経済的インパクトのある手段なんだけどなあ。
そしてドーラ全体にも多大な恩恵をに与えることができるのだが……。
『ユーラシアの構想は実現できれば有益だが』
「投資したおゼゼ以上に得があることがわかりきってるからね。ま、今は手をつけられない。サイナスさんもどこかで碧長石のこと耳にしたら教えてよ」
今は『アトラスの冒険者』代替組織を何とかしようとか、開拓地の水路が完成したら製塩事業始めようとかの方が優先順位が高いのだ。
ドーラは課題だらけだなあ。
「クルクルは街道沿いなんだけど、距離と魔物の関係で経営の難しい集落なんだよね。特産品もないし。でももう大丈夫だわ」
『ふむ、もっと厳しい集落もある?』
「いやー、クルクル以上に苦しいと住民が離散して、集落として成立しないんじゃないかな。ないと信じたい」
あたしの名前のついた自由開拓民集落はクルクルの西隣で、やはり厳しかった。
位置的にあの辺でやっていくのは難しいんだろうな。
しかし新しい魔物除けの札があれば、農作物を草食魔獣に食われるケースは激減するはず。
自給自足はできるだろ。
「緑の民の作った新しい紙を、紙屋のヘリオスさんにも見てもらったんだ」
『どうだった?』
「手応えありそうだったよ。サンプル一〇〇枚くらい買って帰ってもらった」
『本以外にも用途はあるのかい?』
「ありそうではあるけど、薄っぺらい紙なんだ。メモ用途需要が増えればもっと安い紙が生産されそう。でも緑の民は単価の高い今の主力紙を売りたそう」
割と中途半端な紙なのでは?
以前あたしが安い本売るぞーって構想を口にしなかったら、生まれなかった紙なんじゃないかって気はする。
『売る本はあるのかい?』
「悪役令嬢フィフィに頼んでた西域珍道中の原稿が上がってきたんだ。世界的大ヒット作にする予定だから、紙もかなり売れる」
『世界的大ヒットって』
「あたしが眠くならない程度にはエンタメ本として面白いよ。帝都の新聞記者に協力してもらって宣伝かければ、フィフィの知名度もあって売れちゃうな。えぐくない!」
『!』
今多分『あいかわらずえぐい』とか言いそうだったから、サイナスさんの機先を制してやった。
どーだ、まいったか。
「明日明後日はレイノス行く用事があるから、紙の様子も見てくるつもり。あとイシュトバーンさんに表紙絵頼んでこないと」
『イシュトバーン氏の表紙絵か。なら売れるだろうな』
「でしょ? 画集も帝国でガンガン売れてるみたいだし」
『ああ、毎回輸送隊がすごい量を運んでる。ドーラではほぼ行き渡ってから、ほとんど輸出用なんだろう?』
「だろうね。ガリアの王様に見せたらおおおって言ってたから、向こうにも輸出できるようになるといいな」
さすがに遠過ぎるか。
『文字を覚えるための札取りゲーム』をガリアで生産してもらうために、アレクケスハヤテの三人をガリアに連れていってもいいな。
一人用バージョンはガリアで先行販売してもいい。
「今日は以上だよ。サイナスさん、おやすみなさい」
『ああ、御苦労だったね。おやすみ』
「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」
『はいだぬ!』
明日は移民が到着か。




