第1449話:犯人は……
「結局あたしが見る限り、誰も怪しくないんだけど?」
「怪しくないぬよ?」
魔力炉の研究室を辞したあとの会話だ。
もちろんマーク青年の部屋から盗まれたという透明マントについてだが。
悪魔は負力を吸うという性質上、人間の感情には敏感なのだが、ヴィルも特に変だと感じていないらしい。
「間違いはないですか?」
「ないなあ」
「ないぬよ?」
希代のウソ吐きの達人とかなら、あたしが誤魔化されることもあるかもしれない。
でも魔道研究所なんて浮世離れしたところにそんな人がいるわけもなし。
大体あたしのカンなら、何かあれば察するはずだわ。
ルーネが言う。
「宮廷魔道士は今研究所にいる者だけで全員ではないのでしょう?」
「はい。でもなくなったのは今朝または昨日の夜ですし、長期休暇を取っている者が犯人とは考えにくいです」
「貴族の宮廷魔道士はそもそも認識阻害布の存在を知らないはずですぞ」
むーん?
行き詰まった感があるな。
大体マーク青年はどういう状況で盗まれたって言ってるんだろ?
「透明マントはどこにしまってあったの?」
「ボクの研究室の棚の上です」
「あれって使用者の魔力で起動して見えなくなるっていう仕組み?」
「そうです。パワーカードや『光る石』と同じような理屈と思ってもらえれば」
となれば単に棚から落ちて見えなくなっているとかではない。
「……マーク君の部屋にマジックウォーターや魔法の葉みたいな、魔力を出す系のアイテムはある?」
「ありません」
「透明マントがないって気付いたのはいつ?」
「今朝です。昨晩寝る前にあることは確認していたので……」
「え? マーク君が寝てる部屋で盗まれたのかよ?」
「ということになりますね。状況から判断するなら」
そんなことある?
いや、でもマーク青年抜けたとこありそうだからなあ。
「……マーク君の部屋、見せてもらえる?」
「はい、こちらへ」
マーク青年の研究室兼自室へ。
「普通だね」
「普通というのはどういう評価なんでしょうね?」
笑うマーク青年。
べつに部屋の使い方の評価じゃねーよ。
今まで見た他の研究室と変わらない構造だなってこと。
いや、部屋も片付いてるから、透明マントがなくなったこともわかりやすいだろうなと思う。
窓が少し開いてるけど、縦格子入ってるな。
窓から誰かが侵入することはできないし、風で飛んでくことも考えにくい。
が?
「……部屋の隅に何かいる」
「「「えっ?」」」
「静かに。後ろのドアを閉めて。ヴィルは窓閉めてくれる?」
「はい」「わかったぬ」
よし、これで逃げられない。
部屋の隅にゆっくり近付く。
小さい動物かな?
こっちを警戒している様子はない。
寝てるっぽい?
「捕まえた!」
「にゃっ?」
「あ、ネコか」
ネコが窓から入って、透明マントを被って寝てしまったということらしい。
正体見たり何とやらだな。
窓から逃がしてやる。
「もう来るんじゃないよ。今度とっ捕まえたらネコ鍋にしちゃうぞ?」
「にゃあ」
「アハハ、冗談ですよね?」
「冗談だよ。ネコはあんまりおいしくないって聞くし」
「「「えっ?」」」
ドーラにはほとんどネコいないんだよな。
あたしも旅商人が連れてたのしか見たことがない。
ネコ好きの人が食べちゃうんだろうか?
世の中ゲテモノ食いの人も存在するから。
魔道士長さんとマーク青年が喜ぶ。
「いやあ、無事解決してよかったですぞ!」
「まったくです。まさかネコが犯人とは……犯ネコとは」
アハハと笑い合う。
「ユーラシアさんにはお礼をしなきゃいけませんねえ」
「いいよ、お礼なんて」
結構面白いイベントだったし、興味深い話もたくさん聞けた。
ルーネも楽しんでくれたようだから、あたしとしては十分収支はプラスなのだ。
「ところでマーク君に聞きたいことがあるんだけど」
「何ですか?」
「この透明マント、ひょっとして被ると眠くなったりする?」
マーク青年に初めて会った時も今日のネコもぐっすり寝ていた。
眠くなる副作用があるんじゃないかな?
マーク青年が首をかしげる。
「……考えたことはなかったですけど、あり得るかもしれない、かな?」
「もし眠くなる効果があるなら、それだけを抜き出して付与することもできる?」
「可能だと思います」
「安く量産できれば売れるぞ。研究しよう」
「えっ? でも眠くなる布では予算が下りないですよ」
「兵士の疲労度を軽減する、確実な休息を約束する毛布って触れ回ればイケそう」
ウソじゃないしな。
よく寝られれば行軍や野営のストレスも減ると思うよ。
「魔道研究所で開発したものを一般販売するというのは……」
「うむ、今のところ民生利用は掛け声だけで、前例がありませんな。今後変えていかねばならぬこととは思いますが……」
「実際にものができてから考えようよ。安くていいものだったら、上から販売許可得るのも売るのも簡単だよ。頑張れ」
国庫が潤うなら反対する理由なんかないのだ。
魔道研究所だって予算が足んないんだろーが。
一つ前例ができれば、どんどん民生利用も行われるようになっていくって。
ただ透明マントは製作にすげえおゼゼかかるってことだった。
睡眠毛布がもし完成したとしても、高価じゃ売れないしな。
「全然関係ないけど、聞きたいことがあるんだった」
「何ですか?」
「エメリッヒ・ギレスベルガーってどんな人かな? 元宮廷魔道士だって聞いたよ。明後日移民としてドーラに来るんだ」
魔道士長さんとマーク青年が顔を見合わせる。
「貴族の宮廷魔道士で唯一研究棟詰めでしたな」
「発想の自由な人でしたよ。予算が下りないって、誰よりも不満を漏らしていた気がします」
「ドーラへ行きましたか。彼にとっては良いかもしれぬ」
ルーネが聞いてくる。
「気になる人なんですか?」
「ドーラにも魔道に詳しい人いるんだけど、絶対数が少ないんだよね。魔道に関する事業を起こそうと思っても、どないもなんないじゃん? ドーラの首脳に魔道に詳しい人欲しいって言ったら、ホームレスしてたエメリッヒさんを連れてくるってことになったの」
「ホームレス……生活はデタラメでしたな」
「大体予想通りだな。貴族だから生活力はないと思ってたんだ」
「よろしくお願いします。魔道に関しては一途な男です」
「うん、任せて」
明後日が楽しみだ。
マーク青年の部屋からラウンジへ。




