第1447話:研究棟を回る
コンコン。
魔道士長さんが一つの研究室のドアをノックする。
「……はい。あ、ドルゴスさん」
いかにも研究者って感じの、無精ヒゲのだらしないむさい男が出てきた。
いやだからルーネがいるのにこんなのに会わせちゃダメだろ。
お父ちゃん閣下に怒られそう。
とゆーか何かの罪に問われそう。
「朝からすまぬな。こちらドーラの冒険者ユーラシア殿とルーネロッテ皇女だ。魔道研究所の見学に来られた。よろしくしてやってくれ」
「はあ……」
明らかに眠そーでやる気なさそーな目。
何で来たんだ、研究の邪魔だと言わんばかり。
聖女と皇女に向ける目じゃないからな?
しょうがない。
この無精ヒゲ男が処刑されてもかわいそーだから手を貸してやるか。
「ルーネは主席執政官ドミティウス閣下の娘なんだ」
「……それで?」
「お父ちゃん閣下に溺愛されてんの」
「だから?」
宮廷魔道士は権力なんか関係ないぞって顔だな?
関係あるわ。
「まだ寝ぼけてる? ルーネの歓心を買えれば、あんたの研究にたくさん予算が……」
「ルーネロッテ様! 散らかっておりますが中へどうぞ!」
「おお、スイッチ入ったね」
ハハッ、やはり研究者は皆予算に四苦八苦しているんだなあ。
おゼゼには勝てない。
熱意を持ってまくし立てる無精ヒゲ男と、態度の急変に戸惑うルーネ。
ちょっと面白い。
「自分はカル帝国領の魔物について研究しておりまして……」
この無精ヒゲ男は帝国の魔物の研究家なのか。
興味あるな。
多くの凶悪な魔物が生息するというヴォルヴァヘイムの情報こそ不完全だが、それ以外の帝国で常在する魔物は皆チェックしてあるじゃん。
思った通りゼムリヤには魔物多いな。
「あっ、こっちの資料すごい! 『魔物図説一覧』より詳しいこと載ってる!」
「『魔物図説一覧』って何ですか?」
「一番信頼のおける魔物についての図鑑だよ。冒険者なら目を通しておきたいって本」
感心するルーネと鼻高々の無精ヒゲ男。
「帝国本土の魔物情報においては、自分以上の研究はない!」
「うーん、でも足らない情報もあるぞ?」
「えっ? そ、それは?」
「魔物の食味」
「食味?」
いや、食味はあたしの欲しい情報なんだけどね?
あれ、ルーネがワクワクしてるじゃないか。
その表情を無精ヒゲ男に見せてやりゃいいのに。
ポカンとする男を言いくるめ……に説明する。
「軍が利用できる研究ならば予算が下りやすいんでしょ? 魔物を食料資源と考えた時、どこでどれだけ現地調達できるかの情報は価値が高いじゃん」
「気がつかなかった視点だ!」
「おいしい、食べられないこともない、食用不可の三段階ぐらいでランク付けしてくれると使いやすいな」
「ヒントをありがとう! 早速進めてみるよ!」
「頑張れ、応援してるぞ」
ハッハッハッ、帝国魔物グルメマップが完成したら、あたしも使わせてもらお。
あたしにとって重要な魔物情報は、食味とドロップアイテムだから。
魔道士長さんとマーク青年がうまいこと他人を利用するなーって顔してる。
「次の研究室に行きますかな」
◇
「ケイオスワードの基礎研究は重要です。昔の魔道士のユニークな研究を残しておきたいものですね。特に失われた古い技術についての資料が、知識がないために捨てられてしまうのが問題で……」
「悪魔と対になる天使という存在は、御伽話にあるようなものではないんだ。イメージが先行している。一般にかなりの高レベルで、人間に対しては無関心を貫く……」
「苦みのない魔法の葉の変種があるんです。ただ残念なことにえぐみと渋みと不味さはそのままなんですよね……」
「最近ドーラから生活魔法という考え方が入って来ておるのです。軍事にも民生にも実に有用で、帝国でも研究を進めるべきと愚考いたします。が、魔道研究所で回せる人員も予算も少なく……」
「こちらがウインドスライダーに姿勢制御用の魔道具を取りつけた試作機です。これならば安全に滑空することができます。しかし価格が一〇倍ほどになってしまうため、安くするのが今後の課題なのです……」
「ホッホッホッ。『ミスリル』というのは不思議な金属でしてな。純度を高め過ぎると却って扱いづらいのじゃ。純度を一定以上に高めること自体も難しいのじゃが。合金としては……」
「魔力濃度の変化をモニタリングすることが必要だと考えているんですよ。過去大型魔物が出現した地域には特にです。魔力濃度の変化を追うことで、大型魔物の出現を前もって知ることが……」
「あっ、そちら噂の高位魔族ヴィルですね? 何と可愛い……」
「可愛いぬよ?」
実に面白かった。
知らないことを知ることのできる機会は貴重だなあ。
ルーネが言う。
「どれもこれも興味深いお話でした」
「自分にない考え方に触れられるのは楽しいねえ。また来たい」
「どこの部署も資金には苦労しているようでしたね。可哀そうです」
「運営資金は税金なわけじゃん? 魔道研究所に湯水のごとくおゼゼ突っ込むと、今度は税金取られる方が可哀そうなことになっちゃう。バランスが難しい」
「ですよね……」
「どうにかなりませんかな?」
「魔道研究所の研究成果をお金に換えることを考えるべきだよ。これは絶対に」
利益をほとんど受けられない人達からの税金で運営されてるってのは問題があるわ。
いや、どんな研究してるのかの資料をいくつかくれるなら、あたしが出資したいくらいだわ。
研究を秘密にしたい帝国政府の意向もあるだろうから、難しいんだろうけど。
魔道士長さんが顔を顰める。
「とはいえ魔道士達は世に疎いですから」
「商売っ気には欠けてるよね。公務員だからかな?」
いずれにしても上の方針が変わんなきゃダメだろ。
国の組織なんだから、魔道研究所内の人間だけじゃどうにもならんわ。
マーク青年が小声で言う。
「……ユーラシアさん、どうでした?」
「今のところ全員シロだね」
盗まれた透明マントについてだ。
魔道士長さんやマーク青年を見て動揺した研究者はいなかった。
「最も大きなプロジェクトの研究室がこちらです」
「何の研究をしてるところなの?」
「魔力炉とその派生技術ですな。わしも多いに関わっております」
へー、魔力炉関係の研究やってるとこまで見せてくれるのか。
魔力炉って結構な機密なんじゃないの?
中へ通してもらう。




